コオロギ君をつかまえたよ
乙島 倫
第1話 透明な壁の中で
私はそこに捕らえられていた。
四方を囲う壁は透明である。天井の壁には空気穴があるが、それぞれは細い格子でできており、脱出不可能である。その天井の中央に大きな窓があり、その窓こそがこの部屋の唯一の出入口だったのである。
天井の窓までの高さは我々の背丈の何十倍もある。一見、届かないように思えるが、実は、我々コローギ族の跳躍力は昆虫界随一である。体長が3cm程度であっても、60cmほど跳躍可能である。
これは、緑色の顔したグラホパ族よりもよほど遠くに飛べるのである。ああ、いま。グラホパ族のことを緑色の顔した連中とかって、馬鹿にしたような言い方をしてしまった。聞き苦しかったかもしれない。そもそもな話として、奴らは顔だけでなく全身が緑であったな。我々、コローギ族の体の色は黒である。黒は美しい。黒こそが虫の中の虫である証なのである。
初めの頃は勢いよくジャンプしていた。何回かに一回は天井の通気口に捕まることもできた。しかし、いくら天井まで届いたとしても、中央の窓を内側から開けることはできなかった。むやみにジャンプすることに意味はなかった。私はすぐに学習し、無駄な跳躍をやめた。
私は部屋の中を徘徊すると、あることに気づいた。実は、部屋の中にはエサや水が絶えることなく見つかるのである。何とも不思議である。ある時、ちょっと古びた葉っぱをめくった時であった。
「ひ、ひいい、やめてくれ。た、たすけてー。ああ、あれ?ゲブローではないのか」
そこにいたのは、コローギ族の同じ村の仲間たちであった。こんなところで仲間に会えるとは思わなかった。みな、天敵ゲブローにおびえ切っていたのであった。
「おい、ベルリケ。久しぶりだな。一瞬、ゲブローかと思ったぜ」
仲間の一人が調子のいいことを言っていた。こんな連中でもいないよりは心強い。
ゲブローとは、我々を好んで襲ってくる巨大生物の事である。緑色でぬめぬめ皮膚をもち、「ゲコゲコ」という独特の気色の悪い鳴き声を発する。奴らはコローギ族を捕らえて、一飲みにするのである。そんなゲブローは箱の中にはいなかった。安息の日が続いた。
私は楽器が得意である。外界にいたときはキリギリスとユニット組んでコンサートを開いていた。私がリードでキリギリスはバックコーラスだ。私は箱の中でも何度も演奏会を行った。非常に好評であった。仲間たちの中のメスの一匹が特に私の羽音を気に入ってくれた。私もそのメスのことが気に入り、何度もその娘のため、羽を振るわせた。ここはエサが豊富にある。外敵もいない。仲間もいる。そして、気に入ったメスも。そのメスはグリヨーネという名であった。
今頃、キリギリスはどうしているだろうか?私がいなかったらきっと何もできないだろう。気がかりだが、どうしようもないのである。私は再び、天井の窓を見つめた。ひょっとしてあの窓にこだわらなくてもよいのかもしれない。ふと、そんなことに想いを巡らせたりした。
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