残り12

 派手なネオンが交差するナイトクラブのカウンター。音楽が響き、酔客たちの笑い声が飛び交う中、一人の金髪の美女が静かにグラスを傾けていた。


 彼女の名は ヴァイ。

 ガイノイドとは思えないほどの艶やかさを持ち、その姿は、どんな高級クラブにいても違和感のないほど洗練されていた。


 しかし――今、彼女の表情は明らかに 迷惑そう だった。


 「ねぇねぇ、お姉さん、ちょっと俺たちと飲まない?」


 「そんな一人で寂しそうにしてるより、俺たちと楽しもうぜ?」


 男たちが、ヴァイの隣に無理やり座り、しつこく絡んでいる。


 ヴァイは、目を細める。


 「……あのね、私は一人で飲んでいたいの」


 「またまた~、そんなこと言わずにさ」


 「こんな美人を一人にしとくのは、男として放っておけないっていうか?」


 「……へぇ」


 ヴァイは、ふっと笑う。


 「じゃあ、男としての本分を果たして、今すぐここから去ってくれる?」


 男たちは、ムッとした表情になる。


 「なんだよ、そんなキツいこと言うなって」


 「そうだぜ、せっかく楽しくしようとしてんだからさ」


 ――その時だった。


 カウンターの向こうから、派手なヒールの音が響く。


 「……おやおやぁ?」


 マカオ が、軽く腰をくねらせながら歩いてきた。


 ダークブルーの坊主頭、濃いアイメイク、ヒラヒラと動く派手なスカーフ。

 一目で只者じゃないと分かる、ナダン家仕えのオカマアンドロイド。


 「アンタたちぃ~、レディが困ってるのが分からないのかしらぁ?」


 男たちは、突然現れたマカオに目を丸くした。


 「……なんだこいつ?」


 「ちょっと目立ちすぎじゃねぇ?」


 マカオは、男たちの肩にヒョイと手を乗せ、ニッコリ笑う。


 「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどぉ……アンタたち、何? ダサいの? それともバカなの?」


 男たちの顔が一気に険しくなる。


 「……は?」


 「ワタシ、こういう状況見るとゾクゾクしちゃうのよねぇ~」


 「お、おい……」


 マカオは、男たちの顔を覗き込みながら、優雅に指を振る。


 「ねぇ、教えてちょうだい? 女の子が嫌がってるのにしつこくするのってぇ……カッコいいことなの?」


 男たちはバツが悪そうに視線をそらす。


 ヴァイは、グラスをくるくる回しながら、そのやり取りを観察していた。


 (ふふ……面白い人ね)


 男たちは、マカオの妙な迫力に押され、モゴモゴと口ごもる。


 「ちっ……別に無理に誘ってるわけじゃねぇよ」


 「そうそう、俺たちも行くとするか」


 男たちはそそくさと立ち去る。


 マカオは満足げに頷くと、ヴァイの隣に腰を下ろした。


 「ふぅ、まったく! 世の中のオトコは、どうしてこうも学習しないのかしらねぇ!」


 ヴァイは、クスリと笑った。


 「助かったわ」


 「いいのよぉ、こんな夜に可愛い子が嫌な思いするなんて、許せないじゃなぁい?」


 ヴァイはグラスを傾けながら、ちらりとマカオを見る。


 「……あなた、面白いわね」


 「アラぁ、気が合いそうねぇ?」


 二人は、視線を交わし――


 「クスクス……」


 「アッハハハ!」


 楽しげに笑い合う。


 こうして、マカオとヴァイの奇妙な友情が始まったのだった。


ーーーーー 


 「……最近さ、ちょっと自信無くしてるのよね」


 ふっと、ため息交じりに呟く。


 「アラまぁ! 何かあったの!?」


 ヴァイは、グラスを置き、腕を組む。


 「……シュマルよ」


 「アイツが、私をちっとも女として見てくれないの」


 マカオは、目を細めて頷いた。


 「あぁ、あなたのご主人さんねぇ?」


 「そう! そうよ!!」

 ヴァイは勢いよく立ち上がるが、すぐに座り直し、手元のグラスをいじりながら肩を落とした。


 「私って、わりといい女じゃない? それなりに魅力もあるし、誰よりも優しく包み込んであげられるのに……」


 「それなのに、あの男ったら!」


 「まるで、私がただの同居人みたいに扱うのよ!!」


 マカオは、腕を組んで「フムフム」と頷く。


 「で、アンタ、ご主人にどんなアプローチしてんの?」


 「決まってるじゃない! ちょっとボディラインを強調してさ? “シュマル、疲れてるんじゃない?” って抱きついてみたり、 うっかり胸が当たるような角度で甘えてみたり……完璧なアプローチでしょ!?」


 「……ダメだこりゃ」


 マカオは、すかさず頭を抱えた。


 「ちょっとヴァイ、アンタねぇ……アンタのご主人って、そういう色仕掛けに簡単に落ちるタイプじゃないでしょ?」


 「それはわかってるわよ!」


 「だったら、何でそんなセオリー通りの誘惑するのよ!?」


 「そ、それは……」


 ヴァイが口ごもる。


 マカオは、グラスを軽く揺らしながら、言葉を続けた。


 「ご主人はおそらく “苦労人” タイプの男よ」


 「無駄に真面目で、頑固で、変に誠実だから、そういう “わかりやすすぎる誘惑” には反応しないのよねぇ」


 「むしろ、照れくさくて距離取っちゃうんじゃない?」


 ヴァイは、目を見開いた。


 「……えっ、そうなの?」


 「そうよ! アンタ、やり方間違えてるわ!」


 マカオはバシッと机を叩く。


 「いい? 色仕掛けとか、ボディタッチとか、そんなのはご主人には効かないの!」


 「じゃあ……どうすればいいの?」


 ヴァイが、真剣な眼差しでマカオを見る。


 マカオは、ニッと笑った。


 「アンタ、ちょっと引いてみなさい」


 「……引く?」


 「そう! 今まで散々アプローチしてきたんでしょ? だったら、逆に何もしない!」


 「今度は、ご主人が “気にする番” にしてやるのよ」


 ヴァイは、少し考え込む。


 「……確かに、今までずっと “押し” ばっかりだったわね」


 「そういうこと!」


 「……やってみようかしら」


 ヴァイは、ゆっくりと笑みを浮かべた。


 「それでいいのよ! “男は追いかけると逃げるけど、逃げると追いかける” ってね!」


 「フフッ……さすがね、マカオ」


 ヴァイは、グラスを持ち上げる。


 「ありがとう。今夜は、アンタと飲んで正解だったわ」


 「当然よぉん! さぁ、景気づけにもう一杯いきましょ!」


 二人は、カクテルを掲げて、静かにグラスを合わせた。


 ――こうして、ナイトクラブの片隅で生まれた奇妙な友情は、さらに深まることとなった。


ーーーーー


 ヴァイとマカオがクラブを出た瞬間、冷たい夜風が頬を撫でた。


 「ふぅ、やっと空気の入れ替えができるわね」

 ヴァイが軽く髪をかき上げる。


 だが、その瞬間――


 「待ってたぜ」


 ――嫌な声が響いた。


 先ほどクラブの中で絡んできた男たちが、路地の奥に立っていた。


 「やっぱりな……恥かかされたまま帰るわけにはいかねぇんだよ」

 リーダー格らしき男が、ニヤリと笑う。


 ヴァイが眉をひそめる。

 「はぁ? いい大人が、まだそんなダサいこと言ってんの?」


 「うるせぇ!!」

 男たちはヴァイに向かって歩み寄る。


 「お嬢さん、さっきの態度の分、少し大人しくしてもらおうか?」


 男の手が、ヴァイの腕を掴んだ。


 「やめて! 離して!」


 ヴァイが振り払おうとするが、男たちは力ずくで彼女を引き寄せる。


 「やめなさいアンタたち!!」

 マカオが前に出る。

 「レディはもっと優しく扱うべきよ! 乱暴するならワタシも容赦しないわよ!!」


 だが――


 「うちのアンドロイドに何かようですか?」


 その声が響いた瞬間、男たちの背後から 鋭い蹴り が飛んだ。


 「ぐはっ!?」


 あっという間にリーダー格の男が吹っ飛ぶ。

 残りの男たちが驚く間もなく、立て続けに強烈な拳が放たれ――


 「ぐおっ!」

 「痛ぇ!!」


 次々と地面に転がる。


 ヴァイは呆気に取られて目を見開いた。


 「シュ……シュマル?」


 黒のボサボサ頭にハットを適当に被った男が、路地に立っていた。

 手をポケットに突っ込みながら、倒れた男たちを見下ろす。


 「うちのヴァイにダサいことしてんじゃねぇよ」


 男たちは、シュマルの威圧感に恐れをなして、そのまま這うように逃げ出した。


 ヴァイは息を飲みながらシュマルを見つめる。


 そこへ、シュマルの後ろからちょこちょこと小さな影が現れた。


 「何か嫌な予感がしてついてきたら……本当にトラブルになってたね」


 アインだった。


 「ヴァイ、大丈夫?」


 「え、ええ……」

 ヴァイはまだ状況を飲み込めていないようだった。


 そんな彼女の様子を見て、シュマルが軽くため息をつく。


 「ったく……お前ももうちょっと考えて行動しろよ」


 「……!」


 ヴァイの胸の奥で何かが弾ける。


 気づけば、ヴァイは 全力でシュマルに抱きついていた。


 「きゃああああ!!! シュマル、私のヒーロー!!!」


 「うわっ!? ちょっ、やめろ!!」


 「今度こそ絶対離れないわよ!!」


 「だから! 俺は!! そういうんじゃねえって!!!」


 もがくシュマルをぎゅうううっと抱きしめながら、ヴァイは ニヤリと笑った。


 (やっぱりこの男しかいないわね♪)


 そんな二人を見て、マカオは やれやれ とため息をついた。


 「もう! 押し引きを教えたばっかりなのに!!」

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