侯爵夫人は離婚しました。

猫田33

第1話

「あはははっ!まったくあの亭主は!!」


 妙齢の女性の声が怒りを滲ませながら広い室内に響かせた。その象が一頭寝てもなお広い部屋には、山のように重ねられた紙がところ狭しに置かれ。唯一の例外は、先ほどからこまめに出入りがあるドア付近のみであろう。


「また仕事をしているフリをして溜め込みやがって!」

「義姉さん…また口が悪い」

「グリフ、あなたここにいるなんてどうしたの。まだ城にいる時間でしょう?」


 グリフと呼ばれた男は、呆れた顔で紙の山の向こうにいる兄嫁を見る。だがそうなった原因と己の立場を思いだし兄嫁が気の毒になってきた。自分は、この家に嫌気がさし帝国の軍に入ったのだから一番ヒドイかもしれない。


「今日は紫の日。女神も疲れて眠る日だから僕も休み」

「あぁ、だから今日はこれ以上書類が増えないのね。それにしても週の感覚が無くなるなんていろいろ終わってるわね。っていうことはあの人ついに週末も帰ってこなくなったってことか…」

「義姉さん…」


 私の夫は、侯爵という王族を入れて三番目に偉い身分の人だ。しかしただ偉ぶればよいというわけではなく、王族から賜った土地を管理し発展させ国が潤うようにする"義務"があった。これは爵位を継承する際に王族の前で行う儀式の内容でそういうことになっている。

 だが私の夫は、その義務を放棄していた。侯爵家の金と権力を使い気に入った女を囲い、美食をたしなむ駄目人間の鏡のような人物である。さらにいえばそんな自堕落な生活をしているにも関わらず細マッチョを維持していることが憎たらしい。私など机がお友達のような生活をしているため運動不足になりお尻周りの贅肉が増えるばかりだ。


「まぁ、今帰ってきてもあの人の判断で決済できるものなんてないけどね!」

「奥様、大変でございますっ!! うわっあ!?」

「ヴェルフ大丈夫!?」


 我が家の執事であるヴェルフが紙の山に埋まっている。初老の歳ゆえか判断が鈍り逃げられなかったらしい。


「私よりも奥様です!朝刊をお読みになりましたか!」

「今日はまだよ?」

「僕もまだ」

「グリフィルートぼっちゃま、までいらしているとは雹が降るにちがいありません。うわぁ!」


 ヴェルフが転ぶと手にしていたものが私の前にぶちまけられる。それを拾い渡そうとして目に入ってしまった。


「『ジャノルド侯爵が離婚して舞台女優ユリアと結婚を宣言!!』なんですって!」


 私は、思わず手にした新聞を真っ二つに割ってしまった。綺麗に折り目の部分だけが切れてちょっとスッキリする。


「ジャノルド侯爵家も終わりだな」

「グリフィルートぼっちゃま!言わないでくださいまし。何かの間違いということもあります!」

「いいや本当だよ。出て行って、もうここは、君の家じゃない」


 いつの間にか部屋に入りそう告げたのはギルバート。そしてその隣には、よく街のポスターに張り出されている人気舞台女優ユリアがいた。その美しい顔に合う整った口が開かれる。


「そうよ"元"奥様」


 ユリアが派手な服に包まれた豊満な体をギルバートに絡みつけ私に嫌な笑みを向ける。あの顔は、蹴落とした相手を馬鹿にし蔑む目だ。本当に性格の悪い女。


「そうさせていただきます。ただ私の侍女のララは一緒に連れていきますがいいですわよね?」


 慰謝料もくれないのだからララだけは渡せという脅しである。あの純朴少女をこの屋敷に住まわせたままにするのは可哀想である。他のみんなも心配だが現在屋敷に残っているものたちは、非常に曲者なのでそうそうへこたれない。


「ララ? そんな侍女いたかな。まぁいいや。つれてけばいい」


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 頭を下げて部屋を出ると途端に南国特産の砂糖のような声が聞こえてきた。胸焼けをする前に荷物を持ってララと屋敷をでよう。


「ララ、ララ?」

「はい、奥様」

「私はもう奥様ではないわ。これからはシェイラと呼んで」

「そんな!恐れ多いべ」


 くすんだ赤毛をおさげにした少女が頭を横に振る。頭を振る度におさげが揺れるのが面白かった。


「いいのよ。ところで侯爵夫人ではなくなったのだけれどついてきてくれないかしら?」

「シェイラ様に助けていただいた時から私はお役にたちたいと思っておりました。火の海だろうと針山だろうとついて行きます!」

「さすがにそんなところに行かないから安心して、ねっ?」

「はい!」


 荷物をトランクに詰め込んで持つ。衣装の大半はいらないし金と筆記用具そして本を数冊持てばいい。


「行きましょう」

「はい」


 いろいろとめんどくさいからこの国を出よう。レフィリア大陸内でこの国の影響を受けにくい国というとユーブラシア新聖国かガルネブ国、ツインズ聖国かな。でもユーブラシア新聖国は、宗教上の理由で行ったらひどいめに合いそうね。あそこ狂信者の集まりの国だし。


「待ってください!」


 グリフが門から出ようとした私の腕を掴んだ。全体重を使ってどつきでもしない限り離したりしないだろう。


「なに?私はもう侯爵家に関係ないでしょう」


 グリフの顔が無表情になるが何か気がついたように目を瞬かせる。そして眩しいくらいの笑みを浮かべた。


「シェイライア、僕と結婚してください」

「いや」


 一刀両断!? シェイラ様すごいべというララの声に苦笑しつつ目の前の元義弟を見た。


「やっとめんどくさいことから解放されたのにこんなすぐに結婚すると思う?」

「今言わなきゃ逃げられる」

「そうねぇ…。グリフ、あなた知ってると思うけどこの国、あの怪物のお姫様の国に戦争仕掛けようとしてるわよね」


 軍のトップに近いグリフなら知らないはずがない。隠密を使って調べさせたが間違いなく戦争を起こすだろう。そして黙っているということは肯定していると見ていい。


「私は、出来る限り帝都の孤児や子どもたちを戦火の及ばない場所に移したわ。ねぇ、グリフ。だから皇帝が私をいぶかしんであなたをここへ派遣したのでしょう?」

「ちがう、ここに帰ってきたのは…」


 グリフが私の耳元で囁く。さすがの私もそれを知らず出てきた名前に驚いた。


「それって本当なの?」

「いまでも国外に行きたいて思うか?」

「思わないわね。ふふっ、面白そうだわ」





 のちにスルファム帝国は、グロース国に負け同時に起こった反乱軍が皇帝を引きずり下ろした。反乱軍のトップは、現皇帝の弟である五番目の王子。そしてその後ろには、帝国の大将だったグリフィルートと元侯爵夫人シェイライアが従っていたと言われている。


 その後シェイライアは、初代大統領に就任した。これはかつて侯爵夫人時代の行動が評価された結果と言われている。補佐には、グリフィールドがついておりグリフィールドが求婚してもシェイライアは独身を貫いた。


追記:ギルバートは、反乱が起きたために一文なしになった。もちろんユリアには、逃げられ領民には嫌われていたので誰も助けてくれなかったという。

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侯爵夫人は離婚しました。 猫田33 @yoruneko33

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