「恋人がほしい」と呟いたら幼馴染が「出会いがあるまで恋人っぽいことしてあげる」と提案してきた
笹塔五郎
幼馴染が恋人(仮)になった
「はぁ、恋人がほしい……」
私はぽつりと、雪の降る外の景色を眺めながら呟いた。
季節は冬――十二月二十四日のクリスマスイヴだ。
世間的には多くのカップルが、夜になるにつれて二人で過ごしていることだろう。
「なに、私じゃ不満ってこと?
そんな私の言葉に反応したのは、すぐ隣でくつろぐ幼馴染の
半ば苦情に近いものであったが、彼女は特に気にしている様子もなく、ベッドの上で本棚から勝手に取り出した漫画を読み耽っている。
幼い頃から家が近所で、幼稚園から高校一年生の現在に至るまで、行きも帰りもほとんど一緒に過ごしてきた相手。
「何でフルネーム読み?」
「今読んでる漫画で人のことをフルネームで呼ぶキャラがいるから」
「いや影響力! 別に不満になんて思ってないけどさぁ、いい加減……私達もいい歳じゃん?」
「高校一年で言う台詞じゃないよ。それに、恋人がほしいって言ったって、できたことないでしょう?」
「そりゃ、ないけどさ」
嶺理の言う通り――私に恋人がいたことはない。
特別可愛いかって言われると、正直よく分からない。
スポーツは得意な方だけど、部活はやっていない。
趣味でやる程度ならいいが、本気でやると話は別。
私にはそこまでの情熱はなくて、だから人付き合いの範囲もそんなに広くはない。
「そういう嶺理だって、恋人いたことないよね?」
「告白はされたことあるわよ」
「え、マジ!?」
「マジ」
「嘘、だって聞いたことないもんっ」
「何でもかんでも報告しないといけない間柄?」
「うっ、それはそうだけど……。え、それで?」
「それで、とは」
「付き合ったの?」
「私、毎年クリスマスはあなたと一緒にいた記憶だけれど、違う?」
嶺理はパタンっ、と漫画を閉じて呆れたような表情を向けてくる。
――はっきり言って、私から見て彼女は美人だ。
同い年だけれど彼女の方が身長が高くて、大人びた雰囲気を感じる。
少し初対面では冷たい雰囲気を感じるかもしれないけれど。
確かに、嶺理になら告白する人が一人や二人いてもおかしくはない……。
「でも、クリスマスの後に付き合って、クリスマスの前に別れた可能性も……」
「それは遠回しに私は一年も満足に恋人と付き合えない人間だと言っているという解釈でいいわね?」
「ち、違う違う! ただ、告白されたのなら、どうして受けなかったの?」
「当たり前のこと聞くのね。相手のことがよく分からないから」
「付き合うまでいかなくても、友達からとかさ」
「相手は恋人になりたいという前提で私に近づいてきてるのよ。その上で『友達同士』なんていうのは面倒じゃない」
「まあ、そっか」
嶺理の言葉に納得するようにして、私は彼女の隣に座る。
彼女は彼女で、手に持った漫画を閉じたまま開こうとしない――時刻はもう八時を回っていて、そろそろ家に帰る時間が近づいている。
何だろう、沈黙が少しだけ気まずい。
「……そんなに恋人がほしいなら、あなたに出会いがあるまで私が恋人になってあげましょうか?」
「えっ?」
思わず、驚いて嶺理の方を見てしまう。
少し悪戯っぽく笑う彼女を見て、すぐにそれが私をからかう冗談だということが理解できた。
「ちょっと、悪質だよ、その発言」
「どうして。私の提案に不満があるの?」
「だって、その気もない癖にさ」
「いいえ、本気で言っているのよ」
「……何で、そもそも、女同士でしょ?」
「恋人、というくらいだから彼氏に限った話でもないと思って」
「……」
核心を突かれた、というべきだろうか。
確かに、私は彼氏がほしいとは言っていない。
むしろ、彼氏はいらなくて――私がほしいのは『彼女』であった。
より具体的に言えば、目の前にいる幼馴染。
だから、『悪質』なんて言葉が不意に出てしまった。
私はあなたのことが好きなのに、どうしてそんな冗談を――という、嶺理には伝わるはずのない言葉だ。
あまりこの話をすると、私の方はボロが出てしまいそうで、早めに話題を切り替えようとする――けれど、頭の中に過ぎったのは、もしもここで了承した場合のこと。
「本当に私の恋人になってくれるの?」
「ええ、あなたに恋人ができるまでなら」
「……なにそれ、公認の浮気?」
「付き合ってもいないのに浮気も何もないでしょう。恋人ごっこみたいなもの、とでも言えばいいのかしら。あなたが寂しいって言うから、私が付き合ってあげるのよ」
随分と偉そうに言う――思わず、ムッとした表情を浮かべてしまう。
付き合ってあげる、というのかなり上から目線だ。
だが、ここで強く反論してしまうと、この話はなかったことになってしまうかもしれない。
この提案は、私にとって非常に有利なものなのだから。
「……ごっこ、ね。じゃあ、ちゃんと恋人らしいことできるんだよね?」
「そうね。あなたの言う恋人らしいことが何か知らないけれど」
「それはもちろん――キ、キスとか……?」
ごにょり、と急に言葉が小さくなってしまう。
いざ恋人同士ですること、と言うと中々恥ずかしくて口に出せないものだ。
「まあ、それくらいはするでしょうね」
嶺理は特に慌てる様子もなく、澄ました顔で答える。
「じゃ、じゃあ嶺理の言う恋人らしいことって何さ!」
「教えてほしいなら、まずはこの恋人ごっこに同意してもらわないと」
「いいよ、今から私と嶺理は恋人ってことで!」
私は流れるようにこの恋人ごっこに同意した――どうあれ、私が主導権を握ればいいだけの話。
この『ごっこ』を通じて、本物の恋人になればいいのだから。
「それじゃあ、恋人らしいことでも早速する?」
「!」
またしても嶺理からの提案だが、先ほどの流れから察するに間違いない。
だが、あえて私は自分からは口にしない。
「恋人らしいことって?」
「恋人のすることと言えば決まっているじゃない、セ〇クスよ」
「ま、まあ、嶺理がすぐにしたいって言うなら……は?」
……は?
***
「は、ちょ、何言って……?」
「だから、セッ――」
「繰り返さなくていいよ!? 何でそうなるの!?」
嶺理のとんでもない提案に、私は動揺を隠せない。
けれど、彼女は至って冷静に答える。
「今日が何の日か知っている?」
「何って、クリスマス、だけど」
「クリスマスは恋人がそういう行為に及ぶ可能性が最も高い――恋人になったのなら、しても別に問題のない行為だと思うわ」
説明を聞いたところで、どのみちとんでも理論だった。
恋人になったから?
嶺理にとっては、『恋人ごっこ』のはずだ。
それなのにいきなりこんな提案――いや、そうか。
私のことを、彼女はからかっているのだ。
理解した瞬間、思わず怒ってしまいそうになるが、冷静さを失ってはそれこそ嶺理の思うツボだ。
なら、こちらも彼女の言葉に乗るしかない。
「……ふぅん、そういうことなら……す、するってことで、いいんだよね? 私と嶺理はこ、こ、恋人同士、だし……」
「ええ、もちろん」
「じゃ、じゃあ……部屋の電気、消す?」
「あなたが恥ずかしいのなら、構わないわよ」
「私は別に恥ずかしくなんか――」
「なら、このままでもいいわよね」
「へ?」
途端に、私は嶺理に押し倒された。
手首を掴まれて、ベッドの上で覆いかぶさるように。
すぐに反応できず、起き上がろうとしても、彼女の方が力が強い。
「み、嶺理さん……?」
思わず、『さん』付けで呼んでしまう。
彼女の表情は真剣で、とても冗談のつもりのように見えない。
不意に、太腿の辺りに彼女の手が触れて、思わず身体が反応する。
「どういう風にしたい?」
「ど、どういう風って……?」
「私が涼香のこと、気持ちよくしてあげるから」
「気持ちよくって――ひゃんっ!」
変な声まで漏れてしまう。
だって、太腿からどんどん上の方にまできて、いよいよ下着の中にまで手が触れそうなのだ。
少し冷たい彼女の指先が、どこかくすぐったくて、けれど嫌悪感はない。
だって、私は彼女とこういう関係になりたかったのだから。
でも、嶺理の提案はあくまで『恋人ごっこ』だ。
「つ、付き合いたてなのにいきなり、え、えっちなことなんてする!?」
「――」
ピタリ、と私の言葉を聞いて、嶺理の動きが止まる。
「そうね、関係によってはすると思うけれど」
「関係って?」
「たとえば、付き合う前までは――幼馴染だった、とか?」
それは――私達の関係のことを言っているのだろうか。
幼馴染からスタートして、恋人になった。
そういう体だから、すぐに行為に及ぶのだ、と。
私は、別に嶺理とそんな関係だけの恋人になりたかったわけじゃない。
「わ、私は……その、もっと、ロマンチック? というか、幼馴染でも、ほら! その、デートとか色々、あるじゃん? なんか、いきなりこういうのじゃなくて……」
押し倒されたままに、頭の中の整理ができずにどんどん声が小さくなっていく。
嶺理はそんな私の様子を見てから、くすりと笑みを浮かべて、
「――冗談よ。反応が可愛いからつい、ね」
「……は、冗談……? それって、恋人ごっこも嘘ってこと?」
「随分と戻るのね。そこは本当で――あなたが別にえっちなことをすぐにしたいわけじゃない、って言うから」
嶺理はようやく私のことを解放してくれて、そのまま立ち上がる。
「今日は帰るわ。健全な恋人として、明日からよろしくね」
そう、勝ち誇った顔をして部屋を去って行く。
一人、取り残された私はただ呆然として――
「ぜ、絶対に本物の恋人になってもらうから……!」
そんな負け惜しみのような言葉しか、出すことができなかった。
「恋人がほしい」と呟いたら幼馴染が「出会いがあるまで恋人っぽいことしてあげる」と提案してきた 笹塔五郎 @sasacibe
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