万獣の奏者・異世界全裸催眠おじさん

ちびまるフォイ

あなたが死ねばみんな死ぬ

「ぐふふ。ついに手に入れたぞ催眠アプリ!」


スマホへのインストールを済ませ

気になっていたコンビニ店員さんへアプリ画面を見せた。


と思ったら、コンビニに突っ込んできたトラックに跳ねられて死んだ。

次に目を覚ましたのは異世界。


実家のような安心感と見覚えのある光景だった。


「異世界にきたのか……?」


しかしこれはむしろ幸運。


「ふへへ! 異世界の美人を催眠しまくって、ハーレム作ってやる!」


全裸のおじさんは町に向かうと、案の定悪いやつが美人をいじめていた。


「だ、誰か助けて!」


「待て待て待てーーい!!」


「なんだこのおっさん?」


「この催眠アプリが目に入らないか!!」


美人をいじめていた異世界不良にアプリを見せた。

これで催眠完了。すべて自分のいいなりにーー。


「おいやっちまえ!」


ーーならなかった。


「痛い! 痛い! た、助けてーー!」


異世界の催眠デビュー戦は大敗を喫した。


「お、おかしいなぁ……ちゃんと見せたのに」


体中をアザだらけにしながら、道行く人に催眠を試みる。


「あのこれ見てもらっていいですか?」


「SAIMIN -ON- って書かれてますね」


「ええそうです。催眠かかりました?」


「は?」


もちろん誰ひとりとしてかからなかった。

もしかして催眠アプリはガセだったのか。


そう思ったときだった。


「キャーー! ゴブリンよ!!」


町に小型モンスターのゴブリンが襲いかかってきた。

もう催眠でのハーレムは諦めて、普通に異世界を満喫しようと誓った瞬間。


開きっぱなしの催眠アプリスマホを見たゴブリン。

その目に赤い光をおびはじめた。


「グギャ」


ゴブリンは急に自分の前にひざまづく。

自分が指示を出せばなんでも動いてくれる。


「これはまさか……催眠?」


どうやら自分の催眠は人間以外に有効だったらしい。

人間どころか、異世界の亜人にも効かない。


人間以外に催眠が有効だと知ったものの使い道は思いつかなかった。


「はぁ……。他の能力なんて無いし……どうしたものか」


もっと俺TUEEE展開を期待していたのに。

ギルドで飲んだくれていると、ボロボロになった冒険者がやってきた。


「くそ!! 森のドラゴンめ!!」

「今回は撤退したが次こそは!」

「無理するな、まずは装備を整えよう」


モンスターに挑んで返り討ちにされたのだろう。

生々しい爪の跡が鎧に刻まれている。


「ドラゴン……モンスター……」


あるアイデアが浮かび、単身で森へと向かった。

腕利きの冒険者が数をそろえても太刀打ちできない森の主。

森のドラゴン・ユグドラザードはそこに鎮座していた。


「グルルルル……!」


その口から漏れ出る熱は自分の服をあっという間に溶かしてしまう。

まともに戦ったら秒殺は間違いない。

しかし自分には唯一にして最大の武器があった。


「さ、催眠!!!」


催眠はモンスターには全部有効だと知った。

森のドラゴンに乗って町に戻ってくると、冒険者たちは腰を抜かす。


「ど、ドラゴンを手懐けている!?」


「これでもう森は安心ですよ。ドラゴンはこの通り。

 自分が完全に仲間にしちゃったので」


「ありがとう! モンスターテイマーさん!」


「テイマー……」


そんなふうに考えたことはなかった。

自分の役職は催眠全裸おじさんだったが、

その役職名は異世界で翻訳されるとテイマーと呼ばれるらしい。


「ようし、このテイマーが世界の脅威を手懐けて無力化してみせる!!」


承認欲求が満たされたことで催眠欲求はますます増える。

この異世界のモンスターをすべて倒すのではなく、自分が手懐けてやる。


それからはドラゴンにまたがった催眠おじさんの異世界旅がはじまる。


千の瞳を持つ双頭竜。

満月を食らう狼。

神殺しの剣鬼。

深淵を司る魔王。


などなど。


どんなに強そうな肩書きで、どんなに強いモンスターでも。

モンスターというカテゴリであれば全てに例外はなかった。


「オラ! 催眠!!!」


アプリを見せればどんなモンスターも使役可能。

催眠解除は怖すぎてできない。


異世界を恐怖と支配下に収めていた強敵を開幕2秒で催眠し続け、

すっかりモンスターの脅威が異世界から失われた。


「これだけ異世界を平和にしたんだ。

 なんらかお礼がもらえるかもしれないぞ」


感謝の証拠にきれいめな王妃との婚約させてもらえるかも。

そんな下卑た報酬を期待して王宮へ向かった。

しかし反応はむしろ逆だった。


「貴様! この王都へ進行に来たのか!! 万獣の奏者!!」


「え、ええ!?」


「王妃には指一本ふれさせないぞ! であえであえーー!!!」


「わぁあーー!」


民の反応は冷遇そのものだった。


異世界中のダンジョンをハシゴし続けていたので、

世間での自分の評判がどんなになっているかを気づくことはなかった。


あらゆる世界の凶悪無比な魔物を使役していることで、

自分はモンスター以上の脅威として指名手配されていた。

付いたあだ名が「万獣の奏者」らしい。


「これからどうすればいいんだ……」


もう人里には戻れない。

戻ったら寝首をかかれてしまうかもしれない。


でもダンジョンにはもう脅威となるモンスターはいない。

あらゆるボスはすでに自分の支配下に治めてしまった。


では催眠を解除すればどうなるか。


催眠はすべて一括で解除されてしまう。

これにより魔物は一斉に自分を引き裂いてしまうだろう。


「はあ……催眠なんてしなきゃよかった……」


落ち込んでいると、村の人が放った弓矢が頬をかすめた。


「ちぃ! もう少しで殺せたのに!!」


「うわああ! ここまで追ってきた!?」


「逃げたぞ! 万獣の奏者を追えーー!!」


魔物に指示を出せばこんなザコい村人を肉塊にすることもできる。

でも自分は人殺しのために催眠を始めたわけじゃない。


でも、もし自分が死んだらどうなるのか。

催眠はかかったままになるのか、それとも解除されるのか。


いずれにせよ主を失った魔物は報復で人間を襲うかもしれない。

守りたかった人間の命は、自分の死により失われるかも。


「もう……こうするしかない……」


村人から離れた崖まで逃げると覚悟を決めた。

これまで使役してきたすべてのモンスターへ自決を指示した。


「グギャアアーーー!」

「ギャオオーーン!!」


響く断末魔に言葉も出ない。

結果として魔物がゼロになれば自分が追われることもないだろう。


「いたぞ!! 奏者だ!!」


目を血走らせた村人たちがやっと追いつく。


「待ってくれ! もう魔物はいない!! 俺は何もできない!!」


「貴様、魔物をどこに隠した!?」


「全員殺した。だからもう私にどうこうできる力はない」


「たしかに……」


「今はただの服を着ていないだけの無力なおじさんだ!!」


魔物も服も人望も失ってしまった。

それでもまだ人里で暮らしたいという思いはある。


「お願いだ。もう何もできないんだから、追わないでくれ!」


「そうだな……。魔物がいないんじゃ……」


武器を下げ始めた村人だったが、村長だけが意義を唱えた。


「騙されちゃいかん! こいつの能力を忘れたか!

 魔物を好きなように操作できるんだぞ!!」


「えっ……」


「今は魔物がいなくともいつかまた魔物を従えて

 この復讐をしにくるかもしれん!!」


「そんなことしない!!」


「信じられん!! 貴様がその能力があることに変わりはないだろう!」


「じゃあこのスマホも捨てます!」


催眠アプリを入れたスマホを崖から海に投げ捨てた。

しかし催眠アプリという概念すら知らない村人には効果がなかった。

催眠能力そのものはスマホではなく、人間が所持していると思っていた。


「なんか知らん四角いものを捨てたが、

 貴様が魔物を扱える可能性はかわらん!」


「いやもうそれできないんだって!!」


「ここで殺さないと、いつか復讐される!! 殺せーー!!」


村人たちは弓矢をかまえての一斉掃射。

もはや逃げる場所は崖下にしかない。


「いやだ!! 死にたくない!! 誰か助けてーー!!」


言いながら崖下へと身を投げた。

迫る水面と、尖った岩の数々。


もはや無事に生還できる見込みなどなかった。

人生の走馬灯の上映が始まったとき。



『その命令受け取った』



どこからか声が聴こえた。


落ちたはずの体は急にせりあがった波によりキャッチ。

波は体をそっと崖の上に戻してくれた。


「いったい何が……」


自分も追ってきた村の人達も目を点にしていた。

海が動き、森がざわめき、風が自分の思うままに動く。

大地の地響きが人の声を模したように唸りを上げる。



『私はガイア。この星です。マスター何でも命令してください』



その言葉で投げ捨てたスマホによる影響を悟った。



「もしかして……星を催眠しちゃった……?」



気づいたときには、もう自分が死ぬわけにいかなくなった。

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