第10話 この技は〈絶対高温・嘘〉と呼称する
「おぉ、釣りの方はアレじゃが、剣の腕はあるようじゃな。 渡船の事務所に持って行けば、駆除キャンペーン中じゃから買い取ってくれるぞ」
「そうなんですか」
「うむ、こいつらが一杯増えておるんじゃ。 元からいた魚は減ってしもうた。 昔は鬼魚なんてものは、おらんかったようじゃ。 鬼がつくものは気性が激しくて、かなわんよ」
昔は鬼魚はいなかったのか、どうして今はいるんだろう、俺が考えることじゃないな、学者様に任せておこう。
この世界にいるのか、知らんけどな。
〈鬼魚〉の歯で釣り糸がボロボロになってしまったので、釣りはもう諦めて、買い取りをしてもらいに行こう。
良い値段ならば、渡船を待っている間に、こずかい稼ぎが出来るかもしれない。
「二年物だな。 銅貨十枚なら買い取るよ」
「はぁ、それで良いです」
やっすー、換算したら千円にもならないぐらいだ、まあ、一匹ならこんなもんか。
「ところで、あんちゃんが、コイツに止めを刺したのか」
「えぇ、エラをブスッと」
「もしかして、あんちゃんは冒険者なのか」
「そうです。 中級なんですよ」
「おぉ、そいつは良いな。 依頼を受けちゃくれねぇか」
思いもよらない依頼を受けることになった。
渡船が出なくて困っている人々のためだ、冒険者たる者、命を賭けて戦うのが存在意義だろう。
日当がまあまあだったから、依頼を受けたのだけどな。
帆をパンと張った渡船に、俺は乗船している、河なのに波間をすべるように進んで行く、それも舳先に陣取っているんだ。
水面をキッと見すえる海の漢に見えることだろう、河なのに。
荒潮に焼かれた赤銅色の肌に、陸で待っている女の流した涙の跡が光っているようだ、まだ俺の皮膚の色はなまっちろいけどな。
「おーい、あんちゃん。 ボーっとしてたら、魚鬼を見逃すぞ。 あんちゃんは、この船に噛みつこうとする魚鬼を、銛で突くっていう大事な役目があるんだ。 この船の乗客の命がかかっているんだぞ。 真面目にやってくれよ」
「おぉー、任しておけよ」
「大丈夫かな。 俺は船の右を見ているからな。 あんちゃんは、左を見てくれよ」
「おぉー、分かった。 右だな」
「はぁー、違うよ。 あんちゃんは左だ。 まあ、見てる方向はあっているから、もう良いわ。 言っても無駄みたいだしな」
くっ、俺のことを右も左も分からない男だと、バカにしているんだろう、くっそー。
船を正面から見た場合を言ってみたんだ、それのどこが悪いんだ、やってやるぞ。
「おっ、もう来やがった。 群れになってやがる。 頼んだぞ、あんちゃん」
俺は失礼な船員さんをやってやることも忘れて、魚鬼を突くことに忙殺され始めた、かなり大きさだ2メートル近くあるんじゃないか。
それが十数匹の群れになって、渡船に襲いかかってくるんだ、俺達を産卵のための栄養にしようとしているんだろう。
だけどそうは行かないぞ、人間様の凶暴さを見せてやる。
長い銛で魚鬼を突けば、鱗で先が滑って体勢が崩れてしまうが、グッと耐えてさらに突きを入れる、これの繰り返しだ、揺れる船の上では相当な負担が足腰にかかってしまう。
襲撃はいつまで続くのだろう、バシャバシャと水飛沫をあげている魚鬼が元気すぎる。
まあまあの日当だと思ったかが、倍はもらわなければ、割に合わない仕事だ。
騙された気分になってしまう、腰が痛いからもう止めたいな、テンションが下がって嫌になってくる。
「おっ、あんちゃん、始めてなのに中々やるな。 その調子で頑張ってくれよ」
「そうですか。 普通の冒険者ですよ。 あははっ」
褒めてはくれたんだろう、ふん、だけど〈始めてなのに〉って、結構侮っているよな。
俺の実力はこんなもんじゃねぇ。
俺は手鏡の飾りについていた、極小の赤い貴石をヒントに、極小の炎を銛の先に出現させてみる。
鎧みたいな硬い鱗を、〈絶対高温〉を使い一点突破で、突き破ってやろうって作戦だ。
動き回るエラに突き刺すのは至難の業なんだ、魚鬼もバカじゃない、巧みに弱点をカバーしてくるんだ。
そして、〈絶対高温〉と言いましたが、一億度を超えるはずがありません、河も自分自身も干上がってしまいます、もりに盛っていました。
ごめんなさい、嘘をついていました。実際はもっともっとしょぼい温度です。
だからこの技は、〈絶対高温・嘘〉と呼称することにしよう。
おぉー、俺の極小炎作戦〈絶対高温・嘘〉は、ズバリ当たったらしい、水の中でも炎は消えることなく、硬い〈魚鬼〉の腹の真ん中をズウンと貫いている。
河の水に血を滲ませながら、〈魚鬼〉は体をよじって暴れ出した、その血の味に興奮したのか、食欲を刺激されたんだろう、他の〈魚鬼〉に水中でガブリと喰いつかれているみたいだ。
ひゃー、共喰いを始めたのか、なんて貪欲なヤツらなんだ、名に鬼とついているだけはある。
続いて数匹を銛で突けば、もうその周辺は、ガツガツと喰らい合う阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
河を大量の血で染め、それがまた新たな〈魚鬼〉を呼ぶという、悪魔のサイクルが完成しているぞ。
自分のやったことだけど、背筋が寒くなるな、自然の驚異って言うよりは異常現象じゃないのか。
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