第2話

 僕はうながされるまま椅子に座った。

 長身の男はどうやら坂代さかしろと言う名前らしい。

 坂代は机に座り僕の背にしてパソコンの画面を眺めていた。

 はたからみれば、彼が医師で僕が患者とも見える構図だ。

 パソコンに顔を向ける彼は無表情で淡々とキーボードの上で指を動かしている。


「それでりんちゃんに言われてここに来た…っと」

 パソコンを打ち込みつつ坂代はそう言った。

 ここに来るまでの経緯を簡単に説明したのだが、どうやら坂代はカウンセラーの橘琳たちばなりん先生と同じ大学だったらしい。橘先生の下の名前初めて知ったんだけど…。


「それでキミは周りに物怖じしないような【自身】を身に着けたい…と!」

 軽くキーボードを叩き終えると椅子をクルっと回してこちらに身体を向けた。

「…そんなこと簡単にできるんでしょうか?」

 僕は諦めにも似た表情で目の前に座る坂代へ訪ねる。

 坂代は顎に手をやり、天井を見上げつつ答えた。

「うーん……できなくもない様な気もするけど…」

「ほ…ほんとうですか!?」

 食い気味に聞き返した僕に天井を眺めていた坂代は再び視線を戻し少し笑い続ける。

「キミ……お金持ってる??」

「………はい???」

 僕は間抜けな返事をしつつ、手に握っていた地図の紙を落とした。


 ◇


 坂代は部屋の奥でなにやら準備をしているようだ。

 衝立ついたてで仕切られた壁横のカーテンを開けると一つの小部屋ブースが現れた。

 小部屋ブースの中には、理髪店が営業していた時に使われていたであろうマッサージチェアのような形の黒い革で覆われた大きな椅子があった。

 椅子の前方には机があり、バイクのフルフェイスのようなヘルメット?が置いてある。

 小部屋ブースの広さは一般的なネットカフェより少しだけ大き目だろうか。


「ここに座って」

 そう言って小部屋ブースの椅子を指差された。

 僕は言われた通りに椅子に腰かける。

 若干のリクライニング機能があるのか、深く身体を預けると天井を見上げる形となった。

 坂代は僕が椅子に座ったのを確認すると、机の上にあったヘルメットを手に持つと椅子の横に立ち説明を開始した。


「このヘルメットを被るとVR世界に没入ぼつにゅうすることが出来てね、上手くいけばキミに自信を付ける切っ掛けになるかもしれない」


 ヘルメットでVR世界?確かにゲームなんかはゴーグルを使ってVR体験ができると聞いた事はあるが実際に使用したことは無かった。

 ゲームで自信を持つ切っ掛けになるのか?と不思議そうな顔をしている僕を見下ろしながら彼は続ける。


「体験させるのはそうだな…高校生だし【生徒会長になったキミ】っていうのはどうかな?学生の体験サンプルは多くないんだが、これなら効果を期待できるかもしれない」

「…せ、生徒会長になった僕、ですか?…今と真逆すぎて全く想像がつかないんですけど…」

 陰キャが生徒会長になる?いったい何を言ってるのだろうか。

 そう考えているうちに坂代は持っていたヘルメットを僕に被せた。

 大人用なのか少し大きめだがあごのベルトを調整すると安定した。

 目の前のレンズは透明度が低く、暗い室内がより暗く感じる。

 坂代の顔がぼやけて見えるほどだ。


「言葉で説明するより実際に体験する方が早い。目を瞑って身体を楽にすると良い。…そう、椅子に身体全体の体重を預けるんだ」

 そう言って椅子の横から坂代が遠ざかる足音がする。今ならぐっすり眠れそうなほど身体が浮いているような感覚になる。


 少し遠くから声を掛けられる。

「今からパソコンでそのヘルメットに情報を送るから少しそのままで。頭の中でゆっくり30秒時間を数えてごらん」


 そう言われて僕は時間を数え始めた。

 ―いち…に…さん…


 ―じゅうご…じゅうろく…


 ―にじゅうろく…にじゅうなな…


「快感の世界にいってらっしゃい」

 遥か遠くで坂代の声が聴こえたような気がした。



 僕は三十まで数えられたのだろうか?

 次に目の前に広がったのは学校の正門の前だった。




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