極小昔話【たびびとの蛇退治】

固定標識

喜劇

 むかしむかし、ある旅人が小さな村を訪れました。

 旅人は宿を探して村を歩き回りましたが、人っ子一人おりません。

 ようやくと見つけた村人に話を聴くと、隣の山に住み着いた大蛇が毎晩むすめを攫ってゆくので、誰もが怖がって出てこないとのことでした。

 その大蛇に大層憤慨した旅人は、腰の刀を天に高く掲げて、

「おれがその蛇を退治してこよう」 

 と言いました。

 村人たちは喜んで、旅人にご飯を振舞ったり、鎧を貸したりしました。

 夜が来ました。

 旅人は約束の通りに隣の山に赴きました。

 大蛇が住まうという沼に向かって、大声で叫ぶと、森が動いて大きな白蛇が現れました。

 たたかいと同時に上げられた二つの叫び声は、村まで届きました。

 村人たちは、ゆうかんな旅人の無事を祈り続けました。


 夜が明け、太陽が昇ってしばらくすると、村に旅人が降りてきました。

 旅人は大蛇を退治したことを告げると、その場に倒れ込みました。

 おどろいた村人たちに介抱されながら、自分が長くないことを悟った旅人は、みんなに向かってこう言いました。

「おまえたちは、もう心配することはないし、おれが何かしてくれと頼むこともない。ただ、ひとつ聞き入れて欲しいことがあるとするならば、決しておれのことは後の世には伝えないでくれ。ほこらしき武士が、いくさばでもない山で蛇と相打ちとは情けなくって涙が出る」

 それだけ言い残すと、旅人は目を閉じました。

 旅人の言葉の通り、その日の夜から蛇が現れることはなくなり、村はいつまでも平和に続きましたとさ。



 ──────────・・・



【たのしい日本のむかしばなし】と銘された分厚い本を閉じると少年は笑った。

「あー面白かった!」





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