第3話

「最近現れた三つ目オオタカのせいでお客様が減ってしまって……。ここに辿り着いたということは倒して下さったのですよね?」

 女店主が嬉しそうにも儚さから来るのか困ったようにも見える表情でそう言えばコウエンがしっかりと頷く。ならばと女店主は夕食を豪華に作りたいからと先にヘンリーたちを男女別の部屋へと案内してから食事の準備に引っ込んだ。

「……オーランド、何かおかしいと思わないか」

 武装を解き始める同室のオーランドに向かってそう問いかけるとオーランドは一度首を傾げてから顎に手を当てて考え込む。

「何も……。ヘンリーは何が引っ掛かっているんだ?」

「上手く言葉にできない。ちょっとイーダ達のところにも行こう」

 女子の部屋に入るのは……、と躊躇うオーランドを軽く説得して部屋を出ると彼女達がいる部屋の扉をノックするヘンリー。来訪を先んじて足音で察知していたコウエンが出て来た。二人とも既に武装は解いている。

 全員で話がしたい、とヘンリーが言えばオーランドが女子の部屋よりもと男部屋の方へと彼女達を招いて4人で集まった。

「オーランドはそういう所がとてもしっかりしてるのね。ヘンリー、見習わなきゃダメよ」

「そういう所……?」

 分からないと考え込むヘンリーにオーランドとイーダが顔を合わせて二人で首を横に振った。コウエンはあまり気にしていないのか話とはなんだろうかと話題を戻す。

「上手く言葉にできないんだが、なにか引っ掛かっているんだ。それを解明するために少し情報を整理したい」

「なにかって言われても〜。……店主さんの言葉に嘘も変な所もなかったよ」

 獣人族故か犬をルーツとする種族故か、感情の機微に聡いコウエンが言うならばそうなのだろうとヘンリーも含めた三人が頷いた。

「そうか。……何故ここは無事なんだ?」

 オーランドがひとつ呟くとイーダとコウエンが確かにと考え始めた。

――そう、それでいい。考えて欲しい。じゃなきゃ俺たちは意味も分からず死ぬ。少なくとも俺は死んでいた。だから巻き戻ったんだ。

 ヘンリーが思惑通りの流れに内心安堵の溜息を吐くとコウエンがちらりと彼を見るもののまた思考に戻った。

「客が来れない程の三つ目よ。実際強かったし、とても好戦的だったわ。こんな周りに何も無いただの宿なんて襲われてもおかしくないはず……」

「魔法や魔具で三つ目払いをしている気配は?」

 殆どの街や王国に敷かれている三つ目払いの魔法。魔具としても確立しており殆どの二つ目の集落にはその魔法もしくは魔具が使われている。魔法に疎いオーランドのような者は察知出来ないもののヘンリー程度の魔法を扱える者であれば察知が可能だ。

 強さはその魔法を掛ける人数(魔力の強さ)や魔具の出来の良さによって変わる。街の外へと出歩く戦闘能力の無いものは出来の良い三つ目払いの魔具を持ち歩く事がほとんどだ。

「薄いものなら。でもこの位ではあのオオタカに破られてもおかしくないわ」

 イーダの返答にますます訳分からんとオーランドが思考を放棄し始める。ここでずっと黙っていたヘンリーが顔を上げた。

「……コウエン、どこまで感情は読み取れるものなんだ?」

「んー……? そんなに細かくは無理だけど嘘ついてるかとか、焦っているかとか、なーんか違和感あるなーってのはちゃんと見たら大体わかるよ」

「そうか。ならあの店主の様子をしっかり目に見ておいてくれないか。同じ二つ目を疑いたくは無いが……何となく、嫌な予感が拭えない」

 はーい、と答えるコウエン。彼女はヘンリーに伝えたのだ、違和感があればと。ヘンリーはそれに気が付かないまま部屋がノックされると扉を開けた。女店主がやはり儚げな――浮かない顔とも言う――表情で食事の支度が出来たと伝えに来たのだ。

 礼を述べてから店主に着いていくと4人は食堂へとたどり着いた。パンやスープは勿論新鮮な野菜、美味しく焼かれた肉や魚、瑞々しい果物まで取り揃えられていた。

「随分と豪華な」

「久しぶりのお客様ですから……。食材が余っていまして」

 嘘は付いていないのだろう、だがヘンリーが引っ掛かっているのはそこでは無い。食事の量に対して準備が早すぎるのだ。

「他にお手伝いさんでも居るのか?」

「いいえ、ここは私ひとりで切り盛りしております。ささ、どうぞ冷めないうちに……」

 早く食べて欲しいと言わんばかりの態度にコウエンが首を傾げる。イーダとオーランドは先に席に着いた。コウエンとヘンリーは顔を見合せてから食事の席につく。

――食事自体に何かが入っている?は特に何も無かったように思えたが。何かがあったとしても嗅覚が鋭いコウエンや魔力を察知しやすいイーダが気が付くと思うが。

 そう彼女たちを見るも不審なものを感じてはいないのだろう。食事をし始めた。続いてオーランドも、そしてヘンリーもゆっくりと食べ始める。

 味覚も違和感を発しない。ただただ美味しい食事だ。オオタカとの戦闘後の疲れた身体に染み渡る栄養素。それ以上に食べ続けていたいと思えるほど美味しいのだ。

「貴女は料理上手なんですね。とても美味しい」

「ありがとうございます」

 オーランドの素直な賞賛に店主は軽く頭を下げた。そうして全て食べ終わると店主に礼を述べてから4人は食堂を出てヘンリーたちの部屋に再び集まった。

「手際のいい人なのかな、それともアタシ達結構話してた?」

 コウエンも準備の速さに疑問を持ったのだろう。いの一番に言葉に出した。

「魔法で料理する人だと思うわ。そういう魔力が残っていたもの。ちょっと強めの魔力だと思ったけど準備時間を考えたら……あまりおかしくないわ」

「あー、なるほど。それは早く作れる」

 料理は火を起こしじっくり焼いたり蒸したりする方法と、炎魔法や水魔法、時魔法等を組み合わせて時短で作る二つの方法がある。様々な属性の魔法を組み合わせるので実は難易度が高いのだが多くの宿屋の主人は習得している者が多い。実戦に応用出来るかはまた別の話だが。

「戦えるかは別として魔法に長けているのは間違いないんだな」

「そうね。焼き加減からして時魔法も使ったと思うわ。……ねえヘンリー、そんなに警戒することかしら」

 イーダがそう切り出せばヘンリーは顔を顰め、オーランドが何度か頷いた。しかしコウエンは腕を組んで難しい顔をする。

「うーん……。イーダの言う通りな気もするけど、あの人何だか様子がおかしいのも事実だよ。嘘はついてない。でもなにか隠してる感じ」

「俺は……コウエンみたいなものを感じているわけじゃない。ただただなんかおかしいってだけなんだ。上手く出来すぎているような……」

「剣のみに生きた俺にはそう言うのは分からないが、もし隠し事があるとしてなにか事情があるんじゃないか?」

「あるにしても、明日聞くのはどうかしら。眠たくなってきたわ……」

 欠伸混じりの言葉にコウエンも賛成と伸びをする。オーランドもまた肯定するとヘンリーが何かを言う間もなく解散となる。

 彼女達が部屋を出るとオーランドが寝る支度を整えるもヘンリーはまだ腕を組んで考え込んでいた。

「また明日考えたらいいんじゃないか?」

「……なあ、妙に眠たくないか」

 オーランドの声掛けは流して問い掛けたヘンリー。オーランドは肩をすくめるも襲いかかる眠気の強さに大きな欠伸をした。

「まあ、たしかに。疲れからくる眠気とはまた違う眠気……」

「そうなんだよ。疲れもあるけどここまで眠くなるほどじゃ……、……う、起きてるのが辛くなってきた」

 二人揃ってうつらうつらと船を漕ぎ始める。しかしオーランドも事のおかしさに気が付き始めたのだろう。寝まいと耐えようとばかりに自身のレイピアを出すと利き手とは逆の左の手の甲に突き刺した。

「オーランド!?……いや、俺にも」

 驚きに声を上げるもその意図に気が付くとヘンリーもまた利き手とは逆の手を出すとオーランドは躊躇わずに貫いた。鋭い痛みが脳にまで駆け上がる。今にも落ちそうだった意識がいくらか痛みでマシになっていく。

「ぐっ……! なんっ……だ、遅効性…、の睡眠薬……?」

「コ、ウエンが……気が付かないはず……、」

 それでも襲い掛かる眠気が止まるわけもなくその場に崩れ落ちながらも必死にぼやける頭でこの場をどう切り抜けるか考える二人。ヘンリーが覚束無い詠唱で異常状態回復の魔法をかけるも意味が無く、魔法が効かないのは薬によるものだと告げるだけだった。

 先にオーランドの意識が落ちた。苦しそうに眠る隣でヘンリーの身体も力が抜ける。朦朧とする意識の中、誰かが部屋に入ってきた。

「これ…、主……子……けて……」

 誰かと話している。何を話しているのか上手く聞き取れない。眠い。眠い。誰かがこちらに来る。眠い眠い眠い。三つ目が。眠い。ヘンリーの首を。眠い。意識が、落ちる。

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