廃校になった母校を訪れてみたら

よし ひろし

1.電話

 仕事を終え、帰宅して一息ついた頃に、スマートフォンが震えた。

 見知らぬ番号だった。迷惑電話かもしれないと思いながらも、妙な直感が働いて通話ボタンを押した。


「……もしもし?」


 一瞬の沈黙の後、少しかすれた、それでいて甲高い男の声が耳に届いた。


「……林か? 俺だよ、宮本」


 宮本?


 その名を聞いた途端、胸の奥がざわついた。すぐに思い出せない。だが、何かが引っかかる。記憶の奥底を手探りするように、脳裏に小学校の古びた木造校舎の映像がぼんやり浮かぶ。


「宮本……?」

「ああ、久しぶりだな。三十年以上ぶりか」


 その声に記憶の中の顔が重なる。小学校のクラスメイト。そのはずだが、いまひとつはっきりしない。そのせいか、懐かしいはずなのに、懐かしさを感じられない。


「……何の用だ?」


 俺の声は少し硬くなっていた。今流行りのなりすまし詐欺の可能性もある。金銭の話が出たらすぐに切ってしまおうと身構えた。


「ああ、実はな、お前も知ってると思うが、うちの小学校、廃校になっちまっただろ?」

「ああ…、そうだったな……」


 言葉を合わせたものの、記憶は曖昧だった。確かに母校が廃校になったという連絡を数年前に受けた気がする。出来ればしたいので署名活動に協力してくれないかという手紙が添えてあった様な気が……


「実は今度、校舎が取り壊されることになったんだ。それで、仲の良かった連中で最後に集まろうって話になってな。お前も来ないか?」


 取り壊し――なるほど、再開はできなかったのだな。


「そうか……」


 胸の奥が少しモヤっとした。

 実は小学生の頃の記憶がはっきりしない。思い出そうとすると白い靄に包まれたようになって、細かい描写が出来ないのだ。いま話している宮本の顔もそれほどはっきりとはしない。そんな奴がいたかなぁ、程度だ。そのせいか、校舎が取り壊されると聞いても、何の感情も湧いてこなかったが、


「坂井と野寺も来るんだ。昔みたいに四人でだべろうぜ」


 新たな名前を聞き、俺の中で何かがざわめく。

 確かにそんな奴らもいた。でも、顔が――


「な、最後だ。いいだろう、林」


 哀願するような宮本のかすれ声に、心が揺すぶられた。俺は彼に、いや彼らに会わなければいけないんじゃないか――そんな思いが胸の奥底から湧き出てくる。


「……わかった。行くよ」

「おお、そうか! 良かった。じゃあ、今度の日曜、六年の時の教室で待ってるよ。昼過ぎ、そうだな三時ぐらいに集まろうか」

「了解。じゃあ、当日にな」


 電話が切れた後も、しばらくスマートフォンを握りしめたまま、俺は動けなかった。

 心がざわついている。

 懐かしさとは別の何かが記憶の奥底から湧いて来ようとするのだが、それを懸命に抑えるモノがいるようで、なんとも気持ち悪い。


「日曜日、行けば分かるか、このざわつきが何なのか……」


 俺はどこか落ち着かない気持ちのまま、当日の日程をどうしようか考え始めた。


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