47.復縁
真央に振られ、付き合った高橋とも別れた渡瀬
(全然分からない……)
元々ハイレベルで付いて行くのすら困難だった進学校の授業。これまでは高橋がよく勉強に付き合ってくれて辛うじて付いて行くことができたが、彼と別れて以来その成績は一気に下降線を描いた。
「
「……今日はいい」
祖父母の家に住んでいる鈴夏。この頃から食が細くなりあまり食べ物が喉を通らなくなった。心配した祖母が彼女の好きな食べ物を買ったりしたが改善することはなかった。
そんな鈴夏はいつしか自然とスマホに残るその名前を眺めるようになっていた。
(真央……)
西京真央。中学のクリスマスから付き合い始めた初めての彼氏。楽しかった。何もかもが新鮮で毎日彼と会うのが楽しみで仕方なかった。夜は遅くまでSNSでやり取りし、ベッドに入っても『早く朝になれ』と願いながら眠りについた。
「朝は嫌……」
皮肉なことにあの頃望んだ朝は、今では最も嫌悪するものとなっている。学校に行くのが怖い。授業が怖い。テニス部が、皆に会うのが怖い。心が壊れる寸前まで追いつめられていた鈴夏。そんな彼女の最後の砦になっていたのが、スマホに残るその元カレの名前であった。
「まだブロックされていない」
彼女の心を支えていたもの。それは未だブロックされておらず、『繋がっている』と言う安心感。テニス部にも行かなくなり、自宅に帰ってはその名前を見つめる。写真や思い出の品はすべて高橋の命令で処分してしまったのが今は悔やまれる。
そしてその日一線を越えた。夏休みを間近に控えたその日の夕方。鈴夏は真央にメッセージを送った。
『元気ですか?』
ひとり電車に揺られていた真央は、その意外な人からのメッセージを受け困惑していた。
(鈴夏?)
真央がしばらくそのメッセージを見つめる。高橋とか言うテニス部のイケメンと付き合っている彼女。前の世界で捨てるように自分を振った彼女。この世界でも彼と付き合った。しばらく考えた真央が返事を返す。
『元気だけど』
秒で返事が返って来る。
『今何してるの?』
『帰宅中』
『話がしたい』
真央がその言葉を見つめる。一体何があったのか。もう自分は終わった男。新しい場所で新しい彼と楽しくやっているのではないのか。なぜ今更連絡を? 真央が返す。
『どうしたの?』
『声が聞きたいの。電話してもいい?』
駅に到着し、電車を降りる真央。夕暮れ。多くの学生や仕事が終わったサラリーマンが家路を急ぐ。そして真央のスマホが鳴った。
「鈴夏……」
無論相手は渡瀬鈴夏。あの頃なら何の躊躇いもなく取っていた彼女からの電話。駅の雑踏が耳の中で大きく木霊する。
「もしもし……」
無視することはできなかった。弱い自分を恨む。
『真央、ありがと。出てくれて』
懐かしい声。あの頃毎日聞いた可愛い声。
「いいよ。それよりどうしたの?」
真央が話を急ぐ。長い会話は不要。それだけを心に刻む。
『真央の声が聞きたくて。今帰り?』
「うん」
駅の改札を通りながら真央が返事をする。何があったのか。今の関心はそれだけだ。
『ねえ、真央』
弱々しい声。元気だったあの頃と明らかに違う。
「なに?」
真央がやや緊張した表情で答える。鈴夏が言う。
『ごめんね。私、謝りたくて……』
言葉が出ない。少し遅れて真央が返す。
「何の件?」
『その……、私がこっちで違う人と……』
そんなことは分かっていた。だけど聞かないと間が持たない。鈴夏が言う。
『もう一度、やり直せないかな……』
(え?)
真央の足が止まる。返事のない彼に鈴夏が続ける。
『もうあの先輩とは何でもないの。やっぱり分かったの。私には真央が必要。ねえ、真央。もう一度私と……』
「無理だよ……」
鈴夏が黙り込む。
「もう俺達、終わったはずだろ。ごめん、りん……、渡瀬さん」
『私が悪かったから! 本当に今は後悔していて、ずっと思ってくれていた真央のこと考えずに、寂しいからって気の迷いで……』
「大切な人がいるんだ。守りたい人がいるんだ。だから、ごめん」
『私そっちに行くよ! 編入する。真央の学校に編入して毎日一緒に居られるようにするから……』
「ごめん。もう切るね。じゃあ……」
『あっ、待って。真央……』
真央は強引にスマホを切り会話を終える。
(あれ? 涙……)
真央は自分の涙腺が潤んでいることに気付く。大好きだった元カノからの連絡。助けを求める声。あんなことがなければ今もずっと一緒だった。だけどもう振り返らない。真央は今心から大切にしている結のことを想い、真っすぐ帰宅した。
「ううっ、うわあああああん!!!」
真央に電話を切られた鈴夏がベッドの上で声を上げて泣く。後悔しかない。馬鹿な自分を殺したい。枕に顔を埋め泣きながらつぶやく。
「もし、もし叶うなら、もう一度やり直したい……」
鈴夏は楽しかった中学の頃を思い出し、再び声を上げて泣いた。
「真央さん、おはようございますですわ!!」
「ああ、美香。おはよ」
美香はこれまで以上に真央の傍にいるようになった。図書室はもちろん、登校中、時にはお昼の時間にもやって来た。『学年一の美女』の二つ名を持つ美香。そんな彼女の行動はすぐに生徒達の間で話題になった。
――西園寺は西京と付き合っている
積極的で、自然なボディタッチでコミュニケーションを取る美香。こんなことをされたらほとんどの男は落ちるだろうし、それをされている真央はどう見ても美香の特別な男に見えた。
「なあ、西京。お前西園寺さんと付き合ってんの?」
仲のいい友人ですらそんなことを尋ねる。
「そんな訳ないだろ! 違うよ違う」
その度に否定する真央であったが、目立つ美香の行動にその言葉にもあまり信憑性がなくなる。
(真央君……)
対照的に結との会話の時間は減った。それどころか廊下で西野と会う機会が増え、いつも大袈裟なぐらい大きな声で会話をしてくる。結と西野との間にも噂が立った。彼もサッカー部のエースで女子生徒から人気のあるイケメン。真央の描いた未来から何かの歯車がずれ始めていた。
そして一学期の終業日。図書委員の仕事もなく帰宅しようとした真央は、下校途中待ち伏せしていた美香から思わぬ言葉を掛けられた。
「真央さん。わたくし、あなたのことが好きでございます」
真央はその言葉を何か別世界の言葉のように聞いた。
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