第5話「過去との邂逅」
第1話 「幼い日の約束」
神社の蔵の奥で、千代は古い箱と向き合っていた。祭りの準備で出てきた品々の中に、見覚えのない古い写真が紛れ込んでいたのだ。
「これは...」
写真には幼い二人の少女が写っている。一人は間違いなく幼い頃の自分。そしてもう一人は―
「陽...?」
「主様、何を見ていらっしゃるのですか?」
月詠が静かに姿を現す。
「この写真...私と陽が小さい頃のものみたい」
「まあ」
月詠も覗き込む。確かに、そこには幼い千代と陽が、神社の境内で笑顔を見せていた。
「でも、私...この時のことを」
言葉が途切れる。記憶にないはずなのに、どこか懐かしい感覚が胸を掠める。
「千代ちゃん、いた?」
突然、陽の声が響く。
「あ、陽...」
「何見てるの?」
写真を覗き込んだ陽の表情が、一瞬固まる。
「これ...私たち?」
「ええ...見つけたところなの」
二人で写真を見つめる。夏の日差しの中、赤い鳥居を背景に笑う幼い二人。その手には、何かの御札らしきものが握られていた。
「なんだか...不思議な感じ」
陽がつぶやく。
「どうして?」
「だって、私たちって中学校で初めて会ったはずなのに...」
そう、二人の記憶では確かにそうだった。でも、この写真は明らかにもっと幼い頃のもの。
「主様」
月詠が意味ありげな表情を浮かべる。
「何か...思い出せることは?」
千代は目を閉じ、深く考える。すると、かすかに風鈴の音が聞こえてくるような...
「約束...」
「え?」
陽が身を乗り出す。
「なんだか...誰かと約束をした気がするの。でも、はっきりとは...」
その時、写真の裏が目に入る。そこには薄れかけた文字で何かが書かれていた。
「これは...」
二人で覗き込むが、文字はあまりにも薄く、判読できない。
「月詠、これ何て書いてあるか分かる?」
式神の眼なら、何か分かるかもしれない。しかし、月詠も首を横に振る。
「申し訳ありません。ですが...」
月詠の言葉が途切れた時、突然風が吹き、写真が舞い上がる。
「あっ!」
千代が慌てて掴もうとするが、写真は蔵の奥へと消えていく。
「追いかけましょう!」
陽の声に導かれ、二人は蔵の中へと駆け込む。しかし、そこで目にしたものは―
「これは...」
古い巻物が、まるで二人を待っていたかのように、床に広がっていた。
「陰陽師と巫女の...」
千代が読みかけた瞬間、巻物が淡い光を放つ。
「主様!」
月詠の警告の声が響く中、光は二人を包み込んでいった。
かすかに聞こえる風鈴の音。そして、幼い頃の声が、記憶の彼方から響いてくる。
「約束...だよ?」
「うん...約束」
その声が意味するものは何なのか。二人はまだ知らない。ただ、確かに何かが始まろうとしていた。
第2話 「伝わる秘密」
巻物から放たれた光が消えると、蔵の中は再び静寂に包まれた。
「大丈夫?千代ちゃん」
「え、ええ...」
千代は目を擦りながら、巻物に目を凝らす。そこには、古い筆跡で文字が綴られていた。
「これは...百年前の記録?」
月詠が静かに巻物を広げていく。
『陰陽寮記録 - 桜木家の巫女と妖怪の絆について』
「桜木家...陽の家系の記録なの?」
千代の問いかけに、陽が真剣な表情で頷く。
「うん。お母さんから聞いたことがあるの。私たちの家系には、代々、妖怪を見る力を持つ者がいるって」
巻物の文字が、まるで語りかけるように浮かび上がる。
『桜木家の巫女たちは、人と妖怪の境界を自然に超える力を持つ。しかし、その力は両刃の剣。正しき導きなくしては、道を誤る可能性もある』
「導き...」
千代が呟いた時、突然巻物が新たな光を放つ。
『そして、百年に一度、特別な力を持つ巫女が現れる。その者は、陰陽師の血を引く者との出会いによって、真の力を目覚めさせる』
「主様」
月詠の声が、緊張を帯びる。
「この記録が示唆しているのは...」
言葉を続けようとした時、蔵の隅から風鈴の音が聞こえた。振り返ると、そこには座敷童子たちが集まっていた。
「やっぱり、見つかっちゃったね」
長女が、意味深な笑みを浮かべる。
「あなたたち、何か知っているの?」
千代の問いかけに、座敷童子たちは視線を交わす。
「私たちが知っているのは、ただ...」
次女が言葉を継ぐ。
「陽ちゃんの力が、特別だってこと」
「特別?」
「うん。だって、普通の巫女さんは妖怪を見ることはできても...」
三女が言いかけて止まる。
「私たちと、こんなに自然に話せる人は、百年に一人くらいしかいないの」
その言葉に、千代は陽を見つめる。確かに、陽の妖怪との関わり方は特別だった。まるで、人と妖怪の境界など最初からないかのように。
「でも、それと私が...」
「主様」
月詠が巻物の続きを指さす。
『陰陽師の導きと巫女の力が一つになる時、新たな道が開かれる』
「新たな...道?」
陽が千代の傍らに立ち、一緒に巻物を見つめる。二人の距離が近づいた瞬間、巻物の文字が淡く光を放った。
「この光...」
「さっきの写真と同じ...」
二人の言葉が重なる。その時、風鈴の音が強く響き、巻物が新たな一節を現す。
『約束は、時を超えて継がれる』
「約束...」
千代と陽が同時に呟く。幼い頃の記憶が、霞の向こうで揺らめいているような感覚。
「主様、陽様」
月詠の声が、二人の意識を現実に引き戻す。
「この巻物が伝えようとしているのは、きっと...」
式神の言葉が途切れた時、蔵の外から朝参りの人々の声が聞こえてきた。
「あ、もうこんな時間!」
「神社の準備を...」
慌てる二人を見て、座敷童子たちはクスクスと笑う。
「焦ることないよ」
「そう、すべては、きっと...」
「明らかになるから」
三姉妹の言葉が、不思議な響きを持って蔵の中に漂う。
千代と陽は、まだ気付いていなかった。この瞬間から、二人の運命が大きく動き始めようとしていることに。
第3話 「赤玉の狐の記憶」
満月の夜、神社の境内は銀色の光に包まれていた。千代と陽は社務所の縁側で、昼間見つけた巻物について話し合っていた。
「でも、なんで今になって...」
千代の言葉が途切れた時、境内に赤い光が灯る。
「いらっしゃい、お待ちしていました」
空から優雅に降り立つ赤玉の狐。その姿は、月光の中で一層神々しく輝いていた。
「赤玉様!」
月詠が深々と頭を下げる。赤玉の狐は、ゆっくりと二人の前に歩み寄った。
「巻物を見つけられたそうですね」
その声は、まるで遠い昔の記憶のように響く。
「赤玉様は、私たちの過去をご存じなの?」
千代の問いかけに、狐は深い瞳で二人を見つめる。
「私は見てきました。百年前の約束を...そして、その約束が今、新たな形で蘇ろうとしているのを」
「百年前...?」
陽が身を乗り出す。赤玉の狐は、静かに話し始めた。
「百年前、この神社には一人の陰陽師がいました。そして、その陰陽師には特別な力を持つ巫女の友がいた」
風が吹き、風鈴が鳴る。
「その二人は、人と妖怪の世界の調和を願い、大切な約束を交わしました」
赤玉の狐の言葉に合わせ、境内に淡い光が広がる。まるで過去の映像を見ているかのように、古い神社の姿が浮かび上がる。
「しかし、その約束は果たされることなく...二人は離ればなれになってしまった」
「それが、私たちの...先祖?」
陽の問いに、狐は小さく頷く。
「そして今、その血を引く者たちが再び出会った。これは偶然ではありません」
千代は自分の手の中の古い御札を見つめる。陽も、同じように巻物の一節を思い返していた。
「でも、どうして私たちの記憶が...」
「記憶は時として隠されます。でも、心は覚えているもの」
赤玉の狐の言葉に、風鈴が再び鳴る。
「あの写真の日...」
陽が呟く。
「確かに、何かを約束した気がする」
「私も...なんだか、懐かしい気持ちになるの」
二人の言葉に、赤玉の狐は穏やかな表情を浮かべる。
「時が満ちれば、すべては明らかになります。ただ、覚えておいてください」
狐の体が、徐々に光を帯び始める。
「二人の出会いは、決して偶然ではない。そして、これから起こることも...」
「これから?」
千代が問いかけるが、赤玉の狐の姿は既に光の中に溶け始めていた。
「私からできる助言は、ただ一つ」
消えゆく声が、夜空に響く。
「心の声に、正直になること。それが、約束を思い出す鍵となる」
最後の言葉と共に、赤玉の狐は月光の中へと消えていった。
残された二人は、しばらく夜空を見上げていた。
「なんだか、不思議な気持ち」
陽のつぶやきに、千代も静かに頷く。
「私たち、きっと...」
言葉にならない想いを、月明かりが優しく包み込んでいく。月詠は少し離れた場所から、その様子を見守っていた。
(始まったのですね)
式神の瞳に、新たな光が宿る。百年の時を超えて、約束は動き始めていた。
第4話 「陽の家の謎」
「ここが私の家よ」
陽に導かれ、千代は初めて桜木家を訪れていた。古い日本家屋の佇まいに、どこか神社に似た雰囲気を感じる。
「お邪魔します」
玄関を潜ると、廊下で三匹の座敷童子が出迎えた。いつも陽の家で暮らしている彼女たちだ。
「いらっしゃい、千代様」
「やっと来てくれましたね!」
「陽ちゃんの部屋、見せてあげよう!」
「ちょっと、みんな落ち着いて」
陽が笑いながら制すると、奥から優しい声が響いた。
「陽、お客様?」
「うん、お母さん。この子が千代ちゃん」
桜木家の当主である陽の母が姿を現す。凛とした佇まいの中に、陽に似た柔らかな雰囲気を持つ女性だった。
「あら、千代さん。やっとお会いできましたね」
「は、はい。突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいえ、むしろ遅すぎたくらい」
意味深な言葉に、千代は首を傾げる。
「陽、例の部屋に案内してあげなさい」
「うん、分かった」
陽は千代の手を取り、奥へと進む。廊下を歩きながら、千代は至る所に妖怪たちの気配を感じた。しかし不思議と、怖さは感じない。
「ここよ」
陽が開いた部屋には、古い巻物や道具が整然と並んでいた。
「これが、桜木家の記録」
陽が一冊の古い本を取り出す。
「代々の巫女の記録が残されているの」
ページをめくると、様々な時代の巫女たちの記録が現れる。その中に、見覚えのある記述があった。
『特別な力を持つ者は、百年に一度現れる。その者は、陰陽師の血を引く者との出会いによって...』
「この記述、神社で見た巻物と同じ」
千代の言葉に、陽が静かに頷く。
「ねぇ、千代ちゃん。私ね、小さい頃から妖怪が見えることを、ちょっと怖がってたの」
突然の告白に、千代は息を呑む。
「だって、普通じゃないでしょ?でも...」
陽の表情が柔らかくなる。
「千代ちゃんと出会って、この力は特別なものじゃないって思えるようになった」
「陽...」
その時、部屋の隅から風鈴の音が聞こえた。振り返ると、一枚の古い写真が足元に落ちている。
「これは!」
二人で覗き込むと、そこには百年前の巫女と陰陽師の姿があった。二人の立ち姿は、どこか現在の千代と陽に重なって見える。
「彼女たちも、きっと...」
陽の言葉が途切れた時、写真が淡い光を放つ。
「また、この光...」
光は部屋全体に広がり、まるで百年前の記憶が蘇るかのような感覚が二人を包み込む。
「私たちは、きっと...」
千代の言葉を、優しい風が包み込んだ。窓の外では、桜の木が静かに揺れている。
「千代ちゃん、私...」
陽が何かを言いかけた時、座敷童子たちが部屋に飛び込んできた。
「大変!お母様が呼んでます!」
「何か重要なお話があるって!」
慌ただしい声に、不思議な空気が破られる。しかし二人の心には、確かな予感が残されていた。
これから始まることの、大切な予感が。
第5話 「交差する運命」
「お話があります」
桜木家の客間で、陽の母が静かに切り出した。千代と陽は正座して、その言葉を待つ。
「この写真、覚えていますか?」
差し出されたのは、先ほど二人が見つけた写真とは別の一枚。やはり幼い頃の二人が写っているが、場所は神社の奥庭。そこには、今は使われていない古い祠が写り込んでいた。
「この祠...」
千代が目を凝らす。
「ええ、百年前に封印された場所です」
陽の母の言葉に、月詠が反応する。
「まさか、あの封印が...」
「ご存知なのですね、月詠様」
式神は静かに頷く。
「はい。百年前、主家の陰陽師と桜木家の巫女が、共に封印を施された場所...」
「封印?」
千代の問いに、陽の母が説明を始める。
「かつて、この土地には強大な力を持つ妖怪が現れました。その力は、人と妖怪の世界の境界を揺るがすほど...」
窓の外で風が強まる。風鈴の音が、一段と鋭く響く。
「当時の陰陽師と巫女は、力を合わせてその妖怪を封印。しかし、その代償として...」
「二人は離ればなれになった」
赤玉の狐が、静かに姿を現す。
「赤玉様...」
「封印の力を保つため、二つの家系は離れて暮らすことを余儀なくされた。しかし、百年の時を経て...」
狐の言葉が途切れた時、千代の持つ御札が、陽の手にある巻物が、同時に光を放つ。
「これは...」
二つの光が交差する中、赤玉の狐が続ける。
「封印は今、新たな段階を迎えようとしています」
「新たな...段階?」
陽が問いかける。
「二つの家系の血を引く者たち、特別な力を持つ二人が再び出会った今」
その時、祠の方角から風が吹き込み、古い写真が舞い上がる。
「ほら、見てください」
陽の母が指さす先で、写真が宙に浮かぶ。そこには幼い二人が、まるで今のように向かい合って、何かを誓い合うような仕草をしている姿があった。
「私たち、確かに...」
千代の言葉に、陽が頷く。
「約束したの、覚えてる?千代ちゃん」
「まだ、はっきりとは...でも」
二人の間で、かすかな記憶が揺れ動く。
「お二人はまだ幼すぎました」
赤玉の狐が説明する。
「だから、記憶は封印されたのです。時が来るまでは」
「そして今、その時が...」
月詠の言葉に、座敷童子たちがこっそり顔を覗かせる。
「千代様と陽様の出会いは、決して偶然ではありませんでした」
長女が静かに告げる。
「二人の運命は、百年の時を超えて...」
次女が続け、
「再び、結ばれようとしているの」
三女が結ぶ。
その瞬間、祠の方角から、かすかな鈴の音が聞こえた。
「あの音...」
千代と陽が同時に立ち上がる。二人の心に、確かな予感が芽生えていた。
これから始まることの、大きな予感が。
第6話 「月詠の告白」
月明かりだけが照らす神社の境内。祠の前で、月詠は一人、夜空を見上げていた。
「月詠」
振り返ると、千代が立っていた。式神の銀色の毛並みが、月光に美しく輝く。
「主様、こんな夜更けに...」
「あなたを探していたの」
千代の声には、普段にない決意が感じられた。
「私、ずっと気になっていたことがあるの」
月詠は静かに主の言葉を待つ。
「あなた、何か知っているのよね?私と陽のことを...そして、この祠の封印のことも」
風が吹き、風鈴の音が響く。月詠は長い間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「私は...百年前からこの神社に仕えてきました」
「え?」
「当時の主も、陰陽師でした。そして...」
月詠の瞳に、懐かしい光が宿る。
「桜木家の巫女様とも、深い絆で結ばれていました」
千代は息を呑む。月詠は祠の方を見つめながら続ける。
「二人は幼い頃から親しく、互いの力を高め合い、支え合って...まるで、今の主様と陽様のように」
「そして、封印のこと?」
「はい。強大な妖怪の力を封じるため、二人は自らの力を捧げました。しかし、その代償として...」
月詠の声が沈む。
「二人は離ればなれになり、その記憶さえも封印されることに」
千代は自分の胸に手を当てる。どこか懐かしい痛みが、心を締め付ける。
「でも、なぜ...」
「主様」
月詠が真剣な眼差しで千代を見つめる。
「封印には、もう一つの役割がありました」
「もう一つ?」
「はい。百年後、特別な力を持つ二人が再び出会う時のために...」
その時、祠から淡い光が漏れ出す。
「私は、ただ見守ることしかできませんでした。主様と陽様が出会い、互いを想い...そして、真実に気づくのを」
月詠の言葉に、千代の中で何かが共鳴する。
「私と陽は...」
「幼い頃の約束は、偶然ではありません」
式神は静かに続ける。
「二人の魂は、百年の時を超えて、再び引き合った。そして今...」
月詠の言葉が途切れた時、境内に新たな気配が漂う。
「千代ちゃん?」
陽の声だった。
「陽...」
「なんだか、月詠さんの気配を感じて...」
月詠は二人を見つめ、かすかに微笑む。
「主様、陽様」
式神の声が、夜空に響く。
「これからお二人が向かう道は、決して易しいものではありません。でも...」
月詠の体が、月光に溶けるように淡く光り始める。
「私は、かつての主と巫女様が果たせなかった想いを、今度こそ...」
言葉にならない祈りが、夜風に乗って流れる。
千代と陽は、自然と手を取り合っていた。その仕草は、百年前の二人と重なるように見えた。
月詠は静かに目を閉じる。
(主様...どうか、今度は...)
祈りは、満月の光の中へと溶けていった。
第7話 「明かされる過去」
神社の蔵の奥で、千代は古い箱を見つめていた。月詠の告白から数日後、二人の過去を探るため、陽と共に古い記録を探していたのだ。
「千代ちゃん、これ」
陽が差し出したのは、埃をかぶった一冊の日記。表紙には「明治三十年」の文字が記されている。
「これは...百年前の」
開いた瞬間、淡い光が漏れ出る。二人は息を呑んで、ページをめくり始めた。
『今日、桜木家の娘と初めて会った。まだ幼いながら、類まれな力を持つ子だという。私も陰陽師の家に生まれ、同じように周囲と違う力に戸惑っていた。だからこそ、彼女の気持ちが分かる。』
「これは、百年前の陰陽師の日記...」
千代の言葉に、陽が静かに頷く。さらにページをめくると、
『彼女には不思議な力がある。妖怪たちと自然に交流できるのだ。私の陰陽術とは異なる、生まれながらの力。でも、それは決して恐れるべきものではないと、私は彼女に伝えたい。』
読み進むうちに、二人の心に温かいものが広がっていく。
「まるで...」
「うん、私たちみたい」
その時、日記から一枚の紙が滑り落ちる。開いてみると、そこには詳細な図が描かれていた。
「これは、祠の封印の仕組み?」
千代が図を覗き込む。陽も身を寄せ、二人で見つめる。
『封印には、二つの力が必要である。陰陽師の術と、巫女の生まれながらの力。しかし、それは単なる封じ込めではない。』
「単なる封じ込めではない...?」
陽の問いに答えるように、日記は続く。
『これは、未来への扉でもある。百年後、新たな力を持つ者たちが現れた時、この封印は道を開く。そして、かつて果たせなかった約束が...』
ページが風に揺れ、新たな記述が目に入る。
『今日、彼女と祠の前で誓いを立てた。人と妖怪の世界の調和を、共に守っていくことを。この想いは、きっと時を超えて...』
「約束...」
二人の声が重なる。その瞬間、蔵の中に風が吹き込み、日記のページが一気にめくれる。
最後のページには、震える筆跡で記されていた。
『封印の儀式の日が近づく。これが最後の記録となるだろう。だが、私は信じている。百年後、必ず...』
文章は途切れていたが、その想いは確かに伝わってきた。
「ねぇ、千代ちゃん」
陽が静かに言う。
「私たち、きっとあの時も...」
言葉が必要なかった。二人の心には、確かな記憶が蘇りつつあった。
その時、蔵の外から風鈴の音が響く。と同時に、祠の方角から鈴の音が聞こえた。
「行きましょう」
千代が立ち上がる。陽も頷き、共に蔵を出る。
月詠は少し離れた場所から、その様子を見守っていた。
(始まりますね)
式神の言葉が、夕暮れの空に溶けていく。過去から未来へと続く道が、今、開かれようとしていた。
第8話 「前世の記憶」
夜の神社。月明かりに照らされた祠の前で、千代は静かに目を閉じていた。
(この感覚...)
風が吹き、風鈴が鳴る。その音と共に、意識が遠くへと導かれていく。
「そこにいたのね」
見覚えのある声。振り返ると、着物姿の少女が立っていた。
「あなたは...」
言葉が出かかった時、景色が変わる。明治時代の神社。そこには若い陰陽師の姿があった。
(私の...前世?)
記憶が、まるで霧の中から浮かび上がるように蘇ってくる。
「また妖怪が見えるって、怖がられちゃった」
少女―桜木家の巫女が、陰陽師に打ち明ける場面。
「怖がることはないわ。その力は、きっと意味があるもの」
優しく諭す陰陽師。その仕草が、どこか現在の自分に似ている。
場面が移り変わる。祠の前で、二人が向かい合っている。
「約束よ。私たちの力で、人と妖怪の世界を...」
言葉が途切れたとき、現実の声が響く。
「千代ちゃん?」
目を開けると、陽が心配そうに覗き込んでいた。
「陽...夢を見ていたの」
「私も」
二人の視線が重なる。
「同じ夢?」
「うん。祠の前で、約束を...」
言葉が途切れた瞬間、風が強まる。祠から淡い光が漏れ出し、二人の周りを包み込む。
「この光...」
まるで導かれるように、記憶が鮮明になっていく。
百年前の夏の日。幼い二人が祠の前で交わした約束。
「覚えてる?あの日...」
陽の言葉に、千代は静かに頷く。
「私たち、確かに約束したのね」
光の中で、過去と現在の記憶が重なり合う。
「妖怪が見える力は、特別なものじゃない」
「そう、それは大切な贈り物」
二人の言葉が、百年前の声と響き合う。
「だから私たち...」
「二人で守っていく」
その瞬間、祠の鈴が鳴り、境内全体が柔らかな光に包まれた。
「主様」
月詠が静かに姿を現す。
「記憶が、戻ってきましたか」
「ええ、でも...まだ全てではないわ」
千代の言葉に、月詠は小さく頷く。
「時が来れば、全てが明らかに」
「でも、これだけは確かよ」
千代は陽の方を見つめる。
「私たちは、決して偶然に出会ったんじゃない」
「うん。きっと、運命だったんだね」
二人の間で交わされる言葉に、月詠は穏やかな表情を浮かべる。
(百年の時を超えて、想いは確かに繋がっている)
夜風が吹き抜け、風鈴が再び鳴る。その音色が、過去と現在の記憶を優しく包み込んでいった。
第9話 「受け継がれる想い」
陽の家の蔵で見つかった古い箱には、丁寧に結ばれた紐が掛けられていた。
「お母様から、二人で開けるように言われたの」
陽が説明する。千代と共に紐を解くと、中から一通の手紙が現れた。
『百年後の、特別な力を持つ二人へ』
宛名を見て、二人は息を呑む。
「これは...」
「百年前の...」
手紙を開くと、優美な筆跡で綴られた文字が浮かび上がる。
『この手紙を読んでいるということは、きっと二人の魂が再び出会えたということ。そして、封印の真実に気付き始めているのでしょう。』
風鈴の音が、静かに響く。
『私たち二人は、人と妖怪の世界の調和を願い、大きな力を封印しました。しかし、それは単なる封じ込めではありません。』
千代と陽は、息を詰めて読み進める。
『その力は、正しき心を持つ者たちによって、新たな道を開くための鍵となるはず。だから私たちは、百年の時を超えて...』
その時、手紙が淡く光を放つ。
『幼き日の約束は、きっと運命の導き。二人の出会いに、深い意味があることを、どうか忘れないで。』
「幼い頃の約束...」
陽のつぶやきに、千代も記憶を辿る。
『陰陽師の血を引く者の導きと、妖怪を見る力を持つ者の純真な心。その二つが重なる時、新たな世界への扉が開かれる。』
手紙の文字が、まるで語りかけるように輝く。
「私たちに、できるのかしら」
千代の不安げな声に、陽が優しく手を重ねる。
「できるよ。だって...」
その瞬間、蔵の中に座敷童子たちが現れた。
「二人の想いは」
「確かに」
「繋がっているもの」
三姉妹の言葉が、空間に響く。
手紙の最後には、こう記されていた。
『私たちが果たせなかった夢を、どうか二人の手で。そして何より...』
文字が一層輝きを増す。
『二人の想いが、新たな奇跡を生むことを、心から願っています。』
読み終えた時、月詠が静かに姿を現す。
「主様、陽様」
式神の瞳が、深い光を宿す。
「先人たちの想いが、確かに受け継がれていますね」
千代は陽を見つめ、静かに頷く。
「私たち、きっと...」
「うん、一緒に」
二人の言葉が重なった瞬間、手紙が光に包まれ、まるで千年の星屑のように、美しく輝きながら消えていった。
残されたのは、確かな決意と、温かな想い。
「行きましょう」
千代が立ち上がる。
「うん、私たちにしかできないこと」
陽も決意を新たにする。
蔵の外では、夕暮れの空が黄金色に染まっていた。世代を超えて受け継がれる想いが、新たな物語を紡ぎ始めようとしていた。
第10話 「紡がれる絆」
夜明け前の神社。祠の前で、千代と陽は向かい合っていた。
「ここで約束したのね」
「うん、私たちの前世も、そして...」
「幼い頃の私たちも」
境内には、まだ朝もやが立ち込めている。その中で、二人の姿だけが不思議な輝きを放っているように見えた。
「千代ちゃん、私ね」
陽が、少し緊張した様子で言葉を紡ぐ。
「この力のこと、ずっと特別すぎて、時々怖かった。でも...」
千代の方へ一歩近づく。
「千代ちゃんと出会って、この力は決して孤独なものじゃないって、分かったの」
その言葉に、千代の胸が熱くなる。
「私も...陽と出会うまで、自分の力に自信が持てなかった」
風が吹き、風鈴が鳴る。
「でも今は分かるわ。私たちの力は、きっと...」
「うん、二人で使うべきもの」
言葉が重なった瞬間、祠から淡い光が漏れ出す。
「見えますか?」
月詠が静かに現れ、問いかける。
「はい...」
二人で答える。光の中に、確かな記憶が浮かび上がっていた。
百年前の陰陽師と巫女。
幼い日の約束。
そして、今この瞬間。
三つの時が、一つに重なり合う。
「私たちは、きっと...」
千代が言いかけると、境内の木々が一斉に揺れ動く。座敷童子たちが、こっそりと姿を見せる。
「始まるんだね」
「うん、新しい物語が」
「二人の手で」
三姉妹の言葉が、朝もやの中に溶けていく。
「主様」
月詠が、真剣な面持ちで進み出る。
「これからの道は、決して平坦ではありません。でも...」
式神の言葉に、千代は静かに頷く。
「分かっているわ。でも、私たちには...」
「うん、一緒に進む力がある」
陽が千代の言葉を継ぐ。
その時、夜明けの最初の光が、境内を照らし始めた。祠の鈴が、清らかな音を響かせる。
「新しい時が、始まりますね」
赤玉の狐が、静かに姿を現す。
「百年の時を超えて、二つの魂が再び出会い、そして...」
狐の言葉が、朝日に溶けていく。
千代と陽は、自然と手を取り合っていた。その仕草は、百年前の二人と重なり、同時に幼い日の純真な約束とも重なる。
「これからも、一緒に」
「ええ、どんなことが待っていても」
二人の言葉が、誓いとなって朝の空に昇っていく。
月詠は少し離れた場所から、その様子を見守っていた。
(百年の時を超えて紡がれた絆)
(そして、これから始まる物語)
式神の心の中で、静かな祈りが形作られる。
朝日が昇り、新しい一日が始まろうとしていた。
しかし、それは単なる一日の始まりではない。
二人の新たな物語の、真の始まりだった。
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