50.二度目のさようなら

 結の花柄の浴衣。友達と行く花火大会の為に新しく購入したお気に入りの浴衣。


「よく似合うわよ」


「うん、ありがと」


 着付けを手伝ってくれた母親が笑顔で言う。真央のお陰で母との距離が縮まった。でも最近はなぜが彼との距離が離れて行ってしまっている気がする。


「気を付けて行って来てね」


「うん」


 娘の可憐な姿に満足した母親が部屋を出て行く。やはり断ってでも真央と買い物に行くべきだったのか。そう思い始めた結のスマホの着信音が鳴る。



「もしもし……」


 相手は今日一緒に花火大会に行く友人。すぐに大きな声で返事が返って来る。


『あっ、結? ごめんね!! 今日の集合時間早まっちゃった!! 17時に集合ね、よろしく!!』


(え?)


 結は焦った。もう16時近い。すぐに家を出なければ間に合わない。一瞬真央のことが頭から消えた結。慣れない下駄を履き、急ぎ駅へと向かった。




「ごめんね、急に」


 その頃結に電話をした友人は西野と一緒に街で遊んでいた。浴衣を着た友人は可愛らしく周りからの視線も集まる。友人が答える。


「ぜーんぜん!! ユーシア君の言う通り早めに行った方がいいよね。絶対混むし」


「うん、ゆっくりみんなで花火見たいしね!」


 西野は予測していた。必ずあの忌々しい魔王がやって来ると。故に直前になるまで時間変更のことは伏せさせておいた。この機会に必ず藤原結を落とす。稀代のモテ男のプライドがあの厨二病オタクに負けることだけは許せなかった。



(結ちゃんをものにし、そして美香さんも奪い返す!! 見てろ、クソオタが!!)


 爽やかなイケメン西野。だがその心は復讐心に焼き焦げた、醜き男の嫉妬の塊であった。






「鈴夏……」


 真央は目を疑った。

 隣県にいるはずの元カノである渡瀬鈴夏が目の前に立っている。そして皮肉にも着ている衣装は、前の世界で完全無視された夏祭りで彼女が着ていた赤い浴衣。一時期茶色に染めていた髪を元の黒髪の戻した鈴夏。ホームの椅子に座る真央に笑顔で言う。


「会いに来ちゃった」


 そう微笑む顔は昔のまま。真央が愛した可愛らしい鈴夏の笑顔そのもの。真央が立ち上がり尋ねる。


「な、何でここが分かった?」


 綺麗な黒髪。鈴夏が恥じらうようにそれをいじりながら答える。


「会いたくて、真央に会いたくて。こっちに戻って来ていて電車に乗ったら偶然……」


(あ、そうか。鈴夏も夏休み……)


 考えれば当然のこと。同じ高校生。自分が夏休みなら彼女だって夏休み。実家に帰省していても何ら不思議ではない。鈴夏が俯き小さな声で言う。



「真央、ごめんね。私が間違っていた。本当に寂しくて辛くて……」


 真央の頭が混乱する。大好きだった鈴夏。彼女に寂しい思いをさせた原因の一因は自分にもある。だがやり直せない。もうこれ以上鈴夏に構うことはできない。鈴夏が涙声で言う。


「やり直したいの。ねえ、真央。お願いだからまた私と一緒に居て」


 辛かった。鈴夏の言葉、その仕草ひとつひとつが、真央の胸に鋭利な刃物の様に突き刺さる。一瞬揺らぐ決意。だがすぐに結の笑顔が頭に浮かび首を大きく振る。



「ごめんな、鈴夏。もう遅いんだ。俺には心に決めた人がいる」


 鈴夏が真央の手を握り懇願するように言う。


「いや、いやいや!! 私には真央が必要なの!! 真央じゃなきゃいやなの。寂しいの、真央が居てくれなきゃ私……」



「じゃあ、何であんな男の所に行ったんだよ!!!」


 自分でも吃驚するような大きな声が出た。駅を歩く人達がいきなり起こった男女の修羅場を横目で見て行く。鈴夏の目に溢れる涙。それを拭い答える。



「ごめん、本当にごめんね。謝るから、許して……」


 辛かった。大好きだった彼女をここまで追い込んでしまった。だけどもうどうすることもできない。鈴夏とは終わりにしなければならない。きちんとけじめだってつけたはず。

 真央はホームにやってきた電車のドアが開くと駆け足で乗り込み、後ろ姿の鈴夏に告げた。



「鈴夏、本当に大好きだったよ。でもごめん。さようなら」


 閉じる電車のドア。肩を震わす赤い浴衣の元カノ。無情に動き出す電車のガラス窓から、真央はじっとその姿を見つめた。




「うっ、ううっ……」


 鈴夏はその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込み、涙を堪えた。

 分かっていた。もう戻れないことなど理解していた。自分が犯した過ち。それは大き過ぎる代償となって跳ね返って来た。

 浴衣姿の美少女の泣き崩れる姿。周りの人の好奇の目が向けられる中、顔を上げた鈴夏はに気付く。



(これって、真央のスマホ……)


 椅子の上に置かれた見慣れたスマホ。何度も連絡を取り合った真央のスマホ。慌てた彼は大切なその連絡手段を椅子に置いたまま行ってしまった。

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