探索者育成高校の落ちこぼれには夢がある~雑魚スキルでもヒーローになれますか?~
一色珊瑚
プロローグ
第1話 千鶴悠麻という男
「説明しよう」
深い茶髪の高校生がフッと微笑みながら、背後の女生徒たちに話しかける。
ある日世界が変わってしまった。ダンジョン、迷宮、異界。様々な呼ばれ方をするこの現象が現実世界へとやって来た。それから人々はその中を探索した。人類はそこで進化を遂げた。
特殊能力【スキル】の目覚めだ。いつ頃目覚めるかも、何のきっかけかも分からないが、身に着けたスキルでこの現象に立ち向かい、初めての攻略は5年かかったと言われ、世界は大いに盛り上がった。
特殊な能力を身に着けた人は、国に飼い殺されたり、奴隷のように束縛されるなんてことはなかった。なぜなら意外にも多くの人が身に着けることが出来ると知ったからだ。
数は力だ。力のあるものを利用しようとすれば自分も使われることになるかもしれないという考えは、国の上層部を道徳的にさせた。
というのが僕の生まれる前の話だ。
「現代において能力者は権利によってその尊厳を守られている。だから、この拷問は現代的じゃないって思うんだ」
僕は今、両手両足を岩で厳重に拘束され、四階の教室の窓から落とされそうになっている。
「何を言っているの? 拷問じゃないわ、アトラクションよ。知らない? バンジージャンプって言うんだけど」
「知ってるよ! けど、僕の知ってるバンジージャンプと違うんだよ!」
「? どこが違うっていうのよ」
「僕の身体を縛っている命綱が一巻きで解けやすい結び方なのは?」
「安心しなさい。そのロープは高木ちゃんの能力で生み出したものだからバンジー程度では千切れないわ」
解けやすさについての答えが返ってきません。
「『これが終われば次は私よ』と言わんばかりに後ろに控えている方々は?」
「良かったわね。モテモテよ」
そんな威圧感と武力行使でモテたくない。
「あんた、ヒーローになりたいんだって? 昔してたヒーロー活動も、別の下心があったんじゃないの?」
「それは違うよ! って、どうしてそのことを知っているんだ!?」
「愛莉ちゃんに教えてもらったのよ、あんた同じ中学だったそうじゃない?」
確かにそんな黒歴史もあったけれど、愛莉ちゃん。‥‥‥藤波さんはそういう事をぺらぺら喋るような人じゃないと記憶しているが。
そんな馬鹿なと首だけで後ろを振り返ると、僕を囲う女子生徒の後ろの方でペコぺコと、何度も頭を下げて、桃色の髪を揺らしている藤波さんが見えた。
OH‥‥‥喋っちゃったんだね。
「まぁ、落とされたくなければ、さっさと喋ることね。千鶴悠麻! あなたが盗撮の実行犯でしょ、共謀した者の名前を言いなさい!」
「それでも僕はやってない! 偶然見えただけだ!」
「分かったわ。‥‥‥じゃあ、地面に叩きつけられなさい!!」
もう言っちゃってるじゃん。叩きつけられなさいって。
窓の外に放り投げられ、案の定ロープがピンと張った瞬間に解けた。僕は背中から落ちながら叫んだ。
「いやああああああああああああああああああ!! へ、【変ッ身!!】 スワロー!!」
“フライフライフライ♪ スカイ、インマイハンド”
落ちてく最中、決めポーズをとる。するとどこからともなく音声と効果音が流れ、悠麻の身体を纏うように機械で出来た翼の付いたライダースーツと鳥を模したフルフェイスの面が虚空から現れて鳥のように飛び回り纏わりついていく。
日曜朝のヒーローのような姿になり、受け身をとるために身体をひるが――。バンッ! と受け身も取れずに地面にそのまま体をぶつける。
「カハッ――」
落下の衝撃をそのまま直で喰らい、薄れゆく意識の中でこう思った。
拝啓、僕をこの学校に送り出した両親へ。
戦闘力も、役に立つこともない僕のスキル以前に、皆の誤解を解かなければ、僕が憧れたヒーローへはなれなさそうです。
盗撮犯扱いされた息子より。
敬具
僕は子供の頃に憧れたヒーローがいた。国を守れるようなスーパーマンじゃない、ダンジョンの攻略を終え凱旋したSランク探索者でもない。
それは見知らぬ人だった。
河川敷で遊んでいる最中、虫探しに夢中になっていた僕は生い茂った背高草で隠れた陸と川の境目を認識できずに、盛大に川の中へ身を落とした。
不幸なことにその川は急激に深くなっており、流れも速い。そのうえ当時はまだ幼く筋力もないため、溺れそうになりながら必死で助けを求めた。しかし、視界の端に映るのは今にも泣きだしそうな同い年の子供だけ。子供ながらに死という言葉が頭によぎる。
「た、助け、助けて! うわっ、ぷは」
それでも、いやだからこそ必死に助けを求め続けた。水の染み込んだ服は僕を川底へと引きずり込んでいく。
もうだめかと思ったとき、僕のヒーローは現れた。咄嗟に川へ飛び込んだのか服もそのまま、僕を水面上に押し上げて、陸まで連れて行ってくれた。
生きているということにただただ泣いていると、僕を抱きしめて温めながら慰めてくれた。
どこか便りのない細い線、困ったように微笑んだ顔、しかしその目は活力に溢れている。
どんなに強いスキルでもない。どんなに賢く逞しい人間でもない。ただ、勇気のあるその人に僕は憧れた。
それからというもの、町で、学校で困っている人を見つけたら人助けをして来た。その人に近づくために。
“ヒーロー見参!! 僕が来たからもう大丈夫!”
それは中学生になるまで続いた。そう、中学2年生の夏の日、廊下を歩いていると女子の会話が聞こえてきた。
「千鶴君ねぇ…‥‥。まぁモテないよね、だってヒーローごっこをこの歳までやってるんだよ?」
「正直、イタいよね」
「うん、あれはちょっと無いよね」
キャハハハという笑い声が、頭の中で響いて反芻する。思春期にはダメージがデカすぎた。
ショックを受けた僕はその日の夜、涙と共に眠りにつき、そしてヒーロー活動に終止符を打った。
ヒーロー活動は辞めて、ただの親切な人になった。カッコいいキメポーズも、吠えるような前口上もやめて、ただの人助けを。そんなことを続けていたある日、スキルに目覚めた。【変ッ身!!】だ。
奇しくも、その能力はテレビのライダーヒーローのように変身できるのだ。
実は滅茶苦茶嬉しかった。神様というのがいるのなら、家に招待して、紅茶と茶菓子でもてなして、肩を揉みつつ、好きな映画を見てもらうつもりだ。
進路相談では「ヒーローになります」と言ったら、この頃流行りの探索者育成学校をおすすめされた。僕は探索者になりたいんじゃなくて、ヒーローになりたいんだ。
何か話が食い違っているかもと思い、母親にそのことを話すと「はぁ」と溜息を吐いてから「探索者育成学校以外は入学を認めません」と言われてしまった。
僕は家から一番近い学校に進学して、空いた時間にヒーロー活動を再開しようとしていたのに。スキルで正体を隠せば、モテながらヒーロー活動ができると思ったんだ。
とはいえ、探索者育成学校に入学するのも悪いことじゃない。
学校のカリキュラムとしてダンジョンに潜ることが出来るので、何も知らずに素人で潜るのとは違い、安全にレベルアップを図れる。つまり、ヒーローに必要な身体能力を上げられるんだ。
というか、レベルアップは絶対したい。何を隠そう俺のスキル【変ッ身!!】は自分の身に纏う姿を変えるだけの能力で、身体能力の上昇や、特別な異能などは全くない、所謂雑魚スキルだ。
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新作出来ました。
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