ビター・ガトーショコラ
夏希纏
ビター・ガトーショコラ
「明日、佐野くんにチョコ渡すつもりなんだぁ」
志乃が恋する乙女ぶった表情でそう言ったとき、私は『だろうな』と思った。
志乃は佐野のことが好きらしい。
友人の恋ならばと応援しているけれど、佐野のどこに惹かれる要素があるのかイマイチ私にはわからない。
志乃によると、地味で真面目そうなのに意外と口調が荒いところや、眼鏡で隠れているもののよくよく見ると整った顔立ちにグッときたらしい。口調が荒いのはマイナスポイントではないのかと思ったけれど、恋とはそういう欠点が愛おしく思えてくるものなのだろう。志乃を見ているとそう感じる。
「直接渡すの?」
志乃の佐野話なんか微塵も興味がなかったが、話をぶった切るのも友人としておかしい。
何とかして質問をひねり出すと、志乃は「いやぁ」と照れ笑いを浮かべた。
「そんなことできないよー。明日早めに登校して、佐野くんの靴箱にチョコ入れる予定」
「ベタだね」
「ベタ上等!」
志乃はガッツポーズをして、自らを鼓舞していた。
私はその様子を冷めた視線で眺めつつ、凍った表情を悟られないように話題にスライドさせる。
志乃は不服そうにしていたが、気づかないふりをした。
■
翌日早めに登校してみると、すでに志乃は佐野の靴箱にチョコを入れていた。
ご丁寧にハート型の箱に入れている。誰がどう見ても本命チョコだ。
私はそれを、何でもない顔を作って抜き取る。手に持っていたカバンにチョコを入れて、佐野の隣にある自分の上履きを床に落とす。
昇降口には他にも人がいたけれど、友達同士で喋っていて誰も私のほうなんか見ていなかったし、仮に見られていてもまさか他人の靴箱からチョコを抜き取ったとは思われないだろう。
誰から指摘されることも、二度見されることもないまま靴を履き替え、階段を上がる。
自分の学年の階を通り過ぎ、最上階の渡り廊下までノンストップで歩き続ける。地べたに腰を下ろし、先ほど抜き取った本命チョコを取り出す。
こんなことをしたって意味はないと、最初から気づいていた。もしバレたら絶交どころではない、とも。
でも指をくわえて、好きな人がどうでもいいような男と付き合う場面を眺めていたくはなかった。
リボンを解き、箱を開ける。メッセージカードに『好きです、付き合ってください 有原志乃』と書かれており、フィルムを挟んで手作りのガトーショコラが入れてあった。
志乃は料理とお菓子作りが趣味だ。小さいころから弟の世話をすることが多くて、料理の腕が上がったらしい。
メッセージカードをポケットに入れて、フィルムを掴んでガトーショコラを口に入れる。ややビターなチョコを選んでいるのは、佐野の趣味だった。
佐野も志乃にチョコをもらえると期待していたのか、それとなく「チョコはビター派なんだよね」と言っていた。作ってほしいともくれとも言っていないのに、自分好みの本命チョコを志乃からもらえる佐野が憎くて仕方なかった。
ガトーショコラを食べ終え、箱を黒いビニール袋にしまう。昨日用意したものだった。
何食わぬ顔をして、渡り廊下から教室へ向かう。志乃が佐野を待っているはずの教室。
急な体調不良でも起こして離席していないかな、と淡い期待を持って扉を引く。やはり期待とは違い、志乃はどこか上の空な様子で課題と向き合っていた。
「あ、なっちゃん!」
課題を邪魔しちゃいけないから──という建前のもと挨拶をせず着席したのに、見つかってしまった。
「佐野くんの靴箱にチョコ入れてきてさぁ! もうドキドキして問題解いてる場合じゃなくて!」
ウキウキして喋る志乃は、世界一かわいかった。でも、誰にも気づいてほしくなかった。
「入れてきたんだ」
友達のように、返事をする。
今ここで、あのメッセージカードを志乃に見せたらどんな反応をされるだろう。
「人生イチ勇気出したかも」
好きになってもらえないなら、嫌われたかった。
でも嫌われる勇気も出せないまま、私は友達のフリをし続ける。ずるくて醜いとわかっていながら、偽りの表情を作る。
「佐野くん、早く登校してくれないかなぁ。あ、でももうちょっと待ってほしいかも……」
うっとりと語る志乃を、愛おしく眺める。
なのに胃の中のガトーショコラが、やけに重く感じられた。
ビター・ガトーショコラ 夏希纏 @Dreams_punish_me
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