リベンジ

 翌日、僕は阿鷹瑚春から送られてきた動画をパソコンに取り込んで、不要な部分をカットしてからフィルターの調整を試みてみたけれど、多少彼女の顔ははっきりしたけれど白飛びも目立つようになり、動画としてのクオリティやそもそもの視認性という面で考えると、お世辞にもアップできるようなものじゃない。少なくとも僕はそう感じた。


 けれどもしかしたら阿鷹瑚春は違うかもしれない。彼女がこれでいいからアップしよう、と乗り気なのであれば、もう少しの加工を加えてとりあえずのジャブのつもりで投稿すればいい。そう考えて、僕は編集した動画を彼女に送った。するとすぐにこう返ってきた。


〈顔は見えるけど…〉


〈でも編集してくれてありがと!〉


 二つに区切られて送られてきたその短文が、なんだか彼女の強がりというか、本心を隠しての建前としか捉えられず、僕は悔しさと、申し訳なさと、阿鷹瑚春へのいじらしさのようなものを感じて、なんだか胸が痛くなってしまった。


 だから、伝えたいことなんてなにも考えていないのに、ディスプレイの〈通話〉と表示された箇所をタップした。


「びっくりした。どうしたの?」


 耳に当てたスピーカーから、少しだけ上ずった阿鷹瑚春の声が聞こえる。


「阿鷹、違う動画を撮りに行こう」


「え? どゆこと?」


「別に今からじゃなくていい。でも、二人で動けるときに早いところ納得できるようなコンテンツを作ってしまった方がいい」


「それはいいんだけど、てがみ君、そんな熱いキャラだったっけ」


「阿鷹の紙ヒコーキを拾って、そこから阿鷹の事情を知って、手を貸すことになった。それで一つの目標に向かって大きなことを成し遂げようと決めた。でも、初動がうまくハマらなかった。これは危険な兆候だと思う」


「危険って、どうして?」


「やっぱりバズるなんて絵空事だったんだ、ってトーンダウンして、いつの間にか有耶無耶になるのが目に見えてる。このままじゃあ、俺たちの最高潮は出会ったあの日になっちまう」


 らしくない、どころか、お前は一体誰なんだと思うような熱い言葉が出てしまって、急に恥ずかしくなってしまう。僕の中に燻っている悔しさがこうさせているのだろうか? それだけだとは思えない。


「じゃあさ」とスピーカー越しに阿鷹瑚春の声が聞こえる。


「私たちの最高潮って、一体どこになるんだろうね?」


 それはまるで試すような質問だった。僕は言葉に詰まってしまう。


「そこをイメージできていないのが、俺の見通しの甘さなんだろうな」


 僕が正直にそう言うと、阿鷹瑚春の籠った笑い声が聞こえた。


「てがみ君、今から会おうよ」


「いいのか?」


「うん。てがみ君の情熱にほだされて私もやる気出てきた」


「いや、そもそもお前のためのバズりプロジェクトだろ」


「うん。私のための


 嬉しそうに笑って、阿鷹瑚春は「今から準備するから、一時間後に昨日の駅に集合ね」と言った。通話を終えてから、僕は自分が熱に浮かされていたんじゃないかと思ってしまう。


 思ってもいない、と言うつもりはない。けれど、自分の頭の中にある言葉が、思いもよらない表現で口をついて出たような、そんな感覚だった。言葉をコントロールできていないというのは、どう考えても望ましくないことだ。


 気をつけないとな。


 部屋の鏡に映る自分の姿を見つめながら、僕は言い聞かせる。ボッチが話し相手を得て調子に乗るんじゃないぞ、と。阿鷹みたいな可愛い子と二日連続で会うことになったからって、浮かれるんじゃないぞ、と。


 阿鷹瑚春は、小花柄の淡い黄色のブラウスにゆったりとした濃紺のデニムという格好をしていた。ブラウスはデニムにインされていて、足元は昨日のヴァンズではなく紫色のニューバランスだった。全体的に色味が多くてガチャガチャして映るのに不思議と着こなせている感があるのは、彼女が自信を持ってその服を身に纏っているからだろう。


「今日は動画を撮りながらロケハンしようよ」


 とボーイッシュな装いの阿鷹瑚春が言った。右肩にはレザーでできた小ぶりなショルダーバッグをかけて、セミロングの髪は後ろで三つ編みにされている。髪色がピンクでさえなかったら、まるで雑誌のFUDGEから抜け出してきたような仕上がりだった。


「実は、俺も似たようなこと考えてた」


 これからどういうジャンルの動画を撮っていくにせよ、動画映えする場所のバリエーションは多いに越したことはない。そして免許もなければお金もないたかだか高校生の僕たちがロケーションをハンティングするには、限られた情報を駆使しながら足で地道に探し当てるしかないのだ。


 まだ午前中とはいえ時間は有効的に使わなければいけないということで、ロケハンにあたる上での基本的な方針は決めておく必要があった。


「あの橋を活かさない手はない。だから、橋が綺麗に見えるビューポイントを探すのがいいと思う」


 と僕が言うと、阿鷹瑚春が「はいはい」と可愛らしく手を挙げた。


「最初に橋を提案したのは私だけど、あそこにこだわる必要ってあるのかな? 他の映えスポットを探したりしなくていいの?」


「ちゃんとこだわる理由はある。あの橋を、阿鷹の動画にレギュラー出演させる」


「あんまりピンときてないけど、私の動画イコールあの橋だって印象付けるってこと?」


「少なくとも最初の方向性が決まっていないうちは橋のインパクトを味方につけようと思う。色々理由はあるんだけど、簡単に言えばシリーズ化とキャラ付けのためだ」


「たしかによくバズってる動画のシリーズって、パッと見でわかるもんね。私の場合髪色と橋になるって感じだ」


「ああ。なにより、動画をバズらせる目的は学校の奴らに認知してもらうためだろ? だったら地元のランドマークであるあの橋を背景に固定して動画を撮った方が、絶対に目に留まる」


 なるほど、と阿鷹瑚春は感心したような顔をした。


「考えてみたら当たり前のことなんだけど、てがみ君に説明されたらすごく名案って感じがするね」


「言語化することを惜しまないからな、俺は」


 実際のところ僕たちの身の周りには、なんとなく事象で溢れているように思う。バズる動画の条件も、どうして阿鷹瑚春が可愛いのかも、特別な説明なんてなくてもなんとなくの経験則や直感で把握してしまっている。とても自然で、効率的な一足飛びだ。


 だからこそ、多くの人間が物事を系統立てて理解すること、説明することを苦手としている。


 物事の成り立ちを論理的に、系統立てて考えるにあたり必要となるのは、それなりの根気と習慣化だ。センスや知識量や語彙力というのは大して重要ではなく、反復によってのみ、言語化能力は養われると僕は考えている。


 そしてわざわざそんなことができるのは、独りで過ごして時間が有り余っているような人間だけだ。

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