魔国創世~ニートが始めるダンジョン開拓~

こふる/すずきこふる

第1話 転生勧誘



 拝啓、締め切り間近で救援物資を待っている姉ちゃん。

 頼まれたエナドリを届けられなくてごめん。

 オレは今、学生の飛び込み自殺に巻き込まれて、空の上にいます。



「どうしてこうなった……」


 オレ、近衛このえ 秀人しゅうとは足元を見下ろすと、死亡現場である踏み切りに人が集まっていた。


 通勤時間で起きた飛び込み事故だ。今頃多くの人が阿鼻叫喚の声を上げているだろう。実際に乗客が駅員に文句を言っている姿が垣間見える。


 飛び込み自殺って、企業が損害賠償を遺族に請求することがあるんだっけ? 今回はどうなるんだ?

 あ~、これはあることないこと吹っ掛けられて請求がうちに来たりして。


「どうしても何も、なんでお節介なことをしたのよ?」


 どこか艶のある声でそう言ったのは、オレの隣にいる美女。


 淡い青色が帯びた銀髪に、若葉色の瞳は垂れ下がっていて眠そうに見える。透明感のある白い肌に薄桃色の頬と小さな唇が彼女の愛らしさを引き立てている。しかし、その愛らしい顔立ちとは裏腹にグラビアモデルも真っ青になるほどのグラマラスな体形をしていた。


 死神にしては、やけに西洋風だな。頭上に浮かぶティアラを模した光輪もさることながら、衣装も漫画やゲームキャラクターのようにどこかの民族衣装チックだ。おまけに姉の数倍はある胸を見せびらかすように開いているのがまた何とも言えない。目のやり場に困るからそのデカブツをしまって欲しい。


「お節介で悪かったな。朝から目覚めの悪いモンを見たくなかったんだよ」

「そのお節介の結果が逆上されて突き飛ばされるなんて、ついてないわね~」

「ぐっ……」


 そうなのだ。踏切に立ち入った学生を引き摺り出そうとしたら「お前にオレの何が分かるんだよ!」と逆上されたのである。


 結果が下界で起きている人身事故だ。


 ちなみに、自暴自棄になっていたその学生は、茫然自失といった様子で警察が来た今も立ち尽くしている。

 彼がなぜ自殺を図ったかは知らないが、自分が彼の人生にさらなる傷を増やしたことには間違いない。


 まあ、後悔してねぇけど。


「あなた、自分が死んだって言うのにずいぶんと冷静ね。未練とかないの?」


 訝し気にオレをじろじろ見てくるこの女性が何者なのかは分からないが、オレは素直に答える。


「別に。二浪して受験諦めて、今は引きこもってゲーム三昧だったからなぁ……」


 受験に失敗した大学が親のエゴで決められたものだったので、今年はそれを無視して別の大学を受験するつもりだった。


 模試では優に合格判定に達していたので、ほどほどに勉強しつつ、暇つぶしに始めたゲームに夢中になっていた。


 親からゲーム禁止されていたからその反動もあったんだろうな。


 アパートに置いてある別大学の赤本とPCのHDDを見た親が舌打ちしている姿が目に浮かぶ。


「あ~、でも。姉ちゃんにエナドリを届けられなかったのが唯一の無念かも。姉ちゃん、締め切りのデスマーチ中だから」


 姉の優利ゆうりは医学部を卒業後、なぜかエロ漫画家になり、親から勘当されている。


 そんな姉から明け方に『締め切りで家から一歩も出られないの! 食料を! ブースト剤を!』と連絡がきていた。

 身内である以上に、色んなところで助けてもらっている身として動かないわけにはいかなかったのである。


 まあ、結局届けられなかったわけだが……不出来な弟でごめんな、姉ちゃん。


 そんなオレの唯一と言っても過言ではない未練を口にすると、なぜか彼女は奇妙なものを見る目を向けてきた。


 まるで理解できないものを見聞きしたような表情である。


「……持ち物は回収されて遺族に返されるかもしれませんよ」

「だといいな。んで、あなたはどちら様で? その風体じゃ死神じゃねぇだろ?」


 オレがそう言うと、彼女はハッと我に返り、その背には後光が差し始めた。


「わたくしは異世界の神、ティアルーズ」


 急にキャラを作り出したぞ、この御仁。


「わたくしは大地の女神なのですが、大事な子ども達が人間から侵略を受けております」

「大地の女神なら、人間も子どもじゃないのか?」

「ええ。人間達の創造主は別の神々なので。わたくしの子どもは、人間を除く大地の生き物、魔物や動植物ですの」


 魔物。これはずいぶんファンタジーな話だな。


「子ども達だけでは人間に立ち向かうことができず、あの子達の指導者となる者を探していました。近衛 秀人さん、あなたはシミュレーションゲームで多くの人間を、生き物を導いてきましたね。その能力を買ってあなたにお願いが……」

「大変嬉しいお話ではございますが、ご遠慮させていただきます」

「はい⁉」


 おそらく、その指導者になれとかそういうのだろう。


 たしかに、自分はシミュレーションゲームが好きだ。アクション、RPG、ノベライズゲームなど様々なジャンルに手を出したが、一番ドはまりしたものである。


 人間や生き物を導いたといっても、所詮はゲーム。


 人生二十年ほど生きてきて、親からゲーム、SNSを禁止され、主なコミュニケーション相手は姉。そんな自分が誰かを導くなんて無理がある。


「社会経験もないオレには無理だ」

「だ、大丈夫です! こちらの世界に転生すれば社会経験なんて必要ないほど強い能力を私が与えて……」

「魔物を導くなら大事なのはコミュニケーション能力と判断能力だろ? 洗脳能力でも与える気か?」

「うっ……!」

「つか、人間だって同じ人種で殺し合いしてるんだぞ? 異種族どころか、オレは住む世界すら違うんだからな?」

「ぐぬっ!」


 図星を付かれたのか、呻くような声を出す彼女にオレは追い打ちをかけた。


「それにゲームのプレイヤースキルだけで選ぶ指導者ってなんだよ? こちとら学級委員どころかグループ学習で班長にすらなったことねぇってーの」

「ぐぬぬぬっ……!」


 愛らしい顔が苦悶の表情に代わり、口がへの字に曲がっている。

 これはもう一息かもしれない。


「それにな、そんな重たい人生を背負うなら、姉の子どもに生まれ変わって人生やり直したいわ!」


 なお、姉ちゃんが結婚する気があるかどうかは知らん。


 とうとう彼女は沈黙した。俯いて動く様子がないので、これで諦めてくれるはずだ。


 早くこの世界の死神が迎えに来てくれねぇかな。これ以上異世界転生の勧誘はご遠慮いただきたい。



「こっ、このシスコンが……っ!」



 罵倒と共に顔を上げた彼女は、悔しさに顔を真っ赤にし、目には涙が浮かんでいる。

 美人の涙に少し罪悪感を覚えるが、オレは屈しない。


「この私を口で言い負かすなんてぇええええええっ!」

「威厳を保ちだければ、もっと口先と頭を鍛えてくるんだな。はっはっはっはっはっ!」

「うるさい! うるさい! うるさい!」


 子どもの癇癪のように叫ぶ姿を鼻で笑っていると、オレは彼女の異変に気付く。

 後光が消え失せ、彼女の周囲に黒い霧が立ち込めた。そして、肉を手で裂くような、粘り気のある生々しい音が聞こえてくる。


「おのれ……おのれおのれおのれおのれぇ! 異世界の人間ごときがわたくしを愚弄しおって……!」


 彼女の頭上に浮かぶ光輪が黒く染まり、音を立てて崩壊する。

 その瞬間、彼女の腹が大きく裂け、巨大な目と無数の触手が顕現した。

 ぎょろりしたと目玉が綺麗にオレの姿を映し出す。


「つべこべ言わず、お前はわたくしの子になるんだよっ!」

「は? え? ぎゃぁああああああああああああああああああああああああっ⁉」


 ばくんっ!という音と共にオレの意識はぷつんと途切れた。


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