24.抗えない流れ

(ふう、これで良かったんだよな……)


 自宅に帰った真央。ベッドの上に寝転がり、新たに魔王として復活した自分を思い直す。



(この世界で結の反応は違った。前の様に魔王に酔狂する子ではない)


 残念ながら魔王設定を披露したところで以前の様に靡いてくれることはなかった。どちらかと言えばまだ異物を見るような目。距離も遠い。だがいい。魔王になることは自分の宿命。体が、魂がそれを求めている。



「最強の魔王が結を救う!!」


 真央が拳を握って強く誓う。自分の不甲斐なさが招いた最悪の結果。もうあんなことは絶対に御免だ。最強最高の魔王となり大切な人を救う。真央が思う。


(とりあえず図書委員。一緒に図書祭りを成功させて、結との距離を縮めなきゃな!!)


 6月は大好評だった図書祭り。是非とも結と一緒に頑張りたい。それがこの先やって来る夏休みへの一番の布石となる。真央は部屋に掛けられた既製品の黒マントに目をやった。






「ユーシア、ご飯ができたわよ」


 北欧系の父親と日本人の母親を持つハーフの西野。名をユーシアと言った。

 精悍さや金色の髪は父親から、可愛らしい顔立ちは母親からと良いとこ取りをして生まれた西野。当然モテた。小学生の頃から女子に言い寄られて、中学に入る頃には複数の女子と交際するのが当たり前となっていた。


「あーい……」


 そして父親譲りの運動センス。特に好きだったサッカーはその才能が爆発的に開花した。

 西野が交際中の女子達からのメッセージに返信してからダイニングへ向かう。父親はずっと北欧に単身赴任。母との二人暮らしが続いている。


「いただきます」


 西野がカレーライスを食べ始める。母はそんな息子にやや心配そうに尋ねる。



「ねえ、ユーシア。インターハイ予選はどうなの?」


 夏に行われるサッカーのインターハイ。今はちょうどその予選の真っ最中だ。西野がカレーを頬張りながら答える。


「余裕だよ。絶対出場してやるから」


 圧倒的な自信。一年で既にエースと呼ばれた彼の矜持。母親が安心した表情で言う。



「そう、それは良かった。ユーシアは私達の宝。あなたなら誰にもわね!!」


「えっ? あ、ああ……」


 西野の表情がやや曇る。



(負けた。この俺が、あんな厨二野郎に負けた……)


 夕方の『藤原結』争奪戦。自らマネージャーに誘った相手に断られた。いや、断れてはいないが承諾の返事も貰っていない。



「くそっ……」


 ドン!


 無意識に西野がテーブルを叩く。



「きゃ!! ど、どうしたの!? ユーシア??」


 驚いた母親が声を掛ける。我に返った西野が申し訳なさそうに答える。



「ご、ごめん。母さん。何でもないよ。ちょっと疲れているだけ。ごちそうさま! 美味しかったよ!!」


 西野はそう言うとテーブルを立ち、自室へと向かう。



(絶対に負けねえ!! あの厨二オタクに負けることなどあり得ない!!!)


 正直あまり関わりたくない相手。だが彼のプライドがその敗北を許すことはできなかった。






(うわー!! 何これ!? 面白い面白いっ!!!)


 真央からラノベのバイブル『魔王様の憂鬱』を半ば無理やり渡された結。その夜、教育熱心な母親に隠れてひとりベッドの中で読み始めた。


(魔王様、カッコイイ……)


 元々読書好きな結。ただ家の教育方針で許可される本は学校推薦図書や入試に必要なお固い本ばかり。ラノベを買うこともちろん、読むことすら禁止されていた。だからこうして隠れてラノベを読むことは背徳感が混じり、妙な興奮を覚える。本を読み終えた結がつぶやく。



「面白かった……、続きが読みたい!!」


 ただ続きを読むにはあの厨二病の男に会いに行かなければならない。


(それより一体、彼は何なの……??)


 ラノベを読んでやや理解できたが、それでも常識外れな魔王設定。訳もなく自分に絡んでくるし、言っていることも意味不明。



 ――俺がお前の未来を変えてやる!!


 どう言う意味だろう? まさか自分との結婚を考えているとか!?


「いやいや、そっちの方がもっと意味不明だよ……」


 結が首を大きく振って否定する。会ったことも見たこともない人からの求婚。普通に考えればあり得ない。


(しかも人を下部しもべにしてやるとか、どういうことなの!!)


 冷静に考えるとだんだん腹が立ってきた。いきなりやって来て『未来を変える』とか『下部になれ』とか。



「明日、文句言いに行ってやるわ!!」


 こうして翌日の図書室行きが決まった。

 結は気付いていなかった。その大きな流れには決して抗えないと言うことを。

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