第8話「想いの交錯」
第1話「変化する関係」
朝もやの立ち込める神社の境内に、かすかな風鈴の音が響いていた。千代は神社の掃除を終え、境内の様子を見渡した。普段と変わらない景色なのに、すべてが違って見える。それは危機を乗り越えた後の、確かな変化だった。
「千代様、今朝は早いですね」
背後から月詠の声が聞こえ、千代は振り返る。銀色の毛並みが朝日に輝く狐の姿に、千代は小さく微笑んだ。
「ええ、少し考え事があって」
「陽様のことでしょうか」
月詠の的確な言葉に、千代は思わず手を止めた。危機を乗り越えた後、陽との距離感が微妙に変化していることに気づいていた。それは良い変化なのか、それとも...。
「私には、わからないの」
千代の言葉に、月詠は静かに耳を傾けた。
「一緒にいると、胸がきゅっとして。でも、それが占いの結果なのか、本当の気持ちなのか...」
「主様」
月詠は千代の傍らに寄り添い、やわらかな声で語りかけた。
「占いは未来を映す鏡。でも、その未来を選ぶのは主様自身です」
千代は月詠の言葉に、ふと顔を上げた。そこには朝日に照らされた境内と、いつもの景色が広がっていた。
「おはよう、千代ちゃん!」
明るい声が境内に響き、千代は思わず胸が高鳴るのを感じた。陽が朝練を終えた制服姿で駆け寄ってくる。汗で少し濡れた前髪が風になびき、その姿に千代は目が離せなくなる。
「今日も早いのね」
「うん!千代ちゃんに会いたくて、早く来ちゃった」
率直な言葉に、千代は頬が熱くなるのを感じた。以前なら何とも思わなかった言葉が、今は特別な意味を持って心に響く。
「陽、そんな...」
「あ、千代ちゃんが赤くなってる!」
陽が屈んで千代の顔を覗き込む。その距離の近さに、千代は思わず後ずさりした。
「ち、近いわ...」
「えへへ、千代ちゃんって、こんな表情もするんだね」
陽の無邪気な笑顔に、千代は心臓が飛び出しそうになる。月詠はそんな二人の様子を見守りながら、小さくため息をついた。
「主様、そろそろ学校の時間では?」
月詠の言葉に、千代は我に返る。
「あ、そうね。行きましょう、陽」
「うん!」
陽は嬉しそうに千代の腕に手を回した。その自然な仕草に、千代は戸惑いながらも心地よさを感じていた。
境内を去る二人を見送りながら、月詠は静かに微笑んだ。主の心が、少しずつ、でも確実に変化していることを感じ取っていた。
「恋をすることは、きっと主様の新しい力になる」
月詠の言葉が、朝もやの中に溶けていった。二人の関係は、ゆっくりと、でも確実に変化を続けていた。その変化が、これからどんな物語を紡いでいくのか。それは誰にもまだわからない。
ただ、確かなことが一つだけあった。二人の心の距離が、少しずつ近づいているということ。それは、どんな占いよりも確かな真実だった。
第2話「月詠の憂鬱」
夕暮れの神社に、淡い月の光が差し始めていた。月詠は本殿の屋根に腰を下ろし、遠くを見つめている。銀色の毛並みが夕日に照らされ、幻想的な輝きを放っていた。
「月詠様、お悩みのご様子ですね」
声の主は、境内に住む古い狐の長老だった。月詠は軽く会釈をしながら、隣にスペースを作る。
「主様のことで、少し考え事がありまして」
「ああ、千代様と陽様のことですか」
長老の言葉に、月詠は小さくため息をついた。
「主様の心が揺れているのを感じます。でも、それが式神である私には...」
言葉を途切れさせる月詠の瞳に、複雑な感情が浮かんでいた。式神として主を守護する立場でありながら、千代の心の揺れに寄り添えない歯がゆさがあった。
「人の恋は難しいものです。ましてや、主と式神という関係において」
長老の言葉に、月詠は静かに耳を傾ける。
「でも、それこそが月詠様の役目ではないでしょうか。揺れる心に寄り添い、時に導き、時に見守る。それが式神の真の姿なのです」
「しかし、主様の心は私には...」
その時、境内に明るい声が響いた。
「千代ちゃん、占いの練習、付き合ってくれる?」
「も、もう暗くなってきているわ」
「だから今がいいの!月の力が強くなる時間でしょ?」
陽の言葉に、千代が困ったように微笑む。月詠はその様子を見つめながら、不思議な感情を抱いていた。
主である千代の幸せを願う気持ち。しかし同時に、その幸せへの道のりで、自分は何ができるのか。式神としての使命と、千代への深い愛情が、月詠の心の中で交錯する。
「月詠様、あなたの気持ちは千代様にも伝わっているはずです」
長老の言葉に、月詠は静かに頷いた。
「私にできることは...」
「ただ、そばにいること。それが最も大切な守護なのです」
月が徐々に空高く昇り始め、境内を銀色に染めていく。月詠は立ち上がり、本殿から飛び降りた。
「千代様、陽様。夜の占いは私も付き添わせていただきます」
「あ、月詠!ありがとう!」
千代の嬉しそうな笑顔に、月詠は心が温かくなるのを感じた。たとえ主の恋路に直接は関われなくとも、このように見守り、支えることはできる。
「主様の幸せのために」
月詠の小さな誓いは、夜風に乗って境内に広がっていった。式神として、そして千代の大切な存在として、月詠は自分の役割を静かに受け入れていた。
空には満月が輝き、三人の影を境内に映し出している。その光景は、まるで昔から変わらない日常のようでいて、確かに新しい物語の始まりを感じさせていた。
第3話「意識せざるを得ない」
教室に差し込む午後の日差しが、ゆっくりと机の上を這っていく。千代は何気なく窓の外を見つめながら、陽の後ろ姿に目が留まった。
「あれ?千代ちゃん、どうかした?」
不意に振り返った陽と目が合い、千代は慌てて視線を逸らした。
「べ、別に...」
「もう、隠し事?」
陽が千代の机に近づき、からかうように顔を覗き込む。その仕草に、千代は心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「陽、そんなに近くに...」
「だって、千代ちゃんが気になるんだもん」
何気ない一言が、これまでと違う響きを持って千代の胸に届く。教室の空気が、急に濃密に感じられた。
「ねぇ、今日も占いの練習する?」
「え?あ、ええ...」
「やった!今日は私が実験台ね!」
陽が嬉しそうに言い、千代の手を取る。その温もりに、千代は思わずどきりとした。
「で、でも、今日は座敷童子たちが...」
「大丈夫!もう話してきたの。みんな協力してくれるって」
陽の言葉に、千代は思わず目を丸くする。いつの間にそこまで準備を...。
「千代ちゃんって、意外と気づいてないよね」
「え?何に?」
「私が、ずっと千代ちゃんのこと...」
その時、教室のドアが開く音が響いた。
「あら、お二人とも。まだ残っていたのですか」
月詠が人の姿で現れ、意味ありげな笑みを浮かべている。
「月詠!どうしてここに?」
「主様の気配を感じましたので。それに...」
月詠は言葉を濁し、陽と千代を交互に見つめた。
「何か言いかけていた言葉があったようですが」
「あ、それは...」
陽が頬を赤らめ、千代は不思議な緊張感を覚える。月詠はそんな二人を見つめながら、小さくため息をついた。
「主様、そろそろ神社の時間では?」
「あ、そうね」
立ち上がろうとする千代の手を、陽が軽く握る。
「待って。さっきの続き...今度ゆっくり話したいな」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、千代は言葉を失う。頷くことしかできない自分に、もどかしさを感じた。
「約束だよ?」
「え、ええ...」
教室を出る三人の後ろ姿に、夕陽が長い影を落としていた。月詠は二人の間に漂う甘い空気を感じながら、静かに微笑む。
「主様も、少しずつ気づき始めているようですね」
誰に言うでもない呟きが、空虚な教室に響いた。変わりゆく関係に戸惑いながらも、確実に近づいていく二人の心。それは、どんな占いよりも確かな予兆だった。
第4話「座敷童子の観察」
陽の家の縁側で、三姉妹の座敷童子たちが頭を寄せ合っていた。夕暮れの柔らかな光が、彼女たちの姿を優しく照らしている。
「ねぇねぇ、最近の二人、変わってきてない?」
長女が茶菓子をつまみながら、意味ありげな笑みを浮かべる。
「もう!気づかないフリはやめてよ、お姉ちゃん」
次女が軽くため息をつき、庭先を見つめた。
「私たちが見守ってきた恋が、やっと実を結びそうなんだよ!」
三女が嬉しそうに飛び跳ねる。その時、庭に千代と陽の姿が見えた。
「あ、噂をすれば...」
三姉妹は息を潜め、二人の様子を観察し始める。
「陽ちゃん、今日も千代様を家まで送ってきたのね」
「うん、最近はいつも一緒に帰るの」
千代が少し頬を赤らめる。座敷童子たちは思わずにやりと笑う。
「ねぇ、千代ちゃん。さっきの占いの結果、本当はどうだったの?」
陽の質問に、千代は立ち止まる。手にした占いの札を見つめながら、言葉を選ぶように話し始めた。
「その...とても良い結果だったわ。でも...」
「でも?」
「占いの結果じゃなくて、私自身の気持ちを、ちゃんと確かめたいの」
千代の言葉に、陽は優しく微笑んだ。
「千代ちゃんらしいね。でも、それでいいの。私は待ってるから」
「陽...」
「きゃー!」
思わず三女が声を上げ、姉たちに慌てて口を押さえられる。
「もう、静かにしていられないよぉ!」
「しーっ!せっかくいい雰囲気なのに」
長女が諭すように言うが、自身も目を輝かせている。
その時、月詠が静かに近づいてきた。
「座敷童子の皆様、また覗き見ですか」
「あ、月詠様!」
「主様たちの様子は、いかがですか?」
長女は意味ありげな笑みを浮かべる。
「ふふ、まるで百年前の物語を見ているようです」
「ええ、でも今度は違う結末になりそうですね」
月詠の言葉に、三姉妹は頷く。
「私たち、応援するんだから!」
三女の元気な声に、月詠は静かに微笑んだ。
「ですが、あまり介入しすぎないように。二人の気持ちは、自然に育つべきですから」
「はーい」
三姉妹が声を揃えて答えるも、その目は期待に輝いていた。
夕暮れの空が徐々に色を濃くしていく中、千代と陽は庭を歩いていた。二人の周りには、見守る者たちの優しい眼差しが注がれている。
「ねぇ、お姉ちゃん。私たち、幸せな時代の証人になれそうね」
次女の言葉に、長女は静かに頷いた。
「そうね。今度こそ、きっと」
座敷童子たちの祈りのような言葉が、夕暮れの空に溶けていった。百年の時を経て、新たな物語が紡がれようとしていた。
第5話「揺れる想い」
神社の奥にある占いの間で、千代は一人、占いの札を広げていた。夜更けの静寂の中、月明かりだけが部屋を照らしている。
「また同じ結果...」
札が示す答えは、いつもと変わらない。しかし、それを受け入れることができない自分がいた。
「主様、まだ起きていたのですか」
月詠の声に、千代は振り返る。
「月詠...私、おかしいのかもしれない」
「どうしてそう思われるのです?」
「占いの結果は、いつも正確だった。でも今は...その結果を、自分の中で受け入れられないの」
月詠は静かに千代の傍らに座り、占いの札を見つめた。
「陽様のことですね」
千代は小さく頷く。机の上には、二人の相性を占った札が並んでいる。全ては最高の縁を示していた。
「私の占いは、いつも真実を映し出す。なのに、今の私には...それが怖いの」
「占いの結果を恐れるのは、初めてではないですか」
月詠の言葉に、千代は複雑な表情を浮かべた。
「陽のことを考えると、胸が締め付けられるような...でも、それは占いの結果だから?それとも私自身の...」
言葉が途切れる。月詠は主の混乱を感じ取りながら、静かに語りかけた。
「主様、覚えていらっしゃいますか?初めて占いを学んだ時のことを」
「ええ...」
「占いは未来を映す鏡である、と。でも、その鏡に映るのは可能性であって、絶対の運命ではない」
千代は月詠の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。
「私は...自分の気持ちが怖いの。占いの結果のせいにして、本当の想いから逃げているのかもしれない」
「それに気づけたことが、主様の成長なのです」
その時、廊下に足音が聞こえた。
「千代ちゃん、まだ起きてる?」
陽の声に、千代は思わず立ち上がる。
「こんな時間に...どうして?」
「なんとなく、千代ちゃんがここにいる気がして」
戸を開けた陽の姿に、月明かりが優しく差し込む。
「占いの練習?」
「ええ、でも...今日は違うの」
千代は机の上の札を集め始めた。
「今日は、占いじゃなくて...私の気持ちと向き合いたいの」
「千代ちゃん...」
陽が近づいてきて、そっと千代の手に触れる。
「私も、千代ちゃんの本当の気持ちが知りたい」
月詠は静かに立ち上がり、部屋を後にした。主の新しい一歩を、そっと見守ることにしたのだ。
月明かりの中、二人の影が重なる。占いの札は机の上で静かに光を放っている。それは未来の可能性を示すものであって、決して強制される運命ではない。千代は初めて、そのことを心から理解した気がした。
第6話「見守る式神」
満月の夜、神社の境内に集まった式神たちは、静かに月詠の話に耳を傾けていた。銀色の毛並みが月光に輝く中、月詠は主への想いを語り始める。
「主様が、大きく変わろうとしています」
集まった式神たちの間で、小さなざわめきが起こる。
「千代様と陽様の関係が変わることで、私たち式神の在り方も変わるかもしれません」
古い狐の長老が前に進み出る。
「月詠よ、それを懸念しているのですか?」
「いいえ、違います」
月詠は静かに首を振った。
「むしろ、私はこの変化を...心から喜んでいるのです」
その言葉に、式神たちは驚きの表情を浮かべる。
「主様は常に、自分の才能に不安を抱いていました。完璧な占いの力を持ちながら、自分の心に正直になることができなかった」
月詠は夜空を見上げ、続ける。
「でも今、陽様との出会いによって、主様は少しずつ変わっています。占いの結果に頼るのではなく、自分の気持ちと向き合おうとしている」
長老は穏やかに頷く。
「それは、私たち式神にとっても喜ばしいことではないですか」
「ええ。だからこそ、私たちにできることがあるはず」
その時、境内に人の気配が感じられた。千代と陽が夜の参拝に訪れたのだ。
「ねぇ、千代ちゃん。私のこと、どう思ってる?」
「え?そ、それは...」
月詠は二人の会話に耳を傾けながら、静かに微笑む。
「主様、もう逃げなくていいのですよ」
囁くような月詠の言葉が、夜風に乗って運ばれる。
千代はふと足を止め、空を見上げた。
「陽...私、言いたいことがあるの」
「うん、聞くよ」
「占いの結果じゃなくて、私の気持ちを...伝えたい」
その瞬間、境内に集まった式神たちは、かすかな光を放ち始めた。それは主の決意を祝福するかのような、温かな光だった。
「私たちに必要なのは、見守ることなのですね」
長老の言葉に、月詠は深く頷く。
「はい。主様の新しい一歩を、そっと後押しすることが、私たち式神の役目」
境内には、千代と陽の気配が残されている。月詠は主の成長を感じながら、静かな誇りを胸に抱いていた。
「主様が本当の想いに気づくまで、私たちは待ち続けました。今、その想いが花開こうとしています」
式神たちは月明かりの中で、新たな誓いを立てる。それは主への変わらぬ忠誠と、新しい未来への期待が込められていた。
「これからも、ずっと見守り続けましょう」
月詠の言葉が、夜空に響く。満月の光は、まるで式神たちの誓いを祝福するかのように、より一層輝きを増していた。
第7話「陽の想い」
夕暮れの神社で、陽は一人、境内の掃除を手伝っていた。千代が用事で席を外している間、静かに箒を動かす。
「陽様、今日は一人なのですね」
振り返ると、人の姿をした月詠が立っていた。
「あ、月詠。千代ちゃんのこと、探してる?」
「いいえ。今日は陽様とお話がしたくて」
その言葉に、陽は箒を止める。月詠の真剣な眼差しに、何か重要な話があることを感じ取った。
「私には見えるんです。陽様の中の特別な力が、主様に向かって伸びていく様子が」
「え...」
陽は思わず息を呑む。自分の持つ力のことを、ここまで見抜かれているとは。
「私ね、子供の頃から妖怪さんたちが見えて。でも、それ以上に...人の心が見えることがあったの」
ゆっくりと語り始める陽に、月詠は静かに耳を傾ける。
「千代ちゃんのことも、いつも見えてた。強がってるけど不安で、優しいけど孤独で...でも、それを言葉にできなかった」
「どうしてですか?」
「だって...私の力で見えたことを伝えるのは、千代ちゃんの気持ちを勝手に覗き見るようで。それに...」
陽は空を見上げ、続ける。
「私の気持ちも、この力のせいなのかもしれないって。そう思うと、怖くて」
月詠は陽の傍らに立ち、優しく語りかける。
「陽様の想いは、決して力だけが生み出したものではありません」
「え?」
「主様のことを想う気持ち、守りたいという願い。それは陽様の心が紡ぎ出した、本物の想いです」
その言葉に、陽の目に涙が浮かぶ。
「本当に...そう思う?」
「はい。それは私にも、はっきりと見えています」
陽は胸に手を当て、自分の鼓動を感じる。
「私ね、千代ちゃんのこと、ずっと好きだった。占いの結果とか、特別な力とか、そういうのを超えて」
「それこそが、真実の想いですね」
その時、境内に風が吹き抜ける。夕陽に照らされた木々が、優しく揺れていた。
「月詠、ありがとう。私、決めたよ」
「何をですか?」
「千代ちゃんに、私の気持ちを伝えること。この力のことも、全部」
月詠は静かに微笑んだ。
「その決意こそ、陽様らしいですね」
二人の会話を、どこかで座敷童子たちが見守っている気配がした。夕暮れの神社には、新しい決意と共に、希望に満ちた空気が漂っていた。
第8話「交差する気持ち」
放課後の教室に、夕陽が優しく差し込んでいた。掃除当番を終えた千代と陽は、誰もいない空間で向かい合っている。
「千代ちゃん、今日は占いの練習はしないの?」
「ううん、今日は...ちょっと違うの」
千代は机に置いた占いの札から、そっと手を離す。
「陽、私ね...言いたいことがあるの」
「私も」
二人の声が重なり、思わず目が合う。そして、小さな笑みがこぼれた。
「じゃあ、私から...」
千代が切り出そうとした時、廊下から物音が聞こえた。振り返ると、座敷童子たちが慌てて隠れる姿が見えた。
「もう...みんな見てるのね」
陽が苦笑する。その仕草に、千代は心が温かくなるのを感じた。
「私ね、陽のことを...」
「待って、千代ちゃん」
陽が千代の言葉を遮り、真っ直ぐな眼差しで見つめる。
「その前に、私から話させて。私には、特別な力があるの」
「え?」
「人の心が見える力。でも、それは呪いみたいなものだった。だって、相手の本当の気持ちを知ってしまうから」
陽の告白に、千代は息を呑む。
「でも、千代ちゃんは違った。いくら力を使っても、完全には見えない。それは多分...千代ちゃんの占いの力が、私の力と同じくらい強いから」
夕陽が二人の影を長く伸ばしていく。
「だから私、決めたの。力に頼らず、自分の言葉で伝えることを」
陽が一歩前に進み、千代の手を取る。
「千代ちゃん、私...」
その時、廊下から再び物音が。今度は月詠の声が聞こえた。
「座敷童子の皆様、もう少し静かに」
「でも月詠様、気になるんですよぉ!」
思わず吹き出す二人。緊張が溶けていく。
「私たち、いつも誰かに見守られてるのね」
千代の言葉に、陽は頷く。
「うん。でも、それも私たちの大切な日常だよね」
二人は窓の外を見る。境内では、月詠が座敷童子たちを諭している姿が見えた。
「ねぇ、千代ちゃん」
「なに?」
「今度は、誰にも邪魔されない場所で...ちゃんと話そう」
陽の言葉に、千代は静かに頷いた。夕陽は二人の姿を優しく包み、新しい約束の証人となっていた。
第9話「明かされない想い」
神社の裏手にある小さな森。夕暮れ時、千代は一人で古い木の根元に腰かけていた。
「ここなら、誰にも邪魔されないかな...」
明日、陽と話をする約束をしたことを思い出す。その想いを巡らせているうちに、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
「主様、一人でいるのですか?」
月詠の声に、千代は顔を上げた。
「月詠...私、明日陽に話すの」
「はい、存じております」
「でも、どんな言葉で伝えればいいのかわからなくて」
月詠は千代の傍らに座り、静かに語りかける。
「占いの結果ではなく、主様の言葉で」
「それが、怖いの」
千代は膝を抱え、空を見上げる。
「占いなら間違えることはない。でも、私の言葉は...」
その時、森の向こうから声が聞こえてきた。
「千代ちゃんの言葉なら、きっと届くよ」
振り返ると、そこには陽が立っていた。
「陽!?どうして...」
「なんとなく、千代ちゃんがここにいる気がして」
月詠は静かに立ち上がり、その場を離れようとする。
「主様、陽様、私はこれで」
しかし、千代は思わず月詠の袖を掴んだ。
「待って...今は、まだ...」
その仕草に、陽は優しく微笑む。
「うん、わかる。私も今は、まだ言葉にする準備ができてない」
二人の間に、不思議な空気が流れる。言葉にできない想いが、互いの心の中で膨らんでいく。
「でも、明日は...」
千代の言葉に、陽は頷く。
「うん、明日は絶対に」
月詠は主の手を優しく握り、そっと声をかける。
「主様、時には待つことも大切です」
千代は小さく頷く。夕暮れの森に、三人の影が長く伸びていく。
「ねぇ、千代ちゃん」
「なに?」
「明日の放課後、本殿の裏で待ってる」
「ええ...」
二人の約束を、月詠は静かに見守っていた。まだ言葉にならない想いが、確かに互いの心の中で育っている。それは占いよりも確かな、未来への予感だった。
第10話「想いの確認」
朝もやの立ち込める神社で、千代は早朝の掃除を終えていた。今日という日を、彼女は長い間待ち望んでいた。
「主様、随分と早いですね」
月詠が現れ、千代の傍らに立つ。
「ええ...今日は特別な日だから」
「緊張なさっているのですか?」
「そうね...でも、不思議と心は落ち着いているの」
千代は空を見上げる。明け方の澄んだ空気が、彼女の決意を後押ししているかのようだった。
「おはよう、千代ちゃん!」
振り返ると、いつもより早い時間に陽が現れていた。
「陽...」
「私も、朝から落ち着かなくて」
二人は照れたように微笑み合う。月詠はそっと後ろに下がり、見守る位置に立った。
「ねぇ、千代ちゃん。占いの札、持ってる?」
「え?ええ...」
千代が懐から札を取り出すと、陽は優しく首を振った。
「今日は、それは使わないで」
「でも...」
「私たちの気持ちは、占いじゃなくて」
陽が一歩前に進む。朝日が二人の間に差し込み、幻想的な空間を作り出していた。
「私ね、千代ちゃんの占いが大好き。でも、それ以上に...」
その時、境内に風が吹き抜ける。桜の花びらが、二人の周りを舞い始めた。
「陽様、主様」
月詠の声に、二人は振り返る。境内には座敷童子たちも集まっていた。
「みんな...」
「私たち、見守っているだけです」
長女の座敷童子が微笑む。次女と三女も、期待に満ちた表情を浮かべている。
「ねぇ、千代ちゃん」
陽が再び千代に向き直る。
「放課後、本当の気持ちを伝えたい。占いも、特別な力も使わずに」
「ええ...私も」
二人の言葉に、見守る者たちは静かに頷いた。
「主様の新しい一歩を、私たちは誇りに思います」
月詠の言葉に、千代は目を潤ませる。
「みんな、ありがとう」
朝日が徐々に強くなり、神社全体を包み込んでいく。新しい日の始まりと共に、二人の物語も新たな章へと進もうとしていた。
「じゃあ、放課後ね」
「ええ」
二人は互いを見つめ、静かに頷き合う。その瞬間、境内全体が温かな光に包まれたように感じられた。
見守る者たちは、この瞬間が新しい物語の始まりだということを、確かに感じ取っていた。
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