恋に焦がれて焦がされて

磨白

恋に焦がれて焦がされて

アツい、熱い、熱い、熱い。


特に被害が深刻なのは夜だった。

芯から燃えるような、耐え難い熱。それが毎夜毎夜私を襲った。


パッと火花が散って服に燃え移ってしまうような気がして、

私は急いでお風呂場に向かった。


服を脱ぐこともせずに、シャワーの蛇口を捻って水を浴びる。

冷たい水は私の体の熱を冷ますのと同時に、

必要以上に私の思考の熱を奪ってしまう。


「私、何をしてるんだろう……」


そんなどうしようもない抱えきれない疑問が、私の口からこぼれ落ちて、水と一緒に排水口に流れていく。


服の袖を捲くると無数の小さな火傷痕。


もう限界だった。そろそろ、潮時かもしれない。

















「えー!!!先輩がこと好きなの!?」


「ちょっと、春姫。声大きいって!」


次の日。私は親友の春姫に初めて自分の好きな人について相談することにした。


迷惑をかけたくないと思って黙っていたが少なくとも私よりは春姫のほうがこういったことについては詳しいはずだった。


春姫は私の言葉なんて聞こえていないかのように、感慨深そうに目を瞑り、


「あの由実がねぇ……」


としきりに呟きながら頷いている。


「私だって、年頃の女の子だし、好きな人くらい出来るよ〜」


「そういうセリフって自分で言うもんじゃないと思うけどね」


そう言うと、春姫は体全体をこちらに向け、身を乗り出した。


「それで、いつから好きなのさ!進展は?一緒に帰ったりした!?」


「え、えっと……!っちょ、春姫近いって!、話す、話すから離れて?」


肩を持って揺すらんとする勢いで聞いて来る春姫を手で静止し、

取り敢えず離れさせる。


……春姫ってこんな恋バナ好きだったんだ。

小学生からずっと一緒にいたけど知らなかった新事実である。


こんなに盛り上がるなら、教室じゃなくで別のところで話せばよかったな、と若干後悔しつつ、質問に答える。


「そんな、期待されてるような関係じゃないよ。

私の一方的な片思いだからさ……。

好きなのは半年前くらいからかな……?」


と話すと、さっきまでの春姫とは違う真剣な眼差して私を見つめてきた。


「……ねぇ、それって大丈夫なの?」


「え?」


「いくら由実とはいえ、わからないわけじゃないでしょ。ちょっと腕見せて」


「え、でも……」


「いいからさ、ね?」


春姫の語気が少し強くなる。

いつも笑顔な春姫がこんな顔をするなんて……、初めてだ。


それだけ本気で心配してくれているのだろう。


そんな彼女にだからこそ、私は無駄に心配をかけたくなくて、見せたくなかった。

でも、ここまで言ってしまったんだ。

見せても見せなくても、察してしまう。なら見せた方がいい。


私はそう決心して、袖を捲った。


自分で見ても顔を顰めてしまうような複数の火傷跡。


それを見ても春姫は目を逸らすことなく私に言った。


「辛かったね、こんなに火傷になるまで我慢して。

燃え移ったりはしてないの?」


「すぐにシャワーの水で消火してるから今のところは大丈夫」


「そっか、でも寝てる間に燃えたりするかもしれないし……どうにかはしないとね」


「え、でも、寝てる時は先輩のこと考えないし、大丈夫だと思うよ?」


「夢にでも出てくるかもしれないでしょ?」


「あ」


そう言われて私は忘れかけていた、昨日の夢の内容を思い出した。


あの時は確か……。


「ちょっとストーップ!

なんでか知らないけど顔赤くなってる!ここで燃えたらどうするの!?」


そう言われて私は正気を取り戻した。

勢いよく首を横に雑念と熱を振り払う。


「ご、ごめん……」


「大丈夫だよ。でも、これは早く解決したほうが良さそうだね」


「そうだね、家族にも迷惑かけちゃうし……」


「本当は伝えられるのが一番いいんだけど……」


そう言って春姫が私の目を見つめて来るので私は全力で首を横に振る。


「ま……、そうだよね。できたら私に相談してないか」


そうして私達は二人で頭を悩ませる。

暫く無言の時間が続くが、互いにいい方法は何も思いつかなかった。


「はぁ……、いっそのこと忘れられたらなぁ」


そんな都合のいいことは……


「出来るよ」


「え?」


「いや、だから忘れられるよ?恋心」


思ってもいない返答に目を丸くする私を、春姫は呆れた目で見つめている。


そして大きなため息をついた後、「ま、由実だし。しょうがないか」


とそう失礼なことを言うと、春姫は小さなポーチから小さな錠剤を取り出し、私に渡した。


「これは……?」


「恋心を消す薬。これを飲めば、恋で溜まった熱を外に放出できるの。」


「そんな便利なものが……!」


これで私は恋に振り回される生活から脱出出来るのか。


思ったより呆気なかったが、これで苦しい思いはしなくて済むんだ……。


「でも、いいの?」


「え?」


言葉の意味が理解できない私に、春姫はゆっくり、諭すように話し出す。


「それを飲むと本当に恋心はなくなってしまう。

今まで当たり前に感じていた、痛むほどの恋も。

熱いほどの光も全部。全部。由実はそれでも後悔しない?」


「……」


「今の思いを何も思い出せなくなったとしても。

本当に大丈夫なの?」


間を置いてはっきり私は答える。

もう答えは決まっていたから。


「……うん、大丈夫だよ。私は大丈夫」


強がりを言っているわけじゃなかった。

実際、叶わない恋に身を焦がすのは辛かったのだ。

どうせ私じゃ釣り合わない。それは知っていたから。


それでも燻っていた恋だったから。


だから、春姫に相談した時点で、捨てられるものならば捨てるつもりでいた恋心だ。


今更、悩んだりしない。そう……。


「やっと、終われる」


「……そっか。じゃあ、その薬は由実にあげるよ。

飲んだ後は身体が冷えるから暖かくするんだよ。それと、後悔しないようにね」


「うん、ありがとう」


















家に帰って私は早速薬を取り出した。見た目はただの白い錠剤。

でも、今の私に取っては一番の特攻薬だった。

ネットで調べてみると、春姫の言った通り飲んだ後は寒気に襲われるそうだ。


布団は眼の前にあるし、明日は休みだ。

もし、最悪風邪を引いても大丈夫だろう。


一度深呼吸をする。心を整える。

その後で、私は息を吐いて口に水を含んだ。


そのまま上を向いて、薬を口に……


「熱っ!」


その瞬間、腕が熱を帯びる。あの、痛くて鋭い痛み。

私は思わず薬を床に落としてしまった。


「……もういっかい」


私はすぐに薬を拾い上げて、もう一度同じことをした。


一度ではなく何度も。それでも結果は同じだった。


何度も何度も何度も。私の熱が、恋心が。

否定した、忘れさせてくれなかった。


「ふざけないっで!!!」


自然と涙が溢れる。私はこんなに弱かっただろうか?

覚悟はどうしたのだろうか。


忘れたいんじゃなかったんだろうか。


死ぬと分かってて、火に向かっていく夏の虫のように。

私は魅せられてしまったのだろう。


恋という火に。


自然と涙が溢れる。

いっそ、このまま、焼けて死ねればいいのに。


そこで私はやっと春姫の言っていた意味がわかった。


「後悔しないように」


どうせ忘れる恋心だ。

後悔のないように、そう。

後悔のないように……。大丈夫だ、今なら怖くない。


私はスマホを手に取り、電話をかけた。


「もしもし、先輩。夜遅くにすいません」















「そっか、結局先輩と付き合えたんだ」


夜、心配になって由実に連絡しようかと悩んでいたところに由実からの連絡あった。


電話で告白して、成功したようだ。


「後悔のないようにとは言ったけど、まさか本当に成し遂げちゃうとはね」


私の親友は案外行動力があるみたいだった。


「えーっと、【良かったじゃん!流石由実!】っと」


そう送るとすぐに返信が返ってきた。余程嬉しかったんだろう、スマホの前で私から返信が来るのを待っていたに違いない


【春姫のおかげだよ!ありがと大好き!!!】


「【私も…」


と、そう送ろうとしたのにスマホを落としてしまう。はぁ、熱い。最悪だ。


「私もどうにかしなくちゃな」


ただでさえ叶わない恋が、今日でもっと叶わなくなってしまった。

    

自分の腕を見る。火傷痕でボロボロの腕を。

アツい、熱い、熱い、熱い。


もうどうにもならないのだ、応援すると決めた。

大好きな彼女とは友達のままで居ると、そう決めた。

    

……だから忘れなければ。

燃やし尽くさなければ。恋心を。

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