うらのつかさ短編集

折上莢

第1話 うらのつかさバレンタイン

「りんちゃん、チョコレートは作ったかえ?」

「チョコレート?」


 保也の言葉を反復した凛々花は、カレンダーを見てバレンタインデーの存在を思い出した。その日は来週末に迫っている。


「ああ、バレンタインデー」

「そう! 吾は晴明にあげるんだ〜、もちろん本命!」


 保也はスイスイとスマホをスクロールした後、凛々花に向けた。

 画面にはハート型のブラウニーが表示されている。驚いたのはその大きさだ。


「あの、これ大きさどのくらいなんですか…?」


 隣に置かれているゴムベラの二倍くらいあるのではないだろうか。ゴムベラは一般的なサイズで、だ。


「うん? うーん、あんまり大きさは考えなかったな。ただ、ラッピングが難しくて…どれも小さすぎないか?」

「いや、保也さんの作ったブラウニーが大きすぎるんだと思いますよ」

「ええ〜! 晴明への愛はこんなもんじゃないのに⁉︎」


 ショックを受ける保也に、凛々花は苦笑いした。


「で、りんちゃんはチョコ作る?」

「え、全然考えてませんでした……」

「累ちゃんたちと作りなよ! 吾と交換しよ!」

「え、いいんですか?」

「うん!」

「普通の大きさでお願いします」

「うん?」


 保也がきょとんと首を傾げる。あの大きさのものを量産するとは思えないが、一応保険をかけたはずだった。


「……普通の大きさがいいです」

「うん! りんちゃんへの愛の大きさを表現するからね!」

「普通で……」


 保也は話を理解しているんだかいないんだか。ニコニコ笑顔で、「りんちゃんへの愛の大きさ!」という言葉を繰り返す。


「あれ、保也と凛々花ちゃん何してんの?」


 昼休憩を終えた明近が帰ってきた。保也がひらりと手を振る。


「バレンタインデーの話よ」

「おっ、何々? 俺にくれるって?」

「いや明近には考えてない」

「えー? でも保也、毎年俺にはくれないよね」

「靖近にもらえるから良いだろうに」

「弟からもらってもカウントできないでしょ」


 明近が、ずいと凛々花に顔を近づける。


「凛々花ちゃんはくれる?」

「え、あ、はい」

「うんうん! 俺、チョコならなんでも好きだからね!」


 パッと笑顔になる明近の首根っこを掴んで引き剥がす保也。


「りんちゃんに近寄るなケダモノめ。お前は外に彼女がいっぱいおるだろうに」

「引っ掛けた女の子から貰うものなんて、何が入ってるかわかんなく手食べられないよ〜」

「女の敵め」

「いやあモテるって大変だよね! 一番怖かったのはどこで入手したかわかんない媚薬入りチョコね」


 びやく……と凛々花が呟く。


「た、食べたんですか……?」

「うん? 興味ある?」

「いや、ないですけど……ていうか、なんで媚薬が入ってるってわかったんですか?」

「面と向かって言われたー。『媚薬入りだから食べて』って。断って捨てたけど」


 凛々花と保也が身を寄せ合う。捨てた明近も酷いが、面と向かって媚薬入りチョコを食べさせようとしてくる相手も相当やばい。


「お前なあ……遊び相手はちゃんと選べよ……?」

「最近は抑えてるじゃん」

「どこが? 毎日のように外泊してるのに?」

「え、なんで保也そんなこと知ってるの?」

「隣の部屋、吾なの忘れた?」

「部屋になんか滅多に帰らないから忘れてた」

「月一くらいで掃除はしておくれ」

「おけおけ」


 毎日のように外泊しているのに、それで抑えているのか……。凛々花は遠い目をした。


「楽しみだな〜凛々花ちゃんからのチョコ!」

 なんだかとても期待をされてしまっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る