16.運命の日
『我こそは最強にて最高の唯一無二の存在、この世を統べる者にてすべての頂点を極めし大魔王!! さあ、魔物共よ、我に跪きその忠誠を示すがよい!!』
夏休みに入った結。駅前の本屋で大好きなラノベ『魔王様の憂鬱』を片手に鼻息を荒くする。小学生ぐらいの子供や社会人の大人まで多くの人がラノベコーナーを歩く中、結が真央も大好きなこの本を何度も読み返す。
(はあ、やっぱり魔王様は痺れるなあ~、強くて堂々としていて。ぎゅ~ってやりながら、私を攫っちゃって欲しいな~)
何があっても自分がブレない強き魔王。その生まれ変わりのような真央に恋心を抱く結は、最近の彼が心配でならない。
(何があったのか知らないけど、明日の花火大会で絶対元気付けてあげるんだから!!)
翌日に迫った花火大会。まだ真央からの返事は聞いていないけど、もう一緒に行くことは確定していると思っている。
「結~!!」
そこへ一緒に買い物をする約束をしていた女友達がやって来る。結のクラスメートふたり。夏休みに入って気持ちが解放されたのか、いつもより肌の露出の多い服装である。
「待った?」
「ううん。これ読んでたから大丈夫」
そう言って魔王のイラストの描かれたラノベを見せる結。友達が言う。
「結は好きだもんね~」
「好きだよ~」
それに笑顔で応える結。友達がやや心配した顔で言う。
「結ってさ、まだあの西京のこと狙ってるの?」
歩き始めた三人。友達が尋ねる。
「そうだよ、もちろん!」
彼女らの間ではもう当然認知されている事実。友達が声のトーンを落として言う。
「やっぱりさ、止めといた方がいいよ」
「なんで?」
「なんでって、ほら、あいつちょっとキモいし、マジで厨二病だし……」
そこまで言って友達が結の想い人の悪口になってしまったと気付き口を押える。結が答える。
「キモくなんかないよ。カッコいいじゃん!!」
真央が魔王様の設定に入った時の迫力。思い出すだけでゾクゾクする。他の友達が言う。
「結ってさ、頭もいいし可愛いし、家もお金持ちで、性格だってすごくいいのに、ちょっと勿体ないかなって」
「そうだよそうだよ! ねえ、知ってる? サッカー部の西野君、結に気があるって噂だよ」
サッカー部の西野。同じ一年ながらレギュラーを取ったスポーツマン。成績優秀で、男なのに可愛らしい顔立ちで女子生徒から人気が高い。結が苦笑いして答える。
「えー、そうなの? 全然知らなかった」
全く興味なさそうな表情の結を見て友達が言う。
「なんかこう、色々勿体ないね」
「ほんと、マジで。あ、それで明日は港駅で待ち合わせでいい?」
明日の花火大会。駅までは友達と一緒に行く。結が答える。
「うん、いいよ」
「結は浴衣着て行くの?」
「当然。頑張るんだから!!」
友人達はやれやれと言った表情で答える。
「じゃあ、今日は女だけの買い物楽しんじゃおー!!」
「いえ~い!!」
三人は笑いながら歩き始めた。
迎えた夏休み最初の土曜日。真央は朝から電車に揺られていた。どんよりと曇った空。天気予報では曇りとあったが今にも雨が降りそうだ。
(大丈夫。きっと大丈夫……)
何の根拠があるのか分からない。ただいまはそう自分に言い聞かせないと体が崩れてしまいそうになる。あれから鈴夏からの返事はない。既読にはなった。読んでくれている。またやり直せる。
隣県までの電車移動中、真央は中学の楽しかった頃を思い出しずっと自分を鼓舞し続けた。
土曜の夕刻。結は友達との約束の時間より早く港駅に到着した。
この日の為に用意した花柄の浴衣。慣れない着付けも母親が手伝ってくれた。ふっきれたのか母親との関係も最近は良くなっている。
(だがこの下駄は足が痛いぜ!!)
浴衣より慣れない下駄。ここまで来るだけで足が痛く赤くなっている。
(真央様、来てくれるかな……)
強引に誘った。勢いで押し切った。でも返事はないし来てくれるとは限らない。
「結~!!」
そこへ約束していた友人達がやって来る。結と同じ浴衣の者、ワンピースを着た者、皆がそれぞれ気合を入れてお洒落してきている。
「やだ、可愛い~!!」
「結もすっごく綺麗っ!!」
お互いがお互いを褒め合う。女子高生のハイテンションな会話。友人が言う。
「それにしてもすごい人だね」
周りは花火を見ようと集まった人達で歩道にも溢れんばかりの人でごった返している。規模の大きな花火大会。人が大勢集まるのは毎年のこと。友人が言う。
「じゃあ、行こっか。結はこの先の公園で彼氏さんと待ち合わせだよね?」
「え? あ、うん。そうだよ!!」
結が笑顔で答える。友人が冗談っぽく肘でつつきながら言う。
「頑張れよー、藤原~!!」
「やだ、やめてってば!!」
照れながらも嬉しい結。友人が言う。
「人が多いからそっち、歩こっか」
「そうだね」
そして人混みを避けるように歩道の端を歩き始める結達。それでも時間と共に人は更に増えほとんど動かなくなってしまう。人混みに押された友人が言う。
「ちょ、ちょっと危ないよ!!」
「きゃっ!!」
何かの勢い。人が多すぎて制御が効かなくなった人混みと言う大きな波。警備員の声が空しく響き渡るその下で、それは起こった。
「痛っ!!」
歩道の端を歩いていた結が人混みに押されバランスを崩す。もともと履き慣れていなかった下駄。歩道の段差を踏み外し車道へと転がる様に倒れ込む。
「結、危ない!!!」
友人の叫び声。車道に倒れた女子高生に皆の視線が集まる。顔を上げた結。その目に自動車のライトが映った。
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