バレンタインに好きな子をデートに誘ったら脈ナシだった
悠木りん
前編
「お、
約束していた駅前広場に着くと、スマホを弄っていたピンクと黒のグラデーションの髪色の女子がひらっ、と手を振ってきた。爪先を彩るネイルもピンクとダークチェリー色で、いかにもバレンタインって感じだ。
「
「ぜーんぜん! むしろあたしが楽しみ過ぎて早く着いちゃっただけ!」
「マジ? わたしも走ってきたんだけど!」
「時間ギリギリだったからな、それは?」
「それはそう! ごめーん!」
「いやだから大丈夫だって!」
美里華が、にへっと笑うと、ピンクのリップを塗った唇の隙間からちょこっと八重歯が覗く。鼻筋がすっと通って、目許も涼しげな美人顔な美里華だけど、笑うと幼くなるその表情がわたしは大好きだった。
同じ学部の美里華とわたしは、大学一年の頃からずっと一緒にいる友達だ。
「じゃ、早く行こっか!」
「ん! 奈留が言ってたカフェってどっち?」
「こっちこっち!」
「おけー!」
予約していたカフェに向かって歩き出すと、美里華は肩をぶつけるようにしてくっついてくる。
「ちょっと、歩きにくいんだけど!」
「いや、ずっと外で待ってて寒かったからさー」
「うわ、それはマジでごめん! ――あ、わたしカイロ持ってるからあげるよ!」
慌ててコートのポケットからカイロを取り出して、ひんやりとした美里華の手に載せる。
「えー、そしたら奈留の手が冷えるくない?」
「いいっていいって!」
ちょっと困ったようにカイロを掌に載せていた美里華だったけれど、ふいにいいことを思いついたみたいに「あ、じゃあさじゃあさ!」と声を上げる。
「こーしたら二人で温まれるくない?」
「えぇ⁉」
カイロを持った左手を、美里華はそのままわたしのコートのポケットに突っ込んできた。ぎゅ、とカイロ越しに手を握られ、わたしの体温は一気に上昇する。
「どう? いいっしょ、これ?」
「……い、いいかも」
にっ、と笑って言う美里華の顔を直視できず、わたしは微妙にそっぽを向いて答えた。
ホントは『いいかも』どころではない。
ポケットの中で手ぇ繋ぐとかさ、そんなの……。
「――すぎる……」
「え、奈留、なんか言った?」
――めっちゃ良すぎるに決まってるんですけど⁉
だって! わたし、美里華のことが好きなんだから!
あ、ちなみにこれはライクじゃなくてラブの方ね? なのにいきなりこんなことされたら顔にやけるんだが? マジで可愛いなこいつ! 無理! しんどい!
「……な、なんでもないよ?」
「そ? んじゃ、このままカフェまで行こーぜ!」
わたしのコートのポケットに手を入れたまま、美里華はひし、と体を寄せてくる。アウターの分厚い生地越しだったからなんとか耐えれたけど、季節が違ったらアウトよ、これ? わたしの理性が。
もうずっとずっと好きで、でも仲のいい友達でやってきたからこそ告白もできなくて、ずるずると今の『一番仲のいい友達』というポジションに甘んじてきた。
だからこそ今日――二月十四日の、いわゆるバレンタインに彼女をデートに誘ってみたのだけれど――
「いやでも信じらんないんだけど!」
ふいに、我慢ならないというように、美里華は声を荒らげる。
「え、何が?」
「何がって、奈留の話でしょ! 奈留の好きな相手のこと!」
好きな相手、と当の本人から言われ、どきん、と心臓が跳ねる。でも、続く彼女の言葉に、わたしは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「奈留のことフるなんてさ! マジで見る目ないよね!」
……そう。美里華は、わたしが好きな相手が美里華だと知らない。その上、彼女の中ではわたしが失恋したことになっている。どういうこと?
「まあでもさ? ぶっちゃけこうやって女同士で美味しいもの食べに行っておしゃべりすんのが一番楽しくね? あたしはそう!」
カラッとした笑顔を向けてくる美里華は、どこまでも真っ直ぐで、友だち想いで、そして――
「……うん! だよね!」
はちゃめちゃに鈍感なのだった。
*
事の発端は同じ学部の女子で集まってした恋バナだった。
誰かが「バレンタインにデートに誘ってみるんだ」と言って、ひとしきりその話で盛り上がった後、次の講義の教室に美里華と並んで向かっていた。
その時のわたしは、みんなの甘やかな恋バナの空気に当てられたのか、妙に浮ついていて。
だからつい、ガラにもないことを言ってしまったのかもしれない。
「……わ、わたしもバレンタイン、頑張ってみようかな~」
「えっ!」
なんて……と薄っすら濁した言葉尻に被さるように、美里華はぐりん、とわたしの方を見て叫んだ。
「奈留、好きな人いたの⁉」
「え、あ、うん」
食いつきっぷりが予想以上で、わたしはまごつく。目をまん丸に見開いてショックを受けた顔をする美里華には、冗談っぽくでも「美里華のことだよ♪」なんて言えそうな雰囲気ではなかった。
「えー、マジか……全然知らんかった……え、他に知ってる人いるの?」
「え、いや、……う~ん」
「いるの⁉」
「わたしから話したわけじゃないけど、なんか知ってる人は、いるかも……」
「えぇ⁉」
「というか、同じ学部の女子はだいたい知ってるっぽい……」
「は⁉ なんであたしだけ知らないん⁉」
「さ、さぁ……」
わたしの一番の友達は美里華で、相談事があればなんでも美里華に打ち明けていたけれど、さすがに「ねー美里華ー? わたし美里華のこと好きなんだけどさー、どうすればいい?」なんて本人に言えるわけもない。なので必然、自分一人の胸に仕舞っておくしかなかったのだけれど、なぜか周りの子たちには「奈留は美里華のことが好き」というのは周知の事実らしい。は? 仕舞っておいたもの勝手に見るのやめてくれない? という気持ちはあるんだけど、聞けば『奈留はわかりやすすぎ』とのこと。そんなぁ……。
「えー……それって、あたしも知ってる人? 奈留の好きな人って」
「知って……やー、……まぁ、知ってはいる、か……?」
「まじぃ⁉ だれだれだれだれ⁉」
「う、うるさ……!」
こんなに詰められるなんて思ってもいなかったから返答に窮していると、美里華は頭を抱えて大きなため息を吐いた。そんなにショック?
戸惑いつつも、でもこんなにショックを受けてるってことは、わたしに恋人ができたら嫌ってことで――え、つまりこれって脈アリってこと? これマジで告白したらいける?
……なんて、変に浮かれて突っ走ってしまったのが間違いでした。
「はぁ……じゃあ奈留はその好きな人のこと、バレンタインにデート誘うんだ?」
「う、うん、そうしよっかなって」
どこか拗ねたようにそう言う美里華に、内心(こ、こいつめちゃめちゃ嫉妬してない? 可愛すぎか~~~~~⁉)と思いながら、わたしは帰って速攻バレンタインスイーツの美味しそうなカフェを探した。美里華は甘いものが――特にチョコ系のスイーツが好きだから。
そうして満を持して――でもなかなか勇気が出なくて、バレンタイン前ギリギリに美里華へデートの誘いのメッセを送った。
けれど、ぶぶ、と即レスで返ってきた返事に、わたしはしばし固まった。
『え⁉ 奈留、フラれたん⁉』
……? え? なん……どういうこと……?
予想外の返しに脳がフリーズしていると、ぶぶ、ぶぶ、と追い打ちのようにスマホが震える。
『好きな人のこと誘うって言ってたのに……』
『断られちゃったから「じゃあ友達と行くか」ってことじゃないの?』
「あ、あぁぁ…………」
ようやく美里華の思考に追いついて、わたしの口からは情けない呻き声が漏れた。
美里華はこれっぽっちも思っていないのだ。
わたしの好きな人が美里華だ、なんて。
「……はぁ~~~~、マジで独り相撲……ってか脈ナシ過ぎて笑うわ……」
何を浮かれていたんだろう、わたしは。
だってそれって、美里華にとってわたしは絶対にそういう相手じゃない、ってことだ。ちょっとでもわたしのことを恋愛的に意識していたら、そんなふうに思わないだろう。
わたしに好きな人がいるって知ってショックを受けていたのもきっと、一番仲のいい友達なのに知らなかった、っていうのがショックだっただけなのに……。
「……あぁ~あ。もう、いっか」
わたしは美里華にとって友達でしかない。
そう思い知らされてしまったことで、美里華の勘違いを訂正することもできず。
だってこんなの、告白する前からフラれてしまったようなものだ。
結局、わたしはなあなあに話を合わせてしまい、『バレンタインデートの誘いに失敗した可哀想な女』として、美里華とバレンタインデート(友達同士で遊ぶことをそう呼ぶやつ)をすることになったのだった。
現実って、あまりにも酷すぎる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます