第6話「距離の縮まり」

第1話「文化祭の準備」


教室に張り出された文化祭のポスターが、秋風に揺れていた。千代は窓辺に立ち、そのポスターをぼんやりと眺めている。夕暮れの陽光が、彼女の黒髪を優しく染めていた。


「千代ちゃん、まだいたの?」


振り返ると、陽が教室の入り口に立っていた。いつもの明るい笑顔で手を振る姿に、千代は思わず目を細める。


「委員の仕事が少し残っていたの」


「そっか。あのさ、文化祭のクラス出し物なんだけど」


陽が机に腰掛けながら切り出した言葉に、千代は少し身構えた。クラスの出し物は明日決めることになっている。まさか、陽が何か案を持ってきたのだろうか。


「占いの館、やってみない?」


予想外の提案に、千代は言葉を失った。陽が続ける。


「千代ちゃんの占い、すっごく当たるじゃない? きっと人気者になれるよ」


「そんな...占いは神聖な儀式であって、お祭り騒ぎのような...」


言葉の途中で、千代は陽の真剣な眼差しと出会った。そこには、いつもの茶目っ気は見当たらない。


「千代ちゃんの占いって、誰かの幸せを願う気持ちがこもってるでしょ? だからこそ、もっと多くの人に届けてあげたいなって」


その言葉に、千代の胸が僅かに熱くなる。陽は彼女の占いの本質を、ここまで見抜いていたのか。


「でも...私にそんなことが...」


不安げな千代の背後で、月詠が小さくため息をつく。


「主様、また逃げ出すおつもりですか?」


「月詠まで...」


式神の的確な指摘に、千代は言葉に詰まる。そう、自信のなさから逃げ出そうとしている自分に、彼女自身も気付いていた。


「私も手伝うから! 準備も当日も、ずっと一緒にいるよ」


陽の言葉には、不思議な説得力があった。彼女の隣にいれば、どんな不安も乗り越えられそうな気がする。千代は小さく頷いた。


「...わかったわ。でも、クラスのみんなが賛成してくれなければ...」


「それなら任せて! 私が絶対に説得する!」


陽の力強い言葉に、千代は思わず微笑んだ。彼女のそんな一面も、最近では愛おしく感じられるようになっていた。


「主様、いい提案ではありませんか」


月詠の声には、珍しく温かみが感じられる。式神でさえ、陽の提案を支持しているのだ。


夕暮れの教室で、二人は文化祭の構想を語り合った。占いの館の装飾や、占いの種類、そして必要な準備物。会話が弾むにつれ、千代の心からも不安が少しずつ溶けていく。


「明日、クラスのみんなを絶対説得するからね!」


下校時刻を告げるチャイムが鳴り、陽は元気よく手を振って教室を後にした。その背中を見送りながら、千代は静かに微笑む。


(この文化祭で、きっと何かが変わるわ)


そんな予感が、彼女の心を密かに躍らせていた。




第2話「協力する日々」


「占いの館...ですか?」


ホームルームでの話し合い。クラス委員長の言葉に、教室が静まり返った。陽が元気よく手を挙げる。


「うん! 千代ちゃんの占い、すっごく当たるんだよ。きっと大人気になると思う!」


その言葉に、クラスメイトたちの視線が千代に集まる。彼女は少し身を縮めたが、陽の後押しに勇気をもらい、静かに立ち上がった。


「私にできることは、お客様の幸せを願って、誠実に占うことだけです。もし、みなさんが良ければ...」


「賛成!」

「私も占ってもらいたい!」

「装飾とか、和風の雰囲気出せそう!」


予想以上の反応に、千代は驚きを隠せない。陽が満面の笑みで親指を立てる。


「じゃあ、決まりね! 占いの館『月詠庵』、開店です!」


準備は即座に始まった。教室の一角を和風に仕立て、のれんや提灯で雰囲気を演出する計画が立てられる。


「千代、この布どう?」

「この色合い、素敵ね」


女子たちが持ち寄った布で、簡易の和室を作る相談が始まった。千代は徐々に打ち解けていく。


「主様、随分と楽しそうですね」


月詠の声に、千代は小さく頷く。確かに、こんなにクラスメイトと話すのは初めてかもしれない。


「千代ちゃん、占いの種類って何がいい?」


陽が材料を抱えながら近づいてきた。その腕には和紙や筆、それに古めかしい占い道具が積まれている。


「タロット、それに水晶占い...あとは」


話し合いながら、二人の距離は自然と縮まっていく。時折、手が触れ合うたびに、千代の心臓が小さく跳ねる。


「あの二人、最近仲良いわよね」

「そうそう、なんかいい感じ!」


クラスメイトたちの囁きが、教室に優しく響く。が、当の二人は作業に夢中で気付かない。


「主様、その読み方では...」


月詠が占星術の本を指摘する場面もあれば、座敷童子たちが こっそり材料運びを手伝う場面も。妖怪たちも、この文化祭を楽しみにしているようだ。


「千代ちゃん、これ見て!」


陽が手作りの札を見せる。可愛らしい筆文字で「恋愛成就」と書かれている。


「陽...字が上手ね」


「えへへ、お寺で習字習ってたから」


その笑顔に、千代は思わず見とれてしまう。陽の知らなかった一面を発見する度に、胸が温かくなる。


夕暮れが近づき、今日の準備が終わりに近づいてきた。教室の一角は、すでに神秘的な雰囲気を帯び始めている。


「明日は衣装の相談ね」


下校時、陽が千代の横で荷物をまとめながら言う。


「衣装...?」


「そうだよ。千代ちゃんには、巫女装束がぴったりだと思うの」


その言葉に、千代は頬を赤らめた。陽と一緒に過ごす時間が、少しずつ増えていく。その事実が、どこか嬉しかった。


(これが、誰かと協力するということ...)


月詠が、主の表情の変化を静かに見守っている。文化祭まで、あと二週間。二人の距離は、確実に縮まっていくのだった。



第3話「式神たちの思惑」


夜の神社。月明かりの下、式神たちが集まっていた。月詠が中心となり、最近の状況について話し合いが持たれている。


「主様の様子が、随分と変わられましたね」


月詠の言葉に、他の式神たちも頷く。千代の変化は、誰の目にも明らかだった。


「陽という少女の影響でしょうか」

「間違いありません。主様の心が、少しずつ開かれていく」


境内の木々が秋風に揺れる中、式神たちの会議は続く。月詠は先日の出来事を思い出していた。


「千代ちゃん、この帯の結び方教えて?」


文化祭の衣装合わせで、陽が千代に近づいてきた場面。普段なら緊張して硬くなるはずの千代が、自然に応じている。


「こうして、この端を...」


帯を結びながら、千代の手が陽の腰に触れる。わずかな接触に、二人の息遣いが乱れる。それを見守る月詠の口元に、小さな笑みが浮かんでいた。


「主様の占いの的中率も、更に上がっているようですね」


別の式神が新たな話題を提供する。確かに、千代の占いは最近特に冴えわたっている。


「陽様への想いが、主様の力を高めているのかもしれません」


満月が雲間から顔を出し、式神たちの姿を優しく照らす。その時、座敷童子たちが慌ただしく駆け寄ってきた。


「大変! 大変なのよ!」

「千代さまが、ね」

「陽さまと一緒に!」


三姉妹が興奮した様子で報告する。月詠は静かに耳を傾けた。


神社の裏手で、千代と陽が二人きりで練習をしているという。文化祭に向けた占いの予行演習だ。


「見に行きましょうか」


月詠の提案に、式神たちは賛同する。そっと近づくと、確かに二人の姿があった。


「えっと、このカードが出たら...」

「ここで、私からのメッセージを...」


真剣な表情で占いの練習をする二人。時折、目が合うと微笑み合う。その姿は、まるで永遠に続く一枚の絵のようだった。


「主様の表情が、柔らかくなられました」

「陽様も、普段より落ち着いていらっしゃる」


式神たちの囁きが、夜風に乗って消えていく。月詠は決意を固めた。


「私たちにできることは、二人を見守ること」


その言葉に、全ての式神が頷く。千代の幸せは、式神である彼らの願いでもあった。


「でも、少しばかりの手助けは...」

「あら、それは良い考えですね」


座敷童子たちの提案に、月詠も賛同する。文化祭という舞台で、二人の関係がどう変化するのか。それを見守りながら、適度な後押しをすることにした。


月が高く昇り、夜も更けていく。式神たちは静かに散会した。が、その目には確かな期待が宿っていた。


(主様の新しい物語が、始まろうとしている)


月詠はそう感じていた。文化祭まであと十日。その間に、どんな変化が訪れるのか。式神たちの密かな応援は、これからも続いていく。




第4話「座敷童子の手助け」


「あーあ、このままじゃ気づかないわね」


陽の家に住む座敷童子の長女が、妹たちと共に空中を浮遊しながらため息をつく。文化祭の準備で賑わう教室の上空から、彼女たちは千代と陽の様子を見守っていた。


「お姉ちゃん、何か良い案ない?」

「このままだと文化祭が終わっちゃうよぉ」


次女と三女が心配そうな表情を浮かべる。その下では、千代と陽が文化祭の装飾に励んでいた。


「千代ちゃん、この提灯どう?」

「素敵ね。でも、もう少し左かしら...」


二人で提灯の位置を調整する間、その手が重なる。しかし、すぐに慌てて離してしまう。


「もう! せっかくのチャンスなのに」


長女が歯痒そうに髪を掻き揚げる。そこに、月詠が静かに現れた。


「おや、皆さんも気になっているようですね」


「月詠さま! 私たち、手伝いたいんです」

「このまま終わらせちゃ、もったいない!」


座敷童子たちの熱意に、月詠は小さく頷く。


「では、少しばかりの...演出をしてみましょうか」


その言葉に、三姉妹の目が輝く。すぐさま作戦会議が始まった。


最初の仕掛けは、装飾品の風による"偶然"の落下。千代が梯子に登って飾り付けをしていた時、突然バランスを崩す。


「きゃっ!」


「千代ちゃん!」


陽が咄嗟に受け止める。抱きしめるような姿勢で、二人の心臓が高鳴る。


「あ、ありがとう...」

「大丈夫? 怪我は?」


心配そうに見つめ合う二人。座敷童子たちは満足げに頷き合う。


次は、不思議な"偶然"の連続。必要な道具が二人分だけ残されていたり、掃除当番が重なったり。


「陽、これ一緒に片付けない?」

「うん!」


放課後、二人きりの教室。夕暮れの光が、二人の影を優しく重ねる。


「作戦、上手くいってるわ!」

「でも、まだ足りないよね」

「もっと、もっとよ!」


座敷童子たちの熱は上がる一方だ。月詠は少し心配そうに見守っている。


そして文化祭前日。最後の準備に追われる中、座敷童子たちの仕掛けは最高潮を迎える。


「あれ? 扉が開かない...」


準備室に二人きり。なぜか鍵が回らない。


「しばらく待つしかないわね」


狭い空間で、互いの存在を強く意識する。時計の音だけが、静かに響く。


「千代ちゃん、その...」

「なに...?」


陽が何かを言いかけた時、扉が突然開く。


「あら、開いたわ」


走り去る座敷童子たちを、月詠が呆れたように見つめている。


「主様の恋路とはいえ、やり過ぎではありませんか」


しかし、その声には僅かな笑みが混じっていた。


夜の教室で、準備の最終確認をする千代と陽。その姿を見守る妖怪たちの目には、確かな手応えが映っていた。


(明日は、きっと特別な一日になる)


座敷童子たちは、そう確信していた。文化祭当日、二人の関係はどう変化するのか。妖怪たちの密かな応援は、まだまだ続いていく。



第5話「特別な瞬間」


放課後の教室に、夕暮れの光が差し込んでいた。文化祭前日、最後の準備に追われる中、千代は一人占いの確認を行っていた。


「明日は、きっと上手くいく...」


タロットカードを一枚一枚確かめながら、彼女は小さく呟く。その時、後ろから声がかけられた。


「千代ちゃん、まだいたの?」


振り返ると、陽が立っていた。帰り支度を済ませた様子で、制服姿が夕陽に照らされて綺麗に輝いている。


「ええ、最後の確認をしていたの」


「私も手伝うよ。ねぇ、一度占ってみない?」


陽が千代の隣に座る。その距離の近さに、千代の心臓が小さく跳ねた。


「練習のつもりで...私を占って?」


陽の提案に、千代は少し躊躇する。しかし、その真剣な眼差しに、断ることができなかった。


「わかったわ。では...」


カードを丁寧に切り、陽の前に並べていく。いつもの占いの手順なのに、なぜか緊張が高まる。


「このカードは...」


説明をする千代の声が、僅かに震えている。陽は静かにそれを聞いていた。


「恋愛運は...」


その言葉を発した瞬間、千代の手が止まる。カードが示す意味に、彼女の頬が赤く染まった。


「どうしたの?」


「これは...その...」


言葉に詰まる千代を見て、陽が優しく微笑む。


「私の恋、叶うのかな?」


その問いかけに、千代の心臓が大きく鳴った。陽の瞳に映る夕陽が、まるで彼女の心の炎のように見える。


「カードが示すのは...幸せな結末」


答える千代の声は、かすかに震えていた。陽が静かに手を伸ばし、千代の手に重ねる。


「それって、本当に占いの結果? それとも...」


言葉の続きは、教室に流れ込む風の音に消されてしまった。しかし、二人の間に流れる空気は、確実に変化していた。


「陽...」


千代が顔を上げた時、二人の目が合う。そこには、言葉では表現できない何かが宿っていた。


「私ね、千代ちゃんの占いが大好きなの。でも、それ以上に...」


その時、廊下から話し声が聞こえてきた。二人は慌てて距離を取り、片付けを始める。


「明日、頑張ろうね」


帰り際、陽がそう言って笑った。その笑顔に、千代も自然と頬が緩む。


「ええ、必ず成功させましょう」


夕暮れの教室で、二人は文化祭への期待を語り合った。しかし、その会話の裏には、もっと大切な何かが隠されているようだった。


月詠は窓の外から、その様子を静かに見守っていた。


(主様の心が、確実に動き始めている)


文化祭当日。きっと、何かが変わる。そんな予感が、秋の夕暮れに満ちていた。



第6話「赤玉の狐の予言」


夕暮れの神社。千代は一人、境内の掃除を終えたところだった。文化祭前夜、何となく落ち着かない気持ちを紛らわすように、いつもより丁寧に箒を動かしていた。


「心が揺れているようですね」


突然の声に、千代は振り返る。そこには赤玉の狐の姿があった。夕陽に照らされた姿は、より一層神々しく見える。


「赤玉様...」


「明日は、大切な日になりそうですね」


狐が静かに歩み寄ってくる。その足跡に、かすかな光の粒子が残される。


「ええ、文化祭です。私たちのクラスは...」


「いいえ、それ以上の何かが」


赤玉の狐の言葉に、千代は言葉を失う。その瞳には、時を超えた何かが映っているようだった。


「百年前の約束が、明日、新たな形を得る」


「約束...ですか?」


「あなたと陽。その絆は、時を超えて紡がれてきた」


千代の胸が高鳴る。昨日の夕暮れ、陽との特別な時間が蘇ってくる。


「でも、私には...」


「怖いのですか?」


赤玉の狐の問いかけに、千代は黙り込む。確かに怖い。これまでにない感情に戸惑い、時に逃げ出したくなる。


「心の奥で、あなたは既に答えを知っている」


境内に風が吹き、紅葉が舞い散る。その一枚が、千代の手のひらに優しく降り立つ。


「占い師でありながら、自身の運命に気付かないとは」


その言葉に、月詠が小さくため息をつく。いつの間にか、式神も傍らに現れていた。


「主様、時に真実は、目の前にあるものです」


「月詠...」


夕陽が沈みかけ、境内が茜色に染まっていく。赤玉の狐が、ゆっくりと歩み始める。


「明日、全ては動き出す。その時、あなたの心が示す答えこそが、真実」


狐の姿が、夕暮れの中に溶けていく。残されたのは、かすかな余韻と、千代の胸の高鳴り。


「主様、陽様との出会いは、決して偶然ではありません」


月詠の言葉に、千代は静かに頷く。確かに、陽との全ての瞬間が、偶然とは思えない必然性を持っていた。


「明日...きっと特別な日になるわ」


千代の呟きに、夕暮れの風が優しく応える。境内には、座敷童子たちの気配も感じられた。みんなが、明日を待ちわびているようだ。


(私の本当の気持ちは...)


空を見上げると、最初の星が瞬いていた。それは、まるで千代の心のように、小さくも確かな光を放っている。


文化祭当日。その日が、彼女たちに何をもたらすのか。神社に夜の帳が降りる中、千代の心は静かに、しかし確実に動き始めていた。



第7話「迫る文化祭」


早朝の教室に、緊張感が漂っていた。文化祭当日を明日に控え、クラスメイトたちが最後の準備に追われている。


「千代ちゃん、この暖簾の位置でいい?」


陽の声に振り返ると、和風の装飾が着々と形になっていく様子が目に入った。教室の一角は、まるで古い占い館のような雰囲気を纏い始めている。


「ええ、完璧よ。陽のセンスには感心するわ」


「えへへ、褒められちゃった」


陽が嬉しそうに微笑む。その表情を見つめる千代の目が、自然と柔らかくなる。


「主様、試しの占いをしてみましょうか」


月詠の提案に、クラスメイトたちが賛同の声を上げる。


「そうね。本番の前に、確認しておきましょう」


千代が占いの準備を始めると、周囲に期待の空気が広がる。特に女子たちは、明日の本番での占いを心待ちにしているようだった。


「じゃあ私が最初の客になるね」


陽が千代の前に座る。その瞬間、教室の空気が少し変わった。クラスメイトたちの視線が、二人に集中する。


「では...」


カードを配り始める千代の手が、わずかに震えている。昨日の赤玉の狐の言葉が、突然蘇ってきた。


「このカードは...未来への道を示しています」


説明する声は、いつもより少し優しい。陽は真剣な表情で、千代の言葉に聞き入っている。


「そして、このカードは...」


言葉が途切れる。出たカードの意味に、千代の頬が赤く染まった。


「どんな意味なの?」


陽の問いかけに、教室が静まり返る。月詠が小さくため息をつく音が聞こえた。


「それは...明日のお楽しみ、ということで」


千代が慌てて取り繕うと、クラスメイトたちからどよめきが起こる。


「ええ~、気になる~」

「明日が楽しみになってきた!」


準備は夕方まで続いた。最後の確認を終え、クラスメイトたちが次々と帰路につく。


「千代ちゃん、明日は早めに来るね」


別れ際、陽がそう言って手を振る。その背中を見送りながら、千代は胸の高鳴りを感じていた。


「主様、素晴らしい占いでした」


「月詠...私、明日は」


「全てを示すときが来たのですね」


式神の言葉に、千代は静かに頷く。夕暮れの教室で、彼女は明日への決意を固めていた。


座敷童子たちが窓の外で小さな歓声を上げる。妖怪たちも、明日という日を心待ちにしているようだった。


「明日こそ、私の本当の気持ちを...」


千代の呟きが、空っぽになった教室に響く。明日は、きっと特別な一日になる。そんな予感が、秋の夕暮れに満ちていた。



第8話「文化祭当日」


朝霧の立ち込める校庭に、祭りの賑わいが少しずつ広がっていく。文化祭当日、千代は早めに登校して最後の準備を整えていた。


「おはよう、千代ちゃん!」


振り返ると、巫女装束に身を包んだ陽が立っていた。朝日に照らされた姿が、まるで本物の巫女のように神々しい。


「陽...その姿、とても似合うわ」


「ありがと。千代ちゃんも素敵よ」


千代もまた、凛とした佇まいの巫女装束。二人の姿に、早くも見学者たちの視線が集まり始めていた。


「『月詠庵』、開店です!」


陽の元気な声に合わせ、暖簾がゆっくりと開かれる。出来上がった空間は、まるで本物の占い館のよう。和紙で作られた灯りが、神秘的な雰囲気を演出している。


「すごい! 本格的!」

「早速占ってもらいたい!」


開店と同時に、女子生徒たちが次々と訪れる。千代は緊張しながらも、一人一人丁寧に占っていく。


「あなたの運命の人は...すぐそばにいるようですね」


占いを受けた生徒が喜ぶ姿に、千代も自然と笑顔になる。陽は受付で客の案内をしながら、時折千代の様子を見守っていた。


「主様、調子は上々ですね」


月詠が小声で囁く。確かに、千代の占いは驚くほど的中していた。それは、彼女自身の心が開かれてきた証かもしれない。


昼過ぎ、一時的な休憩時間。千代は中庭で深いため息をつく。


「疲れた?」


陽が温かいお茶を差し出してくれた。その優しさに、千代の心が柔らかく溶けていく。


「ううん、楽しいの。みんなの幸せな表情を見られて...」


「千代ちゃんの占い、本当に素晴らしいよ」


二人の周りに、桜の葉が舞い散る。まるで、妖怪たちが祝福しているかのように。


「陽...私が最後に占うのは」


その時、休憩終了を告げる声が響く。言葉の続きは、風に消されてしまった。


午後の部が始まり、再び賑わいが戻ってくる。座敷童子たちが、こっそり手伝いを始めた。


「お客様が笑顔になる様子、見てて飽きないわねぇ」

「特に、あの二人を見てるとね」

「きっと、今日が特別な日になるよぉ」


妖怪たちの囁きが、占い館の隅々まで響いていく。千代の占いは、刻一刻とその的中率を上げていった。


「これは...」


ある時、千代は自分のために引いたカードに目を奪われる。そこには、まさに今の状況を示すような配置が現れていた。


「主様、時が来たようですね」


月詠の言葉に、千代は静かに頷く。日が傾き始め、文化祭も終わりに近づいていた。そして、最後の占いの時間が、ゆっくりと近づいてくる。




第9話「夜の告白」


文化祭の喧騒が徐々に静まりを見せ始めた頃、千代は最後の片付けを終えていた。夕暮れの教室に、一日の疲れと充実感が満ちている。


「お疲れ様、千代ちゃん」


陽が、まだ巫女装束のまま近づいてきた。夕陽に照らされた姿が、より一層神々しく見える。


「陽こそ、ずっと受付を手伝ってくれて...」


「でも、最後の占いがまだだよね?」


その言葉に、千代の心臓が大きく跳ねる。確かに、陽への占いだけが、まだ残されていた。


「ええ...そうね」


千代は静かにカードを広げ始める。教室には二人きり。月詠が窓の外で見守る中、最後の占いが始まった。


「このカードは...」


千代の手が、わずかに震える。目の前に並べられたカードが示す意味に、彼女の頬が赤く染まる。


「私の恋、叶うのかな?」


陽の問いかけに、教室の空気が変わる。千代はゆっくりと顔を上げ、陽の瞳を見つめた。


「陽...あなたの運命が、こんなにはっきり見えるの。初めてよ」


「それは、占いのおかげ?」


陽が、そっと千代の手に触れる。温かい。その感触に、千代の心が静かに揺れる。


「ううん、私の心が見てるの」


告白のような言葉に、二人の間に深い沈黙が訪れる。夕暮れの光が、ゆっくりと教室を染めていく。


「千代ちゃん...私も、ずっと」


その時、廊下から話し声が聞こえてきた。片付けを終えた他のクラスメイトたちが戻ってくる気配。


「あ、みんな戻ってくるわ」


慌てて距離を取る二人。しかし、その目には確かな光が宿っていた。


「ねぇ、千代ちゃん。この後、神社で...」


クラスメイトたちが教室に入ってくる前に、陽が小声で囁く。千代は静かに頷いた。


「お疲れ様!」

「今日は大成功だったね!」


戻ってきたクラスメイトたちの声が、教室に響く。しかし、千代と陽の心は、既に別の場所へと向かっていた。


月詠は、そんな二人の様子を静かに見守っている。座敷童子たちも、窓の外でこっそり覗き見していた。


「主様、ついに時が来ましたね」


式神の声に、千代は小さく頷く。夜の神社で、彼女たちを待っているもの。それは、きっと新しい物語の始まり。


教室の片付けを終え、夕暮れの校舎を後にする生徒たち。その中で、千代と陽は特別な期待を胸に秘めていた。



第10話「始まりの時」


夜の神社は、静寂に包まれていた。満月の光が境内を優しく照らし、紅葉の葉が風に舞う。千代は石段を上りながら、自分の鼓動を強く感じていた。


「来てくれたんだ」


境内で待っていた陽が、千代を見つけて微笑む。巫女装束のまま月光に照らされる姿は、まるで神秘的な絵のよう。


「ええ...」


二人の間に、優しい沈黙が流れる。言葉にならない想いが、空気を震わせている。


「千代ちゃん、今日の占い、続きを聞かせて」


陽が、そっと歩み寄ってくる。その目には、決意の色が宿っていた。


「私の恋...叶うの?」


月明かりの下、千代は静かにカードを広げ始める。しかし今回は、いつもの占いとは違った。


「このカードは...二人の運命を表しているわ」


千代の声が、わずかに震える。


「陽、あなたの運命が見える。でも、それは占いのせいじゃない」


「じゃあ、なぜ?」


陽の問いかけに、千代は深く息を吸い込む。月詠が、木陰から二人を見守っている。


「私の心が...あなたを見ているの」


告白のような言葉に、境内が静まり返る。紅葉が、二人の周りをゆっくりと舞い落ちる。


「千代ちゃん...私も、ずっと」


陽が一歩近づく。その瞬間、境内に不思議な光が広がった。座敷童子たちが放つ淡い光の粒子が、二人を優しく包み込む。


「これは...」


赤玉の狐が、静かに姿を現す。


「百年前の約束が、今、実を結ぶ時」


狐の言葉に、千代と陽の記憶が呼び覚まされる。前世での出会い、そして固い約束。全てが、今この瞬間のために存在していたかのように。


「思い出したわ...私たち、約束してたのね」


「うん、必ずまた出会うって」


二人の距離が、さらに縮まる。月詠が小さく微笑む中、座敷童子たちが歓声を上げる。


「主様、おめでとうございます」


式神の祝福の言葉に、千代は頬を赤らめる。しかし、もう逃げ出すことはない。


「陽...私」


「千代ちゃん、好きよ」


陽の告白が、夜空に響く。千代の目に、涙が光る。


「私も...ずっと、好きだった」


二人の想いが、ついに重なり合う。境内には祝福の空気が満ちていた。妖怪たちも、この瞬間を静かに見守っている。


「これからも、一緒に...」


「ええ、どんな時も」


約束の言葉が、満月に照らされる。これは終わりではなく、新しい物語の始まり。千代と陽の前には、まだ見ぬ未来が広がっていた。





























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