惚れちゃダメなのに、イケナイ彼です

木場篤彦

第1話*我が弟ながら……

 俺は弟が寄越した連絡に出て、眉間に皺を寄せて、不快な三田村泰紀の言葉を聞き流そうと努めている。

『——やっぱ伊沢だったわぁ。カノジョ、ロックオンしてんの、兄貴ィ〜?恋人と繋がってんでしょ、まだぁ?恋人ソイツと別れなきゃ、伊沢はオーケぇ出さねぇだろ。そーいう彼女ヤツだし、伊沢ってぇ!』

「オマエぇっ、安田さんをその苗字で呼ぶなっ!……オマエ、鹿を続けてるんじゃねぇよな?真面目に生きろよ、そろそろ……」

『ハッ……馬鹿な遊び〜ィい??兄貴に説教されるとはね〜ぇえっ!兄貴に言われたかねぇよッッッ!どの口がほざいてんだッッ、ぁああんんっっ!!オレは兄貴の姿ァ見て育ったんだよ。笑わせんな、よぉうぅ!!でぇ〜別れてから伊沢とイチャコラすんだよなぁ、兄貴ィどうなんだよ?おぉんんッッ、聴かせなよ〜ォ?』

「オマエに関係ないだろ、彼女とのことは。オマエ、彼女に酷いことしたらしいな……以前に。よくも安田さんにっ——!」

『都合悪くなりゃ、関係ないってか……フッ、相変わらず変わんねぇやにぃさんは。はぁー、サッキも言ったがオレは兄貴を見て、学んだんだぜ。言ってやろうか、伊沢にヤったことォ?聴きたいか?聴きたいだろ、にぃさん?』

「言うなッ!オマエは最低だ、俺はオマエを赦さないッ!!」

『どうしちまったんだァ、にぃさん?昔はそんなじゃなかっただろ、彼女アイツがそんなに上玉か?まったく、ババァみてぇなことォ抜かすようになってよぅ……ぷはーぁ!ふぅー……悪りぃね、先に見てなぁ』

 言いたいことだけ言って、切りやがる弟だった。

 酔った勢いで連絡を寄越した弟に対し、嘆息を吐かずにいられない。

 クズに染まった弟を目の当たりにして、嘆かずにいられない。


 安田茉悠やすだまゆに数えきれない罪悪感を抱く俺だった。

 クズな愚弟が安田にしでかした愚行も兄として背負わねばならないと……重くのしかかってきて、脚が重すぎる数々の罪を背負った身体を支えきれそうにない。


 泰紀が突きつけてきた鋭利な言葉ナイフが俺の体力ライフをじわじわと削っていく。

 確かに……俺があの泰紀に説教出来る人間ではない。安田と逢い、二人だけの瞬間ときが増えていく度に自身が遊んで捨てた幾人もの女性カノジョたちに今更ながら謝罪したくなった。

 俺が過去に交際して身勝手に捨てた女性たちに謝罪したいと申し出て、呼び出したところでのこのこ姿を現すなんて一人も居ないだろう。


 俺はあの日の……三田村泰紀ぐていを視界に捉えた安田茉悠が身体を震わし、泣き出しそうになる彼女を直視出来なかった。


 俺が安田に初めて名乗った際のあの怯えようは尋常ではなかった。

 三田村なんて苗字は珍しくもない。

 ただ、偶然に俺と同じ苗字の男が安田に恐怖を植え付けたのだと、思っていた。

 音信不通だった弟が唐突に連絡を寄越し、その際に彼女のことをつい漏らしてしまい——あの事件が起こってしまった。


 俺は彼女を……安田茉悠を愛しても、良いのだろうか?


 ガラス瓶の日本酒を何本も開け、酔い潰れるまで呑みまくった。

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惚れちゃダメなのに、イケナイ彼です 木場篤彦 @suu_204kiba

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