第21話 大魔王様、皆を説得する
オレが『聖剣の勇者』を無力化したことで、大魔王城には平和が戻った。
勇者に敗れたイーグレットも翌朝には回復していたし、城の被害も使用していない食料プラントだけで抑え込むことができた。
結果だけを見れば我が大魔王軍の完全勝利といっていいが、戦いの後始末で我が大魔王軍はもめにもめることになった。
いさかいの原因となったのは、オレの下したある判断だ。
その選択とは、聖剣の勇者を捕虜にするというもの。
命を奪うことに怖気づいたわけではない。ラスボスとして鍛え上げた冷徹な思考がその方がより多くの利を我が大魔王軍にもたらすと結論付けたからだ。
そして、その多くの利が意味するのは――、
「――殺すべきですわ! 今すぐに!」
本日五度目のイーグレットの主張が食堂に響く。
今朝の御前会議が紛糾し、腹も減ったし議論が煮詰まってきたので場所を移そうと食堂に移動したのだが、相変わらず会議は平行線をたどっていた。
今回の会議の出席者は、イーグレットにアルセリア、そしてセレンの三名だ。
オレとしては岩石オークの長老やイーグレットの配下の騎士たちにも出席してほしかったのだが、彼らには魔石の運び込みとその監督という仕事がある。仕方なしに、オレも加えていつもの4人で会議を行っていた。
議題は『聖剣の勇者』の処遇について。彼女を今すぐ処刑するか、あるいは生かして利用するかで、意見が分かれていた。
「陛下! 勇者など我らにとって害にしかなりません! 即刻処刑すべきですわ!」
そう主張するのはイーグレットだ。まだ怪我が完全に治ったわけじゃないのだが、意気軒高。強硬に勇者を処刑すべきだと譲らない。
まあ、彼女の立場、心情であれば当然ではあるだろう。なにせ、イーグレットの父親『赤鱗王』が巨竜へと姿を変えた遠因は当時の魔王を討ち取った『聖剣の勇者』にある。つまり、オレが捕らえた聖剣の勇者はイーグレットにとっては仇といっても差し支えない存在というわけだ。
それに、イーグレットの言葉は魔族全体の意見を代弁したものでもある。敵方の英雄など殺してしかるべきで、怨念返しは当たり前の権利だ。
だが、オレは際限のない報復を認める気はない。その果てに待つのはただの絶滅戦争。無人の荒野を支配したところで何の面白みもない。
「ダメよ。勇者のサンプルは稀少。それも、今度捕まえたのはただの勇者じゃない。あの『聖剣の勇者』よ。ただ殺すなんてそんなもったいないことできるわけないじゃない」
一方で、アルセリアは勇者を生かすべきだと主張している。
もっとも、その理由は人道的なものではなく、あくまで、研究対象および実験対象として生かしておきたいという彼女らしいものだが。
しかし、自分も肉体の九割を聖剣の勇者に吹き飛ばされたとか言ってたわりには、好奇心が絡むと過去のことはどうでもよくなるらしい。さすがはマッドサイエンティスト、危なっかしいが頼もしい。
このようにイーグレットとアルセリアの意見は真っ向から対立している。両者の主張にそれぞれ理があり、正義があるが、互いに聞く耳を持っていない。おかげで永遠に平行線だし、今にもつかみ合いの喧嘩になりかねない。
なんだか、学生の頃の生徒会の役員会議を思い出す。
あれも不毛だったが、オレが出席するようになってからは違う。いつも全員の意見を聞き、その全てを折り合わせた答えを出すのはオレだった。
「アルセリア殿はあの勇者の危険性を理解しておられません! 必ず陛下や大魔王軍に害をなします! ほかの勇者ならお好きになさってください! ですが、あの勇者だけは……!」
「だからこそ、研究すべきだって言ってんでしょうが。アンタ、バカなの? 脳みそまで筋肉でよく騎士なんて務まるわね。ああ、でも、戦うだけだもんね。それなら務まるか」
「な!? 今の言葉、元軍団長とはいえ聞き捨てなりません!」
案の定、喧嘩が始まる。原因は主に二つあるが、どちらもよくあることだ。
まず、アルセリアの態度が悪い。
反論するのはいいが、相手を不要に
一方で、最初からテンションが高すぎるイーグレットもよくない。これだと冷静に話し合いをしようにも、喧嘩腰だと思われ相手も身構えてしまう。こういう話し合いの時はどれだけ熱意があっても、あくまで冷静に、フラットに対話に臨むほうがいい。
仕方ない。最後の最後まで黙っているつもりだったが、ここらへんでガツンと一言言っておくか。
「聞き捨てならないからなに? アンタみたいな小娘がアタシに何ができるっていうのかしら?」
「……お望みとあらばお見せしましょう。父上と同格のお方だと思い、丁寧に接してまいりましたが、もはや、勘弁なりません」
「――静まれ、我が臣下たちよ」
2人の喧騒よりもなおはっきりとオレの声が響く。そこに含まれた怒気に、イーグレットもアルセリアも背筋を正す。
いいぞ、オレの威厳は抜群だ。この2人を抑えられるのなら、十万人の兵士も一声で統制できる。
「かような些事で争うことは許さん。そなたらは等しく我が臣下。相争うことは余への不忠と心得よ」
「陛下……」
「ふん……」
「あまり、余を悲しませてくれるな」
オレがとどめにそう言い放つと、2人ともが着席する。
とりあえず、これで場はフラットになった。改めて、聖剣の勇者の処遇について話し合うとしよう。
もっとも、オレはすでに結論を下しているが、話し合いというのは話し合うこと自体に意味があるものだ。ここは第三者の意見も取り入れるべきか。
「セレンよ。そなたの意見を聞きたい」
「だ、大魔王様? わたしは……」
オレが水を向けると、隣に立っていたセレンは困り果てたという顔をする。
彼女の性格上、自分のような使用人が口をさしはさむべきではないと考えているのだろうが、それは間違いだ。
こういう時は全員の意見が出そろうことが大事だ。でなければ、団結は生まれない。団結なくして勝利はない。
「よい。そなたの意見を余は聞きたいのだ。
「……はい」
オレが促すと、セレンは一度目を伏せてからこう答えた。
「わたしのお聞きしたところ、お二人のご意見は等しく正しく、等しく間違いがあるかと」
「ほう。どこを正しく、どこを間違っていると感じた?」
「……イーグレット卿のおっしゃる通り、『聖剣の勇者』は我ら魔族の大敵。先代魔王さまの仇です。これを罰さずにおけば、ほかの諸族や勢力に示しがつきません」
ふむ。冷静な分析だ。オレの見解とも一致する。
信賞必罰は組織統治の基本であり、本質といってもいい。これを疎かにすれば組織は根底から崩れる。
先代魔王を討ち取った『聖剣の勇者』は魔族にとっては最悪の罪人。これを罰さずにおけばこれからの大魔王軍の拡張に大きな支障となりかねない。
逆に言えば、それだけの大罪人を処刑したという情報が広まれば我が軍は周辺勢力にその力を示せる。その結果、恭順を示すものもいるはず。それだけでも我が軍にとっては大きなメリットだ。
「ですが、アルセリア様のお言葉通り、あの勇者を生かすことにも利点はあります。あの勇者は貴重な情報源です。そもそも、人間の寿命は短いはず。だというのに、あの勇者は100年前と全く変わらない姿で現れました。これだけでも調べてみる価値はあるかと」
これもまたオレの考えと同じだ。あの勇者は重要な情報源。彼女から引き出せる情報は全て引き出したい。
現在の魔界は諸勢力が割拠する戦国時代だが、最大の敵は『人類同盟』だ。だが、やつらは要塞化した植民地に引きこもって出てこない。この城塞都市にも大した資料は残されておらず、期待したほどのものは得られなかった。
次に何をするにしても、情報が不足している。その点でも、あの勇者は利用できる。
それに、対勇者の戦術構築も並行してやっておきたい。今回はむこうから城に乗り込んできたからどうにかなったが、もしあの勇者と同じだけの戦力がほかにもいるなら、対処法は必須だ。その点においても最強の勇者というサンプルケースの有用さは言うまでもない。
「
「もったいなきお言葉です、大魔王様。ですが、どちらを選ぶべきかは、わたしには…………」
「わかっている。決めるのは余だ」
勇者を殺すことにも、勇者を生かすことにも同じだけのメリットがある。同時にデメリットも存在し、それがもたらすである結果も多岐にわたる。
問題はその二つの内どちらを選択するかのように思えるが、実は違う。
ラスボスたるもの二者択一などという常人のルールになど囚われはしない。
「聞いての通り、イーグレット、アルセリア、そなたらの意見にはそれぞれ理がある。であれば、互いに毀損しあうことにはなんの益もない。理解したか?」
オレの言葉にイーグレットはすぐに頷き、アルセリアは不承不承にそっぽを向く。2人の性格を現したような反応だが、二人とも組織のことを考えてくれてはいるし、熱意もある。
「――我が決定を申し渡す」
場にいる全員が佇まいを直す。その様子にこちらも気が引き締まる。王の言葉は重い。これからオレが口にする結論を考えれば、一層言葉を慎重に選ばねばならない。
「件の勇者は殺さぬ。だが、奴は罰する。死以上の裁きをこの大魔王がくれてやろう」
「死以上の、裁き……!」
イーグレットが呆然と呟く。考えもしなかったという様子だが、なにも死刑だけが刑罰ではない。
時には、生きねばらならぬことがどんな罰よりも重くのしかかることもある。
「然り。聖剣の勇者を我が尖兵とする。彼奴自身の手で、やつの守った人の世を壊させる。これこそ、死よりも重い罰である」
ゾッとするような悪人スマイルを浮かべて、そのように宣言する。この場にいる全員がオレの悪魔的発想に息を呑んだのが分かった。
正義を汚し、善良さを
具体的には、あの聖剣の勇者を悪落ちさせる。正義の心を捨てさせ、我が大魔王軍団に加えるのだ。
それがオレがあの勇者に与える罰。こうすることで、他の魔族に裏切りという罰を与えたと喧伝することもできるし、生きている勇者から情報も得られる。まさしく一石二鳥だ。
それだけの価値があの聖剣の勇者にはある。ただ殺すのはもったいない。
そう、『聖剣の勇者』にとどめを刺す直前、オレは彼女を惜しいと思った。このまま殺してはその価値を損なってしまう、と。
ラスボスとしてそんなことはできない。価値あるものは骨の一片に至るまで利用しつくしてこそのラスボスだ。
それに、それにだ、前作主人公が闇堕ちするのはラスボスとしては激熱だ。
仮面を被った大魔王軍四天王の一角、その正体はかつて魔王を倒した伝説の勇者だった!? なんて、最高だ。主人公側のショックは計りしれないし、伝説の勇者を影で操る大魔王の格も自ずと上がる。
気になるのは、その伝説の勇者が洗脳されているのか、あるいは自分の意志で大魔王軍に寝返ったかだが、個人的には後者のほうが好みだ。
かつて守った人類を裏切るうしろめたさ、悪へと転じたことでの解放感。そういった相反する感情の葛藤はオレの大好物でもある。
あー、すっごいわくわくしてきたぞ……! 最強の勇者を打ち負かして、己の配下に加える。まさしくラスボスの所業だ……!
◇
オレの決定に三人は異を唱えなかった。
正確に言えば、言葉をなくしていたのだが、なんにせよ、三人はオレの決定に従うと約束してくれた。
まあ、即時の処刑はしないが、捕虜として徴用するというのは2人の案を折衷したものではあるし、従わなければ処刑する、もしくはアルセリアに任せるという保険もかけたから、賛同は得るのはそう難しくなかった
というわけで、晴れて臣下たちの許可を取ったので、早速、勇者闇落ち作戦始動だ。
現在の勇者の監禁場所は、なんと、我が私室である。しばらく使う予定がないからと地下牢の修繕を後回しにしたせいだ。
オレこと、大魔王の私室はこの城では玉座の間に並び最も防備の固い場所だ。裏を返せば、監禁場所としてもすぐれている。結界の組成を少しいじるだけで、我が私室はたとえイーグレットでも脱出不能な難攻不落の監禁室へと変わった。
さて、そんな我が私室に監禁されている勇者だが――、
「――あぅ」
完全に、だらけきっていた。
オレのベッドの上で、先代魔王を討ち取った『聖剣の勇者』はよだれを垂らし、溶けるように眠っている。
薄い生地の下着姿でたおやかな稜線を惜しげもなくさらしているが、不思議なことにまったく色気を感じない。なんというか、ダメ犬にベッドを占領されている、そんな感じだ。
……一応ここは敵地の中枢なんだが、別の意味で堕落してないか、こいつ。
――
あとがき
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