夜に集うボッチたち
それから僕たちは簡単な作戦会議をした。まず最初に決めたのは簡単な役割分担だった。阿鷹瑚春が演者を、そして僕がカメラマンと動画編集を、そして企画や動画の方向性なんかの戦略的な部分は二人で担当することになった。
「てがみ君、動画編集なんかできるの?」
「親が映像関係の仕事してて、ちょっとだけ教えてもらったことがある。俺のパソコンにも編集ソフトを入れてくれてるし」
「よくわからないけど、バズってる人ってみんなその編集ソフトっていうのを使ってるの?」
「別にショート動画なら必要ないと思う。でも、やるからには俺もベストを尽くしたい」
「てがみ君って、結構平気でクサいこと口走るよね。そこが面白いんだけどさ」
別にオモシロで言ったわけではなかったので内心少しだけ複雑だったけれど、なんにせよ阿鷹瑚春は上機嫌だった。
兎にも角にも、阿鷹瑚春バズらせ計画は投稿するための動画を作らないことには始まらない。現状僕たちの手持ち素材はゼロなので、今すぐにでもなにか動画を一本撮っておきたかった。僕が調べた限り、一度動画がバズると過去に投稿した動画へバズりが波及することもあるらしく、コンテンツは多いに越したことはないらしい。
「素材なら、私の魂のブルーハーツ熱唱動画があるじゃん」
「あんな呪物は今の俺の編集スキルじゃ扱い切れない」
「言い草ー」
「いや、あながち冗談でもないんだ。俺がもう少し動画編集に関して勉強して、阿鷹がもう少しまともな歌唱と今風の選曲でなにか歌ったら、それなりのビフォーアフター動画ができるかもしれないからさ」
「魂の熱唱をフリに使わないでよ」
そんなことを話しながら、結局は映えスポットで踊る動画を撮ろうということで衆議は一致した。流行りの曲をBGMにしたダンス動画や踊ってみた動画。王道中の王道ではあるけれど、何はともあれコンテンツを積み上げていく必要がある中で手っ取り早く取り組める内容なのは間違いなかった。
「阿鷹はダンスって踊れるのか?」
「言ったでしょ、前に一緒にいた子とダンス動画撮ってたって」
阿鷹瑚春はおもむろに立ち上がって、それなりにスムースなクラブステップやボックスステップなんかを披露してくれる。どうやら最低限のクオリティは期待できそうだ。
僕としては、今この場で阿鷹瑚春の得意なダンスを撮影しておきたかったけれど、「最初にアップするダンスはエモい背景をバックにしたいんだよね」という彼女たっての希望で場所を改めることにした。
「てがみ君、今日の夜って時間ある?」
「バイトが八時に終わるから、それからなら」
「だったらバイト終わりに撮りに行こうよ」
待ち合わせ場所はまた連絡するから、ということで僕たちは一旦解散することになった。阿鷹瑚春のペースに呑まれてすいすいと決まったけれど、よくよく考えてみると、女の子と夜に出歩くというのは十六年を生きてきた中で初めてのことだった。
そんなわけで――と言ってしまうのもなんだか癪だけれど――僕はバイト先のファミレスで普段ならばまずしないような凡ミスをいくつか重ねてしまった。いくら考えまいとしていても、阿鷹瑚春のような可愛い女の子と夜に出歩くというシチュエーションについて思いを巡らさないわけにはいかなかった。
バイトが終わってスマホを確認すると、阿鷹瑚春から八時半に駅の改札に集合、とメッセージが届いていた。それに対して返信をしながら、僕は心のどこかでほっとした気持ちになっていた。約束がドタキャンされる可能性というのも捨て切れずにいたからだ。
ずっと独りで過ごしてきたのにな。
駐輪所に停めていた自転車に乗って駅に向かいながら、僕はそんなことを思う。
世の中には、独りでも楽しめるもので溢れている。僕の場合は、音楽、アニメ、映画、お笑い、小説。それからあまりしないけれどゲームだって。スマホとパソコンさえあれば、一生をかけても浴び切れない娯楽に浸ることができる。そしてそれらに触れることで湧き上がる感情のうねりを、僕は誰かと共有したいと思ったことはほとんどなかった。
思い出したくない過去の出来事のせいで、僕は他人というものに期待をしないでおこうと決めていた。話が合い、仲良くなれた人がいたとしても、なにかのきっかけでいつか離れていってしまうかもしれない。僕に他人の行動を規定することができない以上、いつ降りかかるとも知れないリスクに怯えながら誰かと仲良くするくらいならば、最初からクールに、いわばキャラクター的に孤独を貫いている方が、僕にとっては精神衛生上よっぽど楽だった。
それなのに、僕は今、阿鷹瑚春が待つ駅まで自転車を飛ばしている。なんの疑いもなく。待ち合わせ、という行為自体、一体いつ以来だろう。
「てがみ君、早いね」
八時二十五分に到着すると、すでに阿鷹瑚春が待っていた。彼女はナイキのスウッシュマークがデカデカとプリントされている白いパーカーに黒いペインターパンツという格好で、足元は紫色のヴァンズを履いていた。
「阿鷹は普段からそんなストリートっぽい格好なのか?」
「ううん。ダンスしてるとこを撮るからそれっぽい格好の方がいいかなって思って」
変かな? とその場でくるりと一回転しながら訊ねてくる。フレグランスなのか柔軟剤なのか、とにかく女の子の甘い匂いが僕の鼻を優しくくすぐった。
「変じゃないよ」
本当はもう少し気の利いたことを言いたかったけれど、僕の中に女の子の服装を褒めるような語彙は存在していなかった。
僕たちの住んでいる町は海のそばにある。大きく開発はされていないもののその分静かで、交通の便も悪くない。都会と呼べる場所にも電車で三十分ほどでアクセスできるような、あまり目立たないけれど住みよいという印象の町だった。大きな商業施設などもなく静かな町だけれど、一つだけ、インパクトがあり、かつ写真映えする建造物があった。
「やっぱり夜に見たら綺麗だよねえ」
駅のコンコースを南に行くと外の景色が開けて、東西に伸びる国道とその向こうに広がる海を一望できるようになる。本来であれば海が見えるというそのロケーションだけでも十分に見栄えは良いのだが、僕たちの視線の先には、遙か数キロ先の島まで伸びる巨大な吊り橋があった。それは夜になるとライトアップされるようになり、さらに三十分ごとにそのライトアップがレインボーに変わる。いちいち阿鷹瑚春に確認していないけれど、彼女が言っていたエモい背景というのは、まず間違いなくこの橋を指してのことだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます