27.魔王様の告白

「おい」


 翌朝、友人と登校しエントランスで靴を替えていた真央に、そのサッカー部の一年エースが声を掛けた。金色がかった髪、精悍であり可愛らしい顔立ち。取り巻きの女子を連れ真央の前に仁王立ちする。


「誰だっけ?」


 記憶がない。こんな知り合い覚えがない。隣に立つ友人が青ざめて小声で言う。


「誰って、サッカー部の西野じゃん!」


 サッカー部の西野。そう言われるとどこかで会ったような気もする。西野が腕を組んだまま真央に言う。



「西京、お前に話がある。昼休みに体育館裏まで来い」


「俺は話なんかない。じゃあな」


 そう言って立ち去ろうとする真央に西野が不敵な笑みを浮かべて言う。



「藤原結の件だ」


 歩き始めた真央の足が止まる。朝の登校する生徒の声が響くエントランス。ふたりの間の空気だけが一瞬静まる。その名前を聞いて彼を思い出した真央が答える。


「何を考えているのか知らんけど、つまらんことするなよ」


「ふっ、ほざけ。じゃあ、待ってるからな」


 取り巻きの女達が真央に軽蔑するような視線を向けながら一緒に立ち去っていく。友人がため息交じりに真央に言う。



「なんでお前はああいう有名人によく絡まれるんだよ……」


「知らねえよ。こっちが聞きたいわ」


 真央も小さくため息をつきながら歩き出した。






 昼休み、体育館裏。ひとりでやって来た真央を、西野は取り巻きの女達と共に待っていた。日の当たらぬ静かな場所。音もなく涼しい風が吹き抜ける。真央が言う。


「で、何だよ、話って?」


 結の件。そう言われたら無視する訳にはいかない。取り巻きの女達が言う。


「何勘違いしてるの? キモオタが!!」

「厨二病のオタ野郎がユーシア君と同等だと思ってるの? バッカみたい!!」


 西野が言う。


「簡単なことだよ。藤原結はサッカー部でのマネージャーになる。横やり入れるな」


 真央が苦笑して答える。



「何ってんだ? 結はもう図書委員になるって決まったんだぞ?」


「はあ!?」


 驚く西野。そこへ彼の取り巻きのひとりが、亜麻色のボブカットの少女を連れてやって来た。



「ユーシア君、連れて来たよ。藤原結」


(結……)


 真央が結を見つめる。結が動いている。結が息をしている。ただそれだけで真央にとっては掛け替えのないものである。結が尋ねる。



「ねえ、何やってるの? これってどういうことなの??」


 ただならぬ雰囲気。西野が言う。


「簡単なことだよ。結ちゃん、結ちゃんはさあ、サッカー部で僕のマネージャーになってくれるんだよね?」


 やや困った顔をした結が申し訳なさそうに答える。



「あ、その件だけど、実は図書委員をすることになったの。ごめんね」


「はあ?」


 西野が信じられないような顔をする。一年でサッカー部のエースになり数多あまたの女をものにしてきた西野。真央に言う。



「どんな卑怯な手を使ったんだよ! なんでお前みたいなキモオタと一緒に図書委員なんてやるんだよ!!」


「そうよそうよ!! 弱みでも握ったんでしょ!!」

「卑怯者っ!!」


 女達が叫ぶ。西野が結に興味をもつことには不服だが、真央のような厨二病に負けることはもっと許せない。結が困った顔で言う。



「違うよ! 違うの。私は純粋に本が好きで、それで図書委員になったの」


 それは本当。図書委員になればラノベがたくさん読めると知った。西野が顔を真っ赤にして言う。



「ふざけんな、オタ野郎!! 俺がお前に負けるはずなどないだろ!!」


 端から勝負などしたつもりはない。ひとり興奮する西野に真央が言う。


「何訳分からないこと言ってんだよ。俺はもう行くぞ」


 そう言って立ち去ろうとする真央に西野が言う。



「逃げるのかよ、卑怯者」


 真央の足が止まる。西野が目を吊り上げて言う。



「俺と勝負しろよ、キモオタ……」


 黙り込む真央。取り巻きの女が言う。


「逃げるんでしょ、逃げるんでしょ!! キモオタ風情が君に勝てるはずないもんね!!」


 さすがに見かねた結が何かを言うとした時、真央が西野の前に立ち尋ねる。



「お前、ユーシアと言うのか?」


「はあ? そうけだけど、なに?」


 真央が小さくつぶやく。



「ユーシア、ゆーしあ、勇者。……西の勇者。そうか、汝、我に敵対する『勇者』であったか!!」


 西野の顔が引きつる。『西の勇者』、それは彼が子供の頃に付けられたあだ名で、小学生の頃などはそれで虐められた過去を持つ。言わば彼にとってそれは禁句タブー。触れられたくない過去。だから正直『魔王』などと言う設定を持つ真央には関わりたくはなかった。だがもう引けない。


「うるせーよ、キモオタ!! 勝負だ、勝負しろっ!!」


 真央が左腕を胸に、右指をピンと天に伸ばし大らかな声で答える。


「無論だ。我は最強最高の無敗の大魔王。ザコ勇者如きの挑戦、いくらでも受けてやろうぞ!!」


「ちょ、ちょっと、西京君……」


 結が心配そうな顔で声を掛ける。西野が顔を引きつらせて言う。



「じゃあ、勝負だ。勝った方が藤原結を貰う。いいよな……?」


「構わぬ」


 驚いた結がふたりに言う。


「な、なに勝手に決めてんのよ!! 私は……」



「勝負内容は次のインターハイ予選」


 西野が真央に言う。


「インターハイ予選の二回戦。うちのサッカー部の試合予想だ。できるか?」


 少し考えた真央が頷いて答える。


「よかろう」


 明らかに不利な勝負。相手はサッカー部のエース。その試合予想などある意味イカサマだって可能だ。西野が言う。


「じゃあ俺は……」



「我が校が『2-1』で負ける方に賭ける」



「は?」


 西野より先に真央が言う。引きつった顔で笑いだす西野が言う。


「なんだよそれ!? いいぜ、じゃあ俺はうちが勝つ方に全力を出す!! いいか、約束だぞ!!」


 真央は無言でそれを聞く。西野が結に言う。



「そういうこと、結ちゃん。今週末の試合、俺絶対勝つからもうちょっと待ってね!」


 西野はそう言うと取り巻きを連れて笑いながら去っていく。残されたふたり。結が真央に言う。



「もう全然意味が分からないだけど!! どうして勝手に私を賭けて戦ったりするの!?」


 真央が笑みで答える。


「魔王と勇者が戦うのは必然の摂理。それに……」


 真央が真面目な顔で結に言う。



「俺はお前のことが好きだ。だから逃げたくない。絶対に勝つよ」


(えっ)


 突然の告白。誰もいなくなった体育館の裏。いきなりの言葉に結は暫し時を忘れた。

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