第25話 大魔王様、対策を打つ

 城塞都市の前に現れた流民たちの受け入れは、驚くほどにスムーズに進んだ。

 これはオレではなく我が臣下たちの手柄だ。オレが難民の受け入れを表明した時、セレン、イーグレット、アルセリア、長老の四人は全く反対せずに、むしろ、自ら使命感を持ってことに臨んでくれた。


 それに、状況もオレたちに味方していた。

 この城塞都市にはもともと数千人の兵士が常駐していた。彼らの住居を流民たちにあてがうこともできたし、食料も数年分が貯蓄されていたので配給もいきわたった。


 これも前回の戦いでほぼ無傷で城塞都市を手に入れることができたおかげだ。

 やはり、オレには幸運が味方している。運が味方するのはラスボスの最低条件。絶望的な状況でも偶然が作用し最悪の状況からでも逃げ延びるのだ。


 シナリオの都合でそうなる場合もあるだろうが、それはやはり、ラスボスの普段の行い、その強い信念が運を引き寄せるのだとオレは確信している。


 岩石オークたちの反応にしてもそうだ。

 彼らはこの街の鉱山で強制労働に従事させられていたが、にもかかわらず、人間への憎悪を抱いてはいなかった。


 セレンが言うには彼ら岩石オークは生物と鉱物の合間の精神性を持つ。強制労働における鉱石採取の制限や指定には辟易しており、解放を望んでいたものの、怒りや憎しみにまでは至っていないかったとのこと。これはこの城塞都市を治めていた勇者が比較的良心的な統治をしていたおかげでもあるだろう。


 ……ほかの種族や町ではこうはいかない。魔族と人間を融和させるとまではいかないが、少なくとも両方混ぜて統治できるようになる方法論は早いうちに確立しておかねばなるまい。最終的には、この世界の全てがオレの支配地になるわけだしな。


 心配なのは、今回迎え入れた人間たちの方だが、しばらくは問題ない。というか、そんな余裕はない。衣食住が揃って生活が安定するまでは、同居人のことなど後回しだ。


 無論、そうなってからもただで我が支配地に住ませるつもりはない。税か、それに代わる賦役ふえきは課させてもらう。まあ、それも生活基盤が安定してからの話ではあるが。

 せっかくの労働力だ。きちんと活用せねばならない。仕事の口はたくさんあるが、それを適切に斡旋するにはそのための部署も必要となる。

 

 幸いにも、オレの眼から見てもセレンは内政関係に素晴らしい才能を秘めている。オレが少し補佐してやれば、すぐに内向けのことは彼女に任せておけば安心できるようになる。


 それより、今考えるべきは流民たちを生んだ『原因』についてだ。

 セレンが流民たちから聞き出した『魔物使い』の存在。それが事実であるなら、対処が必要だ。


 人間界に百人単位で存在する超人種『勇者』の中でもさらに強力なものは『二つ名』で呼ばれる。


 これは原作にもある設定だ。事実、物語内でも主人公が二つ名を得るという展開もあった。

 マイソロジア2においては『聖剣』、初代マイソロジアでは『始祖』、そして、3においては『天命』。それぞれにその物語に即した二つ名が与えられた。


 二つ名を得るには実力と実績を兼ね備えていなければならない。つまり、二つ名で呼ばれている時点で相当な実力者ということになる。

 その二つ名持ちの一人が流民たちが済んでいた『ベルダ』の街を襲撃した『魔物使い』だ。


 そんな二つ名持ちの勇者は本編では登場していなかったが、許し難い存在だ。

 だって、なんか勇者なのに敵であるはずの魔物を率いているなんて、ラスボスっぽい。オレはオレ以外のラスボスは許さない。なんとしても対決して、ラスボスとしての格違いを教えてやらないとな。


「――陛下」


 昼間、城のベランダで街の賑わいを眺めながらそんなことを考えていると、イーグレットが話しかけてくる。

 

 彼女のほうに向きなおると、少し疲れた顔をしていた。

 それも当然か。イーグレットとその配下の騎士たちにはこの三日間、城塞都市全体の治安維持を任せている。岩石オークたちが人間に関心がないとはいえ、人間間での揉め事がなくなるわけじゃない。そこら辺をきちんと管理しておかないと、ろくなことが起きないのは歴史が証明している。

 

 そういう意味では、治安維持を担っているイーグレットは一番の重責を果たしていると言っても過言ではない。


「時にイーグレット。そなた、なにか望むものはないか?」


「わ、わたくしの望みですか……?」


「うむ。そなたはよく働いてくれている。王としてそれに報わねばと思ってな」


 イーグレットの様子からして、緊急の要件ではなさそうなので、まずは軽い雑談から入る。

 イーグレットの忠誠心に疑う余地はないが、信賞必罰は世のならいだ。きちんと働いたものが褒美を受けなければ下のものに示しがつかないし、士気も下がりかねない。


 なにより、きちんと礼をしないことにより貢献するのが当たり前になるのは良くない。

 イーグレット本人とってもそうだし、オレにとってもそうだ。ラスボスは傲慢でもいいが、献身や忠誠は無条件で得られるなんて程度の低い勘違いは不要だ。


「わたくしは、陛下の騎士ですわ。忠誠に見返りを求めることは、騎士としての矜持に反します。陛下のお言葉は、その、とても嬉しいのですが……」


「そなたらしい答えだ。だが、無欲に過ぎる。それに忠誠への見返りではなく、そなたの働きへの褒美だ。余がそうしたいと望んでいるのだ。ないならないで、何か考えよ」


 あまりに想定通りの答えだったので、少し無茶ぶりをしておく。

 イーグレットの高潔さ、謙虚さは美徳であり、オレの愛するところでもあるが、彼女には人の上に立っもらわないといけない。その時のためにも、イーグレットは『欲』を口にできるようになっていてほしい。


 理想や思想も人を動かす追い風となるが、より分かりやすく原動力となるのはやはり『夢』だ。

 夢とは言ってしまえば、欲の極致。己の欲を自覚すれば、おのずと夢も定まる。


 オレの場合は、世界を思うままにしたいという欲がある。ゆえにラスボスを目指した。そういう過程をイーグレットにも踏んでほしいのだ。


「わたくしの、欲しいもの……でしたら、その、陛下、一つよろしいでしょうか?」


「申してみよ」


 もう少し悩むと思いきや、割とすぐに、イーグレットが言った。

 欲しいものと『望み』は必ずしもイコールではないが、取っ掛かりにはなる。それに、これだけ働いてくれているんだ、オレがあげられるものならば渡してやりたい。


「お、お褒めの言葉を戴きたいのです」


「…………それだけでよいのか?」


 少し拍子抜けだが、最初はこんなものか。

 オレとしては機会があるごとにイーグレットも含めて臣下たちを褒めちぎっているつもりなのだが、まだ足りないらしい。


 確かに、オレの情熱は普段の会話だけでは伝えきれないか。


「よくやった、とそうお言葉を戴ければ、このイーグレット、あと千年でも全力で戦えますわ」


「よかろう。では、いくぞ」


「は、はひ」


 正面から向き合うと、イーグレットが息をのむ。完全に肩に力が入りすぎてがちがちだが、この際それは良しとしよう。


 イーグレットは我が騎士であり、いずれは大将軍として大魔王軍を率いる優秀な人物。褒めても褒めても褒めたりない。


「イーグレットよ、そなたは美しい。鍛え上げた肉体も、顔立ちも、そして、魂も。そなたの忠誠と献身は我が宝だ。そなたを得たことは、我が人生最大の幸運の一つといえよう。よく働いてくれている、感謝しているぞ」


「へ、陛下……!」


 まだまだ序の口なのだが、イーグレットは瞳を潤ませて蕩け切った顔をしている。どうやら褒め言葉が効果を発揮しすぎている。


 前世でもこういうことがよくあった。

 オレが褒めたり、慰めたりするといつもオレが意図していたよりも相手が元気になったり、張り切ったりするようになる。


 いや、それ自体はオレのカリスマ性の発露ではあるのだが、こう、予想できない結果を招くことがあるのでそこは困りものだ。

 学生時代に刺されたのも、今思えばこれが遠因だ。心をわしづかみにしすぎたせいで無用な勘違いを生んでいた。


 実際、今、イーグレットはだいぶトリップしている。オレを見つめる目は熱に潤んでいるし、口角が上がっている。普段の凛々しさは姿を消して年相応のかわいらしさが前面に出ていた。


 いや、かわいいのはいいのだが、強烈な感情というのは不安定な爆弾のようなもの。少しの刺激で爆発しかねない。


 ……気を付けないとな。今世の方が肉体的にはるかに頑丈とはいえ、だからといって刺されるのはごめんだ。

 まあ、イーグレットの場合は恋心ではなく忠誠心だし、そうすぐに刺されたりはしないだろが……、


「陛下……もっと、もっと、くださいませ」


「それで、イーグレットよ。報告があったのではないか?」


 恍惚としてきたので話を切り替える。もともと何か報告があってきたのだから、いつまでも別の話に興じているわけにもいかない。


「はっ! そ、そうでしたわ、わたくしとしたことが……」


「よい。それで、報告はなんだ?」


「人間どもについての調査の件の報告に参りました」


 ほう、と関心を示すオレ。空振りに終わった場合は報告しなくていいとも命じておいたから、何か成果があったのは間違いない。

 

「陛下のおっしゃる通り、流民の中にはかなりの数の元兵士が混じっております。皆、最初は身分を隠していましたが、陛下のお言葉を伝えたところ、恐る恐る名乗り出てまいりました」


 その調査の内容とはずばり『流民の身元調査』。彼らがここに来る前に何をしていたか、あるいは、どのような家族構成かなどを治安維持と並行してイーグレットに調べてもらっていたのだ。


「やはりか。怪しいものはいたか?」


「いえ、陛下のおっしゃったとおりでした。皆、敗残兵です。奇襲を受け、どうにか逃げ出してきたものと推察いたしますわ」


 ふむ、分かっていたことだが、これで安心材料が一つ得られた。

 スパイや破壊工作のための伏兵を忍ばせるのに群衆ほど適した隠し場所はない。全員が全員がそうとは言わないが、どれくらいの人間が別の意図をもって城内に入ったかは統治者としては把握しておく必要がある。


 この調査の目的の一つがそれだ。

 無論、これですべての工作員をあぶりだせたとは思っていないが、ひとまずのところは問題ないだろう。


 それに、調査の目的は一つだけじゃない。


「よろしい。使えそうなものはどれほどいる?」


「100名ほどは動けるかと。信用できるかは別ですけれど」


 流民の総数は4000人と少し。そのうちの4分の1が兵士だとして、怪我の軽いもの、消耗の少ないものがさらに10人に1人、か。

 まあ、敗残兵としてはこんなものだろう。むしろ、それだけの数が動けるというのは助かる。


 彼らを受け入れた目的の一つは労働力だ。

 特に今必要なのは大魔王城と城塞都市を守る兵士。例の魔物使いに関しての対策は急務であり、多少の無理はしなければなるまい。


「この際、信用は後に回す。こちらの話には乗ってきそうか?」


「……大半のものが家族連れですので、否応なく従うかと」


 イーグレットの表情がわずかに曇る。

 それも当然か。彼女のような高潔な騎士にしてみれば相手の弱みに付け込むような形で兵士を徴用するのは主義に反する。


 だが、きっかけなんてものは大抵はその程度のものだ。高潔な目的意識や使命感なんてものはそうそう抱けるものではない。それこそ、オレのようなラスボスでもなければ。


「イーグレット。これは余の命じたこと。そなたが気に病む必要はない」


「……いえ、陛下。気に病んではおりませんわ。このイーグレットは必ずや使命を果たします」


「そうか。ならばよい。例の『魔物使い』についてはどうだ?」


 そう胸を張るイーグレットを頼もしく思いつつ、調査の目的の3つ目について尋ねる。

 大まかな話はセレンが聞き取ってくれたが、個別に話を聞けばまた別の情報を得られるかもしれないと『魔物使い』についての聞き取りもイーグレットに頼んでいたのだ。


「そちらの方は残念ながら……襲撃を受けたのは夜とのことで、わけもわからぬまま逃げてきたというのが実情のようです」


「裏切りに、奇襲か。あるいは突発的な事件ということもありうるが……それはおいおい明らかにするほかないか」


 こればかりはオレたちでもどうしようもない。おおまかとはいえ脅威の存在とその名称が明らかになっているだけでもありがたくおもうべきか。


 何はともあれ、備えはしておかねばなるまい。


「陛下。その件に関連して、一つ問題があるのです」


「聞こう」


「はい。襲撃に際して街の首脳陣の大半が殺害されたようで、現在、人間どもには指導者がおりません。これではいずれなにか問題が起きかねないかと」


 指導者、つまり、まとめ役の不在か。想定はしていたが、確かに問題だ。


 まとめるものがいないということは流民が集団としての意思統一をはかれないということになる。

 はっきり言ってしまえばとてもめんどくさい。全員がまとまって意見や要望を出してくるのなら楽だが、2000人がバラバラに文句を言いだした場合、対処のしようがない。


 こちらからまとめ役となる人材を用意してもいいが、やはり、魔族では反感を買う。何かいい手はないものか……、


「……あの老人はどうした? セレンと言葉を交わした者だが」


「かの老爺は疲労で寝込んでおります。無理がたたったのでしょう。しばらくの間、わたくしが代わりを務めてもよいですが……」


「いや、余に考えがある。ご苦労だったな、イーグレット。よくやってくれた、素晴らしい働きだ」


 ついでだがそう労をねぎらうと、イーグレットはおおげさに「はい」と頷き、目を輝かせる。

 なんだか大型犬に懐かれているような気分になるが、大きく間違ってはいないだろう。


 ……人間たちのまとめ役については、1人心当たりがある。

 そいつに押し付けるメリットもあるし、彼女の心を手に入れるための一押しにもだろう。


 勇者には勇者を。さて、オレの説得の手腕の見せ所だ。


――

あとがき


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