第23話 大魔王様、侵攻再開

 結局、この時『聖剣の勇者』はオレの勧誘を断った。 

 自分は勇者であり、決して魔王の配下になどならないと断言した。この時ばかりは彼女の瞳にも意志の光が宿っていた。


 だが、その光が揺らいでいることもオレは見抜いている。

 聖剣の勇者には後ろ盾がない。この大魔王城への単身特攻も半ば、自棄になってのものだ。どうやって100年間も年をとらずにいたのかまではわからないが、それは間違いないし、彼女自身も自分の現状を理解している。 抑うつ状態に陥っているのもこれが一因だ。


 なので、一度は断られはしたものの、ラスボスはめげない。『勇者闇堕ち計画』は順調に進行中だ。遠からぬうちに、聖剣の勇者は我が配下に加わるだろう。


 というわけで、次は大魔王軍全体の次なる方針を定めねばならない。

 岩石オークの協力によって、城の修繕も行程以上に早く進んでいる。三日後には全体のうち三割が修復を負えるだろう。


 そこで考えるべきは、次にどこに向かうか。それを決めるために、勇者の襲撃から三日後の夜、オレは玉座の間にて作戦会議を開催した。


 現在大魔王城が位置しているのは魔界の北東領域にある辺境地帯だ。

 この地域は、ここ百年は赤鱗王の変化した巨竜の存在によって比較的大きな紛争が発生せず、目立った『軍閥』もなく『人類同盟』の拠点もオレたちが陥落させたこの城塞都市のみだった。


 皮肉な話ではあるが、竜人族の村に脅威を及ぼしていた巨竜はこの地域全体には平和をもたらしていたのだ。


 一方で、ほかの地域はそうはいかない。


「――改めて申し上げますが、現在の魔界ではさまざまな勢力が覇を競っております」


 長机の上に置かれた地図を指さしてイーグリットが言った。

 地図の右上には城の形をした駒が置かれており、大魔王城の位置を示している。そのほかにも地図のあちらこちらに様々な形の駒が配置されていた。


 これはイーグリット、アルセリア、セレンの三人、それと岩石オークたち、それら全員から聞き取った知識を地図上に配置したものだ。

 おかげで、今の魔界の状況を視覚的に理解できる。新しく戦略を練るのにこういう分かりやすさと情報の整理は重要だ。


「かつての魔王軍の残党、その多くは独立し、それぞれに勢力を形成しています。彼らの中には他勢力と同盟関係を結んでいるものもいますが、基本的には対立しあっているとお考え下さいませ。いずれは征伐せねばなりません」


「承知している。特に争いの激しいのはどこだ?」


「魔界の中央部『白夜平原』周辺かと。この周囲には現在の魔界でも最大規模の勢力が集中しておりますので」


「であるか」


 白夜平原に関しては原作にもあった地名だ。

 たしか、常に白い光に照らされた場所で、魔界随一の穀倉地帯でもある。


 こういった沃野よくやが争いの中心地になるのはよくあることだ。古代中国における中原などがいい例だろう。逆に考えれば、そういった場所を支配することができれば、いっきに覇権へと近づく。


 もっとも、現状の我々ではその中央部の争いに関与することは難しいわけだが。


「ほかはどうだ?」


「東の海岸一帯も係争地だと聞いています。こちらの場合は『海の氏族』が『人類同盟』に対して頑強に抵抗していますわ。あとは、南東部の『樹海』、北部の『大連峰』などはまた別の意味で危険地帯となっております」


 イーグレットの解説のおかげで、現在の魔界の状況が明確にイメージできる。事前に想定していた部分と一致する箇所もあるが、より混沌としているようだ。

 いくつかの地名にはオレも聞き覚えがある。特に強力な魔物が群生する樹海に関しては『マイソロジア3』でも難所の一つだった。

 

「目下のところ、その中では我ら大魔王軍は小勢力といわざるをえません。大魔王様とわたくしという戦力こそございますが、やはり、兵の数が足りませんので……」


 遠慮がちにオレに視線を送るイーグレット。忖度は不要だとオレも目線で返す。

 イーグレットは本日付で我が大魔王軍の軍司令官に就任している。我が軍の軍事作戦の立案、指揮、実行の実験は彼女にあり、大魔王であり最高権力者であるオレも彼女の意見には必ず耳を傾ける。


 であれば、遠慮や忖度は一切不要。あくまで冷徹に事実だけをもって方針は決定されるべきだ。


「イーグレット。我が騎士よ。そなたの存念を述べよ。我らはいかにして戦うべきだと、お前は考える」


「は! この地図上に置かれた駒は判明している人類同盟の拠点、各大勢力の位置を示したものです。ですが、この地図上には示されない小勢力が各地には点在しています」


「ふむ。そなたの村のようなものか?」


「はい。先王亡き後も我が故郷のように魔王への忠誠を維持しているものもおりますし、種族の誇りとしてどこかに与するを良しとしなかった者たちもおります。他にも理由は様々ですが、独立を維持している集落は決して少なくはありません。まずはそれらの小勢力を糾合し、我らの勢力圏を確立すべきかと」


 なるほど。イーグレットらしいよく練られた策だ。


 確かに今の戦力ですでに地盤を築いているほかの軍閥と正面切って戦うのは厳しい。よしんば戦って相手を倒せたとしても、占領地を維持するには結局は数の力が必要になる。

 その数を補うために、まずは各地の独立勢力と接触しとりこんでいく。そうすることで確固たる勢力基盤を築き、点在する大勢力との対決に臨む。堅実なうえに、正道だ。オレも大枠としては同じような方針を考えていた。


 そう考えると、現在オレ達がこの城塞都市を維持できているのは奇跡と言っても過言ではない。もともとの住民であり、労働力として極めて優秀な岩石オークたちの全面協力がなければ、せっかく手に入れた鉱山を放棄せざるをえなかっただろう。


 今回は初陣ということで賭けに出たが、次からは慎重に動く必要がある。なにせ、今の大魔王軍には守るべきものも、失ってはならぬものもあるのだから。


「よい策だ。だが、どこから手を付ける?」


「まずは南の諸部族がよろしいかと。彼らリザードマンと我ら竜人族は近しい種でもありますし、100年前は共に先王の旗下に加わった間柄。わたくしが説き伏せてみせますわ」


 リザードマンか。原作にも登場している種族だ。岩石オークのように突出した特性を持つわけじゃないが、戦士として兵士としては優秀な種族だ。


「うむ。そなたに任せる。必要とあらば、我が威を示せ」


「御意のままに、陛下」


 言葉だけでそのリザードマンを勢力に加えることができるならそれに越したことはないが、力の裏付けのない言葉に説得力はない。場合によっては同じ魔族が相手でも武力を行使せねばならないタイミングも出てくるだろう。


 現在の我が軍の戦力は、オレとイーグレット、彼女の配下の五人の騎士のみ。元四天王であるアルセリアには期待したいが、本人の口ぶりからしても前線に出るよりも研究開発に専念させるべきだ。

 ほかにも新たに加わった岩石オークたちだが、彼らは気性的にも生態的にも戦いに向いていない。生来争いを好まないうえに、頑丈な肉体も鈍重さとセットで工事や掘削作業には適していても戦場ではどうにも活用が難しいのだ。


 せめてあと一人、オレやイーグレットに匹敵する力を持ち、戦闘経験の豊富な配下がいればいいのだが――、


「……陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 そんなことを考えていると、イーグレットがどこか気まずそうな顔でそう切り出す。

 彼女らしからぬ態度。であれば、一体何について彼女が話をしたいのか、聞くまでもなく見当がついた。


「『聖剣の勇者』のことだな。いいだろう、なにが聞きたいのだ?」


 オレが問い返すと、図星を突かれたイーグレットはますます気まずそうな顔をする。


 まあ、予想できてしかるべきことだ。

 イーグレットはそもそも聖剣の勇者の処刑を強く主張していた。それを思惑があってこととはいえ、オレの私室に監禁し、しかもオレがその部屋に通っているとなれば思うところの一つや二つあって当然だ。


「陛下の、意図されるところはわたくしなりに理解しているつもりです。あの勇者は人間どもにとっての象徴、希望そのもの。我らにとっての陛下のような存在です。それを屈服させれば、人間どももほかの勢力も我らを恐れる。それは理解しております」


 無言のまま、イーグレットに続けるように促す。

 聖剣の勇者を闇落ちさせたいという個人的欲求以外にも勇者を堕落させるメリットはある。その点を彼女はオレが言葉にするまでもなく理解している。流石は我が騎士、我が軍司令官だ。


 もっともそれでも、理屈と感情は別物。完全に一致させることはできないし、自分は理屈だけで物事を判断していると思い込むのは危険だ。

 というわけで、ここはきちんとイーグレットの話を聞いておくべきだろう。


「陛下の決定に異を唱えるつもりは毛頭ございません。ですが、その、あの者の心を折るなどという雑事は、その、別のものに任せてはどうでしょうか……?」


 控えめに、かつなぜか頬を染めながらそんなことを提言してくるイーグレット。

 …………何を想像しているのかはまあ、分かる。男女が二人、狭くはないが部屋の中で一晩、何も起きないはずもなく……というやつだ。


  まあ、この勘違いには、オレにも落ち度はある。私室で勇者に何をしているのかは誰にも話していない。想像の余地ありありだ。


 もっとも、やましいことはしていない。根気強く話しかけて、相手の警戒心を緩め、食事を与え、心に入り込もうとしているだけだ。

 ふ、これをだけだと言ってしまえる自分のラスボスとしての才能が恐ろしい。


「言っておくが、今そなたが想像しているような手段を用いていない。余を下賤の輩と同じにするな。心を折るにも相応のやりかたがある」


「も、申し訳ありません……! 出過ぎたことを申し上げてしまいましたわ……!」


 オレの言葉に、イーグレットが血相を変える。それに対して、オレは構わないと答えて、こう続けた。


「彼奴の心は折れているが強い。余でなければ屈服させることなどできまいよ」


「折れているのに、ですか?」


「そうだ。最後の意地、あるいは人格の根底とでも言えばいいか、そこが普通とは違う。火が消えたように見えていても、魂の奥底ではまだ火種がくすぶっている」


「……父上が巨竜に変じても竜人族の村には直接危害をくわえなかったように、ですか」


 いい例が身近にあったな。

 確かに、赤鱗王は先祖返りによって巨竜と化してなお、自分の故郷を守ろうとしていた。あれこそが、魂の奥深くにある消えぬ火種、人間性のともしびとでも言うべきものだ。


 だからこそ、オレはその灯が欲しい。手に入りずらいものほど美しく思えるものだ。


「うむ。拷問や洗脳でやつを屈服させたとて、いずれはそれを打ち破ろう。だが、やつ自ら心を差し出させれば――」


「――その消えぬ炎は我らのために燃える、と」


 少し納得した様子で、頷くイーグレット。まだ感情的なわだかまりはあるだろうが、それでもオレの望みを呑み込んでくれたのだ。


 オレは実に恵まれている。特に人の運は最高だ。これほど忠義に厚く、武勇に優れた騎士とこんなにも早く出会えたのだからな。


「イーグレット、我が騎士よ。余はそなたと出会えた幸運に感謝しているぞ。そなたなくして我が覇業の成就はない」


「お、恐れ多いお言葉でございますわ……! わたくしなどに……!」


「そう卑下するな。お前は余が見込んだ騎士だ。聡く、強く、美しい」


「陛下……!」

 

 オレが褒めるとイーグレットは恥じらう。四肢を覆う赤い鱗と同じほどに彼女の頬も赤くなっていた。

 うむ、こうしているとやはり乙女だ。男であればだれでも本能をくすぐられるような魅力をイーグレットは持っている。


 ……しかし、あれだ。2人きりだと否応なくあの出会った日の夜のことを思い出してしまうな。

 あの夜、思い詰めたイーグレットはオレに自分のみさおを、つまり、処女を捧げると言い出して、実際に迫ってきた。抱き着かれた時に感じた肉体の感触や匂いは記憶の一部に焼き付いたままだ。今も思い返すと、オレも獣じみた衝動を感じてしまうほどには強烈だった。


「陛下……わたくしは……!」


 熱を帯びた表情で、イーグレットが距離を詰めてくる。

 どうやらオレと同じことを彼女も思い出してしまったらしい。


 だが、これは良くない。オレと彼女はあくまで主君と臣下。あくまでその関係性は守らないと。

 でも、オレも男だ。もういいんじゃね? と囁く浅はかな自分も持ち合わせていて――、


「――大魔王様、一大事でございます!」


 理性が本能に負ける直前、玉座の間にセレンが走り込んでくる。息を切らした彼女の表情は事態の切迫を物語っていた。


「どうした、セレン!」


「門の前に、人間たちが押し寄せてきています! 襲撃かと!」

 

 そして、確かにとんでもない一大事が起きていた。

 人間の襲撃……!? 一体何が起きているんだ!?



――

あとがき


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