第18話 大魔王様、ワクワクする

 勇者が敗れたことで、残る守備兵はあっさりと降伏した。

 戦っても無駄だと理解しているからだ。彼らの最高戦力である勇者がたった一撃でイーグレットに敗れたのだから当然だ。


 問題は、民にも兵士にも手を出さないという勇者との約束を守るかどうかだが、今回に関しては守ることにした。

 例え敵との約束であっても安易に破るようではラスボスとしての格が下がるし、イーグレットの顔を立ててやらねばならない。一騎打ちに勝利した彼女は間違いなく今回の殊勲賞。その功に報いるのが、主君たるオレの役目だ。


 彼女が打ち倒した勇者に関してもそれは同じこと。アルセリアは捕虜にして研究材料にすると主張したが、そこはオレが押し切った。

 

 彼らからオレたちの存在と戦力が外部に漏れることは避けられないが、幸いにも、我が大魔王城は移動可能だ。この段階での存在を知られることはそこまでの痛手にはならない。


 それに、勇者を含めて同盟軍の兵士たちが無抵抗であったおかげで、鉱山と城塞都市を無傷で掌握することができた。こちらが虐殺を行おうとすればこうはいかなかっただろう。

 この魔石と岩石オークたちの協力があれば、大魔王城の復旧は格段に進む。


 その肝心の岩石オークたちだが、奇襲作戦の翌朝、早速謁見を申し出てきた。


 登城した岩石オークたちはオレの知る通りの容姿をしていた。

 二メートル近い巨体は隙間なく岩や苔に覆われ、集団の先頭を進む長老と思しき個体に至っては両肩から水晶を生やしている。まさしく、歩く岩盤と言った感じだ。


 その長老は玉座の間をのそのそと進み、オレの目の前までたどり着くとドスンという音と共に跪く。見た目通りかなりの重量がある。


「へい、か」


 平伏したまま、長老が口を開く。岩をこすり合わせたような歪んだ音だ。


 セレンやイーグレットから聞いていた通り、彼ら岩石オークは魔界の共通言語を話すのは苦手のようだ。それでも、オレのことを陛下と呼んだ誠意は評価に値する。

 

「よい。この100年、苦労を掛けた。そなたたちは自由である。山へ帰るもよし、ほかの地に移ることも許すが、望むものは我が軍で受け入れよう」


「ぎょ、いの、まま、に」


 オレの言葉に、岩石オークたちの緊張がかすかに緩む。狙い通りだ。


 この場に現れた代表者たちでさえ体格の割にはやせ細って見える。聞いていた通り、彼ら岩石オークが厳しい労役につかされていたことは間違いない。

 そんな彼らに、助けてやったのだから自分たちのために働けと命じても、反感を買いかねない。最初の内は従ってくれるだろうが、いずれは不満が膨れ上がり、致命傷となる。


 いや、ラスボスとしては反乱くらいはどんとこいだが、分かり切った不和の芽を摘んでおきたい。まだ足場を固めきっていない以上、なおさらだ。


 なので、まずは彼らの食料でもある魔石の供給制限を解き、自由を与えた。

 人は強制されるよりも自ら選択した方がよく働くし、忠誠心も抱きやすい。何人が志願してくれるかは分からないが、そこら辺はあまり心配していない。


 なにせ、すでにオレは岩石オークたちからの忠誠を勝ち取っている。その証拠に、特性欄には新たな特性が追加されていた。

 その名も『第七感覚・磁覚』。惑星の発生させる磁場や鉱石の持つ磁力を感知する感覚で、この特性のおかげで岩石オークたちは広大な地下世界で的確に鉱脈を探し当てることができている。


 これだけだと人間ダウジング装置になれるというだけだが、この特性にはほかの使い道があるようだとオレは知っている。


 セレンから受け継いだ特性で生み出す幻影はオレが魔力を注ぎ込むことで範囲や大きさを変えることができた。つまり、オレの認識次第では特性は様々な使い方ができる。

 イーグレットから手に入れた『赫奕の竜鱗』は熱と物理攻撃への耐性だったので拡張の余地はなかったが、この『第七感覚』にはその余地がある。


 実際、原作において『磁界姫マグネティカ』という名を持つ勇者が似たような特性を持ち、それを応用することで戦っていた。


 謁見の後、試しに自室で新しく芽生えた感覚を魔力で強化してみると――、


「――おっと!?」


 瞬間、部屋の壁に貼り付けてある剣がオレに向かって飛んでくる。幸い、鞘に収まっていたからよかったものの、受け止められなかったら顔にあお痣ができていたところだ。ラスボスとしての沽券にかかわる。

 さらに何度か試してみると、剣、いや、金属を引き寄せるだけじゃなくて、弾き飛ばすこともできることも分かった。


 やはり『第七感覚』は使い方次第で磁力を操作することできる。

 その範囲や強さ、どれほど巨大なものを、例えば星の地核とかまで動かさせるのかまでは要検証だが、これは強力な武器になる。ぜひとも、使いこなせるようになろう。


 ふふ、楽しみが増えた。

 磁力はあらゆる点で応用が利く。小さなものでは血中の鉄分の濃度、大きなものでは惑星を覆う磁界まで。おおよそ不可能なことがない。その壮大さ、チートさはまさしくラスボスの能力として相応しい。


 ようやくオレも異世界物の主人公らしい身もふたもない力を手に入れたというわけだ。胸が躍る。

 さっそくアルセリアに相談して、この新たな特性を活かした機能を城にいくつか組み込んでもらうことにしよう。この城は巨大な金属の塊、それも魔力を帯びた金属の塊だ。磁力には事欠かない。


 ふふふ、能力の使い勝手の良さに夢が広がる。これだからラスボスはやめられない。



 一夜明けて翌日の朝。

 鉱山で働かされていた岩石オークの内、幼い子供をのぞくすべての者が我が大魔王軍に加わることを選んだ。


 オレとしたことが自分の影響力の大きさ、カリスマ性を見誤っていたというわけだ。まさかオークたちの内のほぼ全員が我が軍に加わるとはな。


 岩石オークたちという労働力を得たことで、大魔王城の修築は急速に進んだ。

 といっても、魔石だけでは修理できる箇所には限りがある。修理できたのは武器製造プラントに、城を守るための防護結界の発生装置、そして、歴代の魔王の知識を収集した自動図書館の三つだ。もっとも自動図書館に関してはハードウェアの方はともかくソフトウェアが消失してしまっており、すぐには役に立たないらしいが、箱だけでも十分に役立つ。


 なにせ、あらゆる記憶や記録を保存できる図書館だ。公文書や目録の置き場としてこれ以上のものはない。

 

 アルセリア曰く、これでも城の機能回復は三割程度らしいが、残りは後の楽しみに取っておくとしよう。


 それに、大事な催しがまだ残っている。

 例えば、今行うべきは『祝勝会』だ。前回は救出作戦だったが、今回は敵を完膚なきまでに打ち砕いての勝利。盛大に祝わねばなるまい。


 そういうわけで、セレンに頼んで今夜、我が大魔王軍の初の祝勝会を執り行うこととした。

 主催者は当然、このオレ大魔王。招かれるのは今回の戦いの殊勲賞であるイーグレット以下竜人族の騎士たちに解放された岩石オークの代表所数名。そして、マッドサイエンティストバンパイアことアルセリアだ。


「――皆さま、今宵はお集りいただき、我が主もお喜びになられております」


 我が代弁者たるセレンの声が玉座の間に響く。

 玉座の間に置かれた長机、その上には色とりどりの料理が並んでいる。すべてセレンの手によるもので、材料となったのは城塞都市の食糧庫に残されていた人間たちの食料などだ。


 しかも、ただ上手に調理しているだけではなくそれぞれの料理が出席者の好みに合わせて作られている。

 例えば、吸血鬼であるアルセリアの前には血をソースに使った腸詰めがあり、岩石オークの長老の前には磨き上げた魔石が積まれている。ちなみに、オレの前には霜降り肉のステーキが絶妙の焼き加減で待機中だ。


 細やかな気遣い。さすがは、セレンだ。

 ラスボスとして威厳に関わるので表には出さないが、すでに大魔王様の食欲は視覚嗅覚聴覚の三正面から攻め落とされている。


「今夜は我ら大魔王軍の初の勝利と岩石オークの皆さまの解放と加入を祝して、この祝宴が開かれました。どうか、皆さま、存分に楽しまれますよう」

 

「おお! 我らが王に乾杯!」


 セレンが開始の挨拶を言い終えるのと同時に、イーグレットと竜人族の騎士たちがさかずきを掲げて、オレに捧げた。

 オレも応えて、杯を持ち上げる。彼らの前でなみなみと注がれた赤い酒で喉を潤した。


 なんでも魔界の植物から造られた酒らしいが、なんとも不思議な味だ。だが、美味い。


 オレが飲み終えるのを待ってから、我が臣下たちも食事を開始する。オレも早速料理に手を付けるとしよう。まずは、この目の前にあるステーキから。

 …………実に美味い。これまでの人生、前世も含めて最高の逸品といってもいい。


 ほかの客人たちも同じ感想らしく、皆黙々と料理を掻きこみ、酒をあおっていた。


 よくやった、とセレンに視線を送ると、彼女はぱっと笑顔の花を咲かせる。やはり、とんでもない美人だ。もし中学生の頃の、とりあえず女性を侍らせようとしていたころのオレなら即告白していただろう。

 だが、今はこの宴席で彼女一人突っ立っていることの方が気になる。使用人としての分を大事にしてのことだろうが、祝いの席では無礼講だ。


「セレン。そなたも座るがよい。我が隣だ」


「だ、大魔王様!? し、しかし、それは……!」


「よい。ほかならぬ我が許すのだ。誰にも文句は言わせん」


「大魔王様……」


 感動のあまり、両手で口元を押さえ、涙を浮かべるセレン。彼女は恐る恐るオレの隣の空席に腰掛けると、料理に口を付けて、可愛らしく微笑んだ。


 これでいい。オレの大魔王軍はトップダウンだ。

 オレの支配下においては軍の序列以外の区別は存在しない。魔族は皆、配下として平等に扱う。それがオレの定める王としての最初の法となる。


 今日はその記念すべき日だ。いずれは国民の祝日として制定して、盛大なパレードを開こう。悪の独裁者らしくめちゃくちゃに金を使って豪華にやるぞ。

 まずはあれだな、でっかいバルーンと市民を監視するドローンの群れ。ここら辺は欠かせな――、


 ――ドゴン!


「っ!?」


 そんなことを考えていると、突然、大魔王城が揺れた。地震の類じゃない。何かが空中に浮かんでいる城に衝突したのだ。


 すぐさま警報が発せられ、つい最近復旧した城の防衛システムがの姿をホログラムとして映し出す。


 そこに映っていたのは人間の姿。ボロボロのローブで顔と体を覆っているが、右手の剣だけはしっかりとその存在を主張していた。


 澄んだ蒼の輝きを放つ一振りの剣。派手な装飾はないが、剣を構成するすべてが最高級のものから形作られていることが一目でわかった。

 美しいと感じるが、同時に背筋が泡立つ。魔族としての本能があの剣を恐れているのだ。


 それになにより、あの聖剣をオレは知っている。


 あれまさしく前作『マイソロジア2』の主人公が使っていた『天命の聖剣』だ。

 つまり、襲撃者は前作『マイソロジア2』の主人公『聖剣の勇者』だ。なぜ、百年前の人物である聖剣の勇者が、それもなぜこのタイミングで襲ってきたのか、何一つとして分からないが、何度も画面の中で見てきたあの聖剣を見間違うことはない。


「――『聖剣』!? そんなありえません!」


  続けて、セレンの叫びがオレの確信を補強する。その顔には今まで見たことがないほどにはっきりと恐怖が刻まれていた。


「セレン。間違いないな?」


 落ち着かせるために彼女の肩に触れながら、そう尋ねる。オレの手に触れて少しは落ち着いたのか、セレンは深呼吸をしてからこう答えた。


「あれは、あの剣は、『勇者』の聖剣です。それも、たった一人で先代魔王を討ち取った、あの勇者のものです……!」


 セレンの答えが、玉座の間に響く。ある者は驚愕し、ある者は戦慄している。皆に共通しているのは、言葉を失っている点だ。


「――フ、楽しませてくれるではないか」


 だが、オレだけはこの状況にワクワクしている。ステーキの最後の切れ端をかみちぎり、来る戦いに備えた。


 だって、前作主人公との対決なんてこれ以上ないくらいにラスボスらしいイベントだ。なぜこうなったのかは何一つ不明なままだが、燃えるという事実だけは誰にも揺るがせない。


 オレはラスボス。大魔王。この程度の試練を越えられないものに、その称号を名乗れない。



――

あとがき


第一章完結まで一か月ほどは毎日更新です!

土日祝日は二話更新です!

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