53.真央様

 真央は焦っていた。

 花火も終わり皆が祭り会場へと流れていく。時間がない。このままでは結に会うことなく花火大会が終わってしまう。



(結、結、結ーーーーーーっ!!!)


 真央が人で溢れる花火会場を駆け回る。人、人、人。だけど肝心な人が見つからない。天を仰ぎ声を上げる。


「くそーーーーっ!!! どこだよ!!!」


 暑い。全身から吹き出す汗は雫となって地面に流れ落ちる。息が上がる。喉が渇く。眩暈もする。でも会いたい。会わなきゃいけない。真央は何かに取り憑かれたようにその名を叫びながら走る。


「結、結ぃいいいいいい!!!!」




(!?)


 屋台でりんご飴を買っていた結が振り返る。友達がそれに気付き言う。


「どうしたの、結?」


 周りをキョロキョロ見まわした結が、首を傾げて答える。


「ううん、なんでもない。なんか呼ばれたような気がして」


「呼んでるよ、ほら」


 友達が飲み物を買ってこちらにやって来る西野を指差して笑う。結はそれに苦笑いで応えた。





「はあはあ、はあ……」


 見つからない。どこにもいない。

 まだ救急車のサイレンは聞いていないので大きな事故は起こってないようだが、真央の心は張り裂けんばかりに強く鼓動する。


(結、どこにいるんだよぉ……)


 限界だった。ここに来てから叫び、走り続けている。

 そしていつしか祭りも終わりの時間へと突入する。駅へ向かって歩く人の群れ。もしこのままなにも起きなければそれでいい。だがそんな楽観視などできるはずがなかった。


(必ず魔が潜んでいる。俺が、俺が結を守らなきゃ……)


 水も飲まず走り続けた真央。日は落ちたとは言え、群衆の中を叫び続けながら走るのはただの厨二病オタクには想像以上に堪える。

 でも走った。結を見つけるまで。結衣が見つかるまで。



(あっ)


 そして奇跡は起こった。



「結……」


 花柄の浴衣を着た亜麻色のボブカットの少女。ずっとずっとずっと探し続けていた藤原結が、帰宅する人の群れに紛れて歩道の端を歩いていた。


(危ない!!)


 真央はすぐに直感した。

 見た訳ではないが、あの構図はまさに車道に弾き出される立ち位置。



「くそっ!!!」


 真央は走った。どこにまだこんな力があるのだろうかと思うぐらい全力で走った。



「結ーーーーーっ!!!」


 人にぶつかり、弾き飛ばし、大声を出しながら大切な人へと向かい駆ける。


(絶対に死なせない!! この俺が、お前を絶対に守る!!!)


 そして車道に弾かれ、倒れそうになる結の手を掴み、ぐっと自分の方へと引き寄せた。



(あっ)


 一瞬目が合った。

 結も気付いた。それが真央だと言うことを。結と繋いだ手。一瞬のはずなのに、真央には不思議と長く感じられた。


(良かった。これで結を助けられる。本当に良かった……)


 真央が結を見つめながら思う。




 ――結、大好きだ。




 ドン!!!!



「真央君、真央君ーーーーーーーーっ!!!」


 そこから意識はない。

 ただどこか遠くで誰かが自分の名前を呼んでいるような気がした。






「幸い外傷は大したことありません。ちょっと頭を切って血が出ただけです。ただ、打ちどころが悪かったようで、意識はいつ戻るかは分かりません……」


 真央の両親は医師の言葉を聞き愕然とした。

 花火大会に出かけたと言う息子。警察から連絡があった時は言っている意味が理解できなかった。

 夏休みだと言うのに結はもちろん、事故を知った友達がたくさんお見舞いにやってきた。


 でも真央は目を閉じたまま起きなかった。まるで何かを成し遂げたように安らかな顔で眠っていた。




 そして三日が過ぎた。


「藤原さん、ちょっと洗濯物とか色々用事があるのでしばらく家に帰りますね。真央をお願いできるかしら?」


「……はい、もちろんです」


 事故当日からずっと真央のそばから離れようとしない結。

 自分のせいで真央が事故に遭った。自分の不注意で彼に怪我をさせた。真央の両親は気にしなくていいと言ってくれたが、その言葉は一層彼女を苦しめた。罵倒して欲しかった。きつい言葉を言ってくれた方がよっぽど良かった。



「真央君……」


 ふたりきりの部屋。あんなに話がしたい、本当はふたりだけで一緒にいたいと心のどこかで願っていた結。それが叶った。だが、


「こんなの、私、嫌だよ……」


 再び溢れ出す涙。この三日間、ずっと泣いた。身体中の水分がなくなると思えるぐらい泣いた。

 真央に会いたい。真央と話がしたい。なぜ買い物に誘ってくれた彼と一緒に出かけなかったのか。なぜあんな不慣れな草履など履いて行ったのか。

 なぜ……


「なぜもっと素直に一緒に居なかったの……」


 その全てを後悔した結。黙ってベッドに横たわる真央に頭を乗せ、小さく言う。



「ごめんね、真央君。私が馬鹿で。私が、私が……」


 とめどなく流れる涙。後悔後悔後悔、そして後悔。真央の体温を感じながら結が言う。



「もし叶うなら、また、やり直したい……」


 心から願った。

 あの時、あの場所へ行って素直に真央の胸へと飛び込む。もし叶うなら、もし……



「……せっかく助かったんだ。もうやり直さなくてもいいんだよ」



「え?」


 結が顔を上げる。


「真央、君……?」


 そこには目を開け、優しい眼差しで結を見つめる真央の姿。結が震える声で言う。


「真央君、まお、くぅん……」


「良かった。結、無事で」



「真央君ーーーーーっ!!!!」


 結は目覚めた真央に力一杯抱きつく。泣きながら言う。


「良かった、良かった良かった!! 真央君、良かったぁあああ!!!」


 真央が結の顔を両手で挟むようにして見つめて言う。



「結、顔を見せて。無事なんだね。本当に生きてるんだね……」


 意味が分からない結。ボロボロと涙を流しながら答える。


「私は無事だよ。それより真央君だよ。本当に心配して……、良かったぁ……」


 流れた涙を袖で拭う結。真央が結の頭を撫でながら優しく言う。



「我は、我は最高にて最強の、唯一無二の存在の孤高なる煉獄の大魔王。この程度の怪我に負けることなど決してない。安心せよ、下部しもべAよ」


 結が目を真っ赤にして嬉しそうに答える。



「はい、っ!!」


 そう言って再び真央に抱きつく結。真央の目にも堪えていた涙が溢れた。

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