第2話
私はお父さんの本棚にある有斐閣をかったぱしから読んでいった。
それは、ホウガクとかケイザイガクとかいう、私にはよくわからない秘術に関する本だった。わからないってことはきっとすごいってことだ。古代文明かなんかなんだろうなって私は思っていた。
「お父さんは、ホウガクとケイザイガクを使えるの」
「うーん、お父さんはどっちかというとホウガク使いかな」
「すっげー」
「ほら、これがお父さんの商売道具だ」
そう言って、二冊の巨大な本を右手と左手、それぞれに持って掲げてみせた。
「ロッポーゼンショっていうだ。この本を自由自在に使いこなせるようになれば一人前ってもんだ」
あんな重たそうな本を軽々と持ち上げられるなんて、やっぱりお父さんはすげえやって思った。
正直、中身はチンプンカンプンだったが、その文字を追い続けていればいつかすべてを理解できる日が来るのだろうと信じて、有斐閣を読み続けた。
いつまでたってもホウガクが身に着かず、焦りを感じはじめていたある日、我が家に事件が起こった。
「なんで夫のことを助けてくれなかったんですか」
その女は泣きながら家に突入してきて、お父さんの胸倉をつかんで詰問した。
「あなた、絶対助けるって約束しましたよね。でも、夫は有罪になってしまった。会社の命令でやっただけなのに。しっぽ切りだってこと、あなたは証明してみせるって言いましたよね」
「ベストはつくしました。そして会社の不正は暴きました。でも、それであなたの夫の罪を軽くすることはできなかった」
「適当なこと言わないで。結果がすべてよ。あなたは約束を破った。私たちは助からなかった」
「それはその通りです。申し訳ございません」
その女はさんざんわめきちらしたあげく、訴えてやる、一生恨んでやると言い残して去っていった。もちろん菓子折りは持ってこなかった。
「なんなのあのばばあ」
私はお父さんの手をとって、自分の頬にあてた。
「そんな言い方しちゃいけないな、麻衣」
「なんなのあれ。村人Aのくせに、助けられて当然だと思うなんて、思い上がりだわ。あんたたちは助からないの。それが前提。年貢とか凶作とか夜盗とかにずっと怯えてなきゃいけないの。助かるとしたら、私たちのような選ばれた人間が手を指し伸ばした時だけ。お父さんが秘術ホウガクを使ったときだけ。助けられるしか能がないくせに、あんな風にぶうぶういうなんて、本当に憐れな奴らだわ」
「おまえは何を言っているんだ、麻衣」
「何って決まってるじゃない。お父さんを助けているんだよ」
お父さんは一生懸命何かを説明しようとした。人助けってのはそういうことじゃない、困っている人を助けるっていうことはそういうことじゃないんだ、と。
けど、私はお父さんが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
じゃあどういうことなの?
私が心底不思議に思ってそう尋ねても、お父さんは今まで見たことのない愕然とした表情で私を見下ろすだけでした。
「おまえはもう人助けをしたらダメだ。有斐閣も読むな。もっと公園で友達とボール遊びとか、恋バナでもしなさい」
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