6.崩れ行く何か

「でさ、マジ面白くってさ! ……おい、真央。聞いてんのか?」


 連休開けの高校。周りが皆半そでの夏服に変わる中、GWに鈴夏に会ったまま何も変わらない真央に友人が声を掛ける。


「あ、ああ。そうだな……」


 心ここにあらずの返事。帰って来てからも鈴夏とは形式的にSNSで言葉を交わしただけ。何かが違う。何かが変わってしまった。それを考えるのも、言葉にするのもすべて怖い。



「真央」


「……」


「おい、真央! 聞いてんのか!?」


「え? ああ、聞いてるよ」


 聞いていなかった。こんなに近くにいる友人の声すら脳が反応しない。友人が言う。



「また来てるぞ、お前」


「え、誰が?」


 真央が教室のドアの方へと視線をやる。そこには亜麻色のボブカットの少女がにっこり笑みを浮かべて立っている。



「真央様~」


 結のクラスは二つ離れている。ほとんど交流のないクラスなのだが、既に真央のクラスメートは皆彼女のことを知っている。友人が言う。


「いいよな、真央は。藤原ってかなり可愛いじゃん」


 そう。結は客観的に見ればかなりの美少女。こんな厨二病の俺にも付き合ってくれる。真央が席を立ち結の元へと歩き出す。



「藤原……」


「乙です、真央様!!」


 初めて見る結の夏服。気付かなかったが意外と胸が大きい。結が手にしたビニール袋を前に出して言う。



「お借りしていた本、今日持ってきました!!」


「ああ……」


 GWに彼女に貸したラノベ。色々あってすっかり忘れていた。結が言う。


「真央様、少し外を歩きませんか?」


 昼食後の運動。それもいいかなと真央は結と共に校舎の外へと向かった。




「いい天気ですね~」


「そうだね……」


 五月晴れ。まさにその言葉がぴったりの季節。少しだけひんやりした風が強い日差しを優しく緩和して、とにかく清々しい。そんな五月の風に靡く結の亜麻色の髪に、一瞬真央が見惚れる。



「すごく面白かったです!!」


「え? あ、ああ、ラノベの話ね」


 何のことを言っているのか分からなかった真央がそう答える。結が言う。


「タイムリープものって結構あるけど、これは上手く恋愛を絡めて綺麗なラブコメに仕上げてますね。読んでいてすっごく主人公を応援しちゃいました!!」


「うん、引き込み方がとても上手くてつい読んじゃうよね」


 並んで歩くふたり。自然な風がふたりの間を抜けていく。



「私、もし叶うなら、やり直したいんです」


 結の言葉。何のことだろうか。分からないがきっとラノベの話じゃない。黙る真央に結が言う。



「もし私もタイムリープができるならやり直したいんです。真央様と同じ小学校、同じ中学校、近所になって一緒に登下校して……」


「藤原? な、何を言って……」


 頭の理解が追い付かない。それよりも先に結が言う。


「そうすれば彼女さんじゃなくて、今、真央様の隣に居られるのが私になっていたのかなって」


 前を向いてそう話す結の横顔は、素直に綺麗だと思った。どこかで見た光景。そう。それは付き合い始めたころの鈴夏の横顔にそっくりであった。



「藤原……」


 内から突き上げてくる衝動。言葉で言い表せない何か。だが分かる。それはきっと目の前にいる結に関するもの。結が尋ねる。



「真央様、何かあったんですか?」


 その問いかけに目を閉じ黙る真央。言えない。言えるはずがない。結には関係のないこと。そして自分はまだ鈴夏のことを想っている。結が言う。


「真央様、何があったか知らないけど……」


 結は黙り込む真央の手を取り少しだけ笑みになって言う。



「私で何かできることがあったら遠慮なく言ってね」



(藤原……)


 全身の力が抜けていく真央。結が照れを隠すように言う。


「だって、私は最強魔王様の下部Aだよ! 何があっても負けないから!!」



(ありがとう、藤原)


 真央が右手で髪をかき上げ、そのままピンと指を天上へ伸ばしポーズを取って答える。


「無論だ、下部Aよ!! 我こそは最強にて最高の孤高の存在、煉獄の大魔王『西京真央』!!」



(ありがとう、藤原。でも俺は……)


 今度は左手を背中に伸ばし、斜め前かがみになって言う。


「例え何が起きようとも唯一無二の絶対的魔力で全てを捻じ伏せ、下々の者共を導く」



 ――まだ鈴夏のことが好きだ



 右手を天に差し、空を仰ぎながら言う。


「すべての絶対的支配者『西京真央』、何も案ずることはない。俺は変わらない」



「いつの間にか『大魔王』になっちゃってたんだね」


 そう言ってくすっと笑う結を見て真央が答える。


「そ、そうだな。より凄くなったんだ。だけど魔王であることは変わらないぞ」


「うん」


 そう答える結の顔を見ながら真央は思った。



(そう、俺は変わらない……)


 少しずつ崩れていくような何か。それを必死に支えようとする小さな存在に思いを馳せた。

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