おりえん‼

美崎あらた

第1章 おりえん‼

第1話 出会いは、猛スピードで走ってきた

「山が見えるよ、山!」

「そりゃ山くらいあるでしょうよ。日本なんてほとんど山だよ。社会で習ったでしょうが」

「知識と実感は違うじゃん。東京では見渡す限り人工物だったし」

「まぁがんばりなよ。じゃあまた~」


 適当な感じであしらわれ、見る者を絶妙にイラッとさせる変なスタンプとともに東京に住む友人との会話は中断された。山川天やまかわそらことあたしはスマホをベッドに放り出して鞄を掴んだ。


 あたしはこの春、中学一年生になる。生まれも育ちも東京都千代田区なのだが、このタイミングで父親が転勤となり、両親とあたし、家族三人で大阪の地に引っ越してきたというわけだ。住まいは大阪府四條畷しじょうなわて市のマンション。最寄り駅は楠木くすのき駅。


 東京の友人たちと別れ、こちらの公立中学に入学することになった。市立楠木中学校。ちょうど小学校から中学校に上がるタイミングだから、転校生というわけではないのだけれども、あたしにとっては転校も同然だった。公立の中学校ということは、地域の小学校から順当に生徒たちが上がってくるわけで、それなりのコミュニティがすでに出来上がっているのだろう。あたしはそこに飛び込まなければならない。


 駅前にはコンビニもマクドナルドもあるし、このくらいで田舎と呼んでは本物の田舎に失礼だとは思うが、あたしからしてみれば十分に田舎臭かった。そんなに背の高くない家々の向こう側には、生駒山脈の端っこが見えた。あの山々の向こう側は奈良県だ。


 あるいはあたしは、何かひがんでいるのかもしれない。東京で、東京の友達とともに中学生活を送りたかったのに、ひとり大阪の地に放り込まれて……それが気に入らないのかも。まぁ、今更どうしようもないけれど。


 入学式は八時四五分から体育館で。新入生は八時四〇分までに教室に集合。今は八時十分。家から学校までは徒歩十五分。少し余裕がある。よし、ちょっと探検してみよう。




 八時三〇分。道に迷ったことに気がつく。まだ活気づく前の商店街を通り抜け、住宅街をウロチョロしていたら、方向がわからなくなった。一般的通学路から外れてしまったらしく、あまり人も通らない。


 入学式に遅れて登場する自分を想像する。校長先生が新入生を迎える何やらありがたい話をしている中、体育館の後ろの大きな扉がギギィと開く。先生方は不機嫌な顔でこちらをにらむ。生徒たちはニヤニヤしながらちょっと振り返ってみたりする。ペコペコと頭を下げながら自分のクラスの列を探す自分……うわぁ、嫌すぎる。


「お? そこの新入生、迷子か?」


 ――出会いは、突然だった。というか、猛スピードで走ってきた。


 相当履きこまれているランニングシューズ、引き締まった足首、しなやかな脚。あたしの前で急停止して、制服のスカートが翻る。チラリと黒い――スパッツが見えた。視線を上げるとブラウスの上から羽織ったグリーンのジャージ。男かと思ってしまうほどのショートカット。整った顔立ち。意志の強そうな目。


「クスチューの入学式行くんやろ? 走らな間に合わへんで!」


 そのボーイッシュな少女はあたしの腕をつかみ、走り出す。クスチューというのは新種のポケモンではなくて楠木中学の略称であることに気が付いたのは、走り始めてからのことだった。


「え、はやっ……」


 思わず声が出る。筋肉が躍動する。脚が回転する。少女は笑っていた。こんなに楽しそうに走る人を、あたしは初めて見た。しかし、とくにスポーツ経験もないあたしにとっては久々の全力疾走だった。やばい、息ができないッ――


「ほら、着いたで」


 気がつけば、校門をくぐっていた。


「あ、あり……ありがとうございま、すぅ……はぁ」

「ええねん、ええねん。それより急がな。直接体育館行った方がええんちゃう?」

「わ、わかりました……あの、あなたは?」

「ん? オレか?」


 一人称オレのイケメン少女は答える。


「オレは木村きむら卓美たくみ。女子オリエンテーリング部の部長や」


 キム……タク……? 桜舞い散る四月。入学式に遅刻しかけのあたしは、同性の先輩に恋をした。

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