「……手、繋いでてもいい?」

「ただいま。美愛みあは寒くない?」

「おかえりー。うん、大丈夫だよ」


 食後。

 すっかり夜になり、半袖ではさすがに肌寒さを感じたので、自室から薄手のパーカーを取ってきた。

 美愛は寒くないのかな、と思ったけど、もともと長袖を着ているので平気そう。


 晩ご飯の片付けも終わり、ガスランタンが優しく照らしているテーブルの上には、湯気立つカップが二つ。

 中身は緑茶。ティーパックでれたものだけど。


「はー……ご飯も食べたし、あとはゆっくりまったりしよー……」


 両手でカップを包み込むように持ちながら、ずずっ、とそのお茶をすすって美愛が言う。

 その視線は、ゆらゆらゆらめくランタンの炎へと向けられている。

 炎を見やすくするためか、映画を見ていたときのようにテーブルが前に出されて、椅子もまた隣り合うように密着していた。


 美愛にならって私もそのゆらぎを見つめる。

 見つめていると、なんだか不思議と気分が落ち着くような気がした。


「これであとは、焚火たきびができれば最高なんだけどなー……」


 けれど、ガスランタンの小さな炎だけでは物足りないのか、美愛がぽつり、とそう漏らした。


「あんなに『ガスランタンがいいんだよ!』って言ってたのに……物足りないの?」

「うん……ガスランタンもいいけど、やっぱり火は大きい方がいいなーって」

「聞きようによってなんか危ない発言だね、それ……。私はこれで十分だけどね、キャンドルみたいだし」

「それもわかるし、バルコニーだから焚火ができないのもわかってるけど、やっぱりキャンプで焚火をすることに憧れがあるんだよー……」


 美愛がしょんぼりした様子で言う。

 なんとかしてあげたいけれど、さすがにバルコニーキャンプで焚火は、万が一のことを考えるとできない。

 焚火かぁ……、と私はスマホでついつい調べてしまい――そこで見たものに私は思わず「あっ」と声をあげた。ひらめいた。


「? 佳奈かなちゃん、どうしたの?」

「いいこと思い付いた、ちょっと待ってて」


 椅子から立ち上がると、私はまた自室へと向かった。

 充電してあったタブレットと、普段使っている無線イヤホンを手に取り、バルコニーに舞い戻る。


「タブレット?」


 椅子に座ってタブレットを操作し始める私の手元を覗き込んだ美愛が首をかしげる。


「うん。さっき見かけて――あった、これだ」


 動画サイトを開いた私は、目的の動画――焚火の動画を再生した。途端、画面に広がる、ゆらめくオレンジ色の炎。

 それを全画面表示にすると、タブレットのケースをスタンドにしてテーブルへ置いた。


「うわぁ……焚火だ……!」


 タブレットを見た美愛が感嘆の声をあげる。

 無線イヤホンの片方を美愛に渡して、私も右耳に装着する。すると、まきぜるパチパチとした音が臨場感を伴って聞こえてきた。


「動画だけど、ないよりマシでしょ?」

「うんっ! ありがと、佳奈ちゃん」


 にこにこと笑顔を浮かべる美愛と並んで、画面の中の焚火を眺める。

 焚火の醍醐味だいごみである熱を感じることはできないけれど、大きくゆらめく炎に、炭化して赤くなる薪、薪の爆ぜる音――といった焚火の要素は動画でもしっかりと体感することができて、心が落ち着く。

 私的にはガスランタンの小さな炎でも十分だったけれど、美愛が焚火に憧れる気持ちもわかるような気がした。


 二人してお茶を啜りながら、会話もなく、焚火に見惚みとれる。

 空には満天の星――とまではいかないけれど、田舎らしくそれなりに輝く星。

 いい雰囲気の中、まったりとした時間が流れていった。


 カップの中のお茶がなくなる頃、私はふと、頭に浮かんだ疑問を美愛に投げかけた。


「――そういえばさ、美愛ってたこ焼きプレートなんて持ってたんだね」

「っ! う、うん……」


 私の言葉になぜかびくり、と驚いたような反応をする美愛。

 そのことを疑問に思いながらも、私は言葉を続ける。


「美愛に色々とご飯作って食べさせてもらってるけど、たこ焼き作ったの初めてじゃない?」


 美愛の家に遊びに行くと、料理好きな美愛は私に色々と作ってくれる。

 けれど、たこ焼きは今日のキャンプが初めてだった。


 たこ焼きプレートなんてものを持っていたのに、これまで作らなかったことに私は違和感を抱いた。

 そんなものを持っていたなら、美愛なら真っ先に使いそうなのに。使い込まれたあとがあったから、今日のために買ったってわけでもなさそうだし。


「……たこ焼きは、やなことを思い出すから」

「美愛……?」


 私の疑問にぽつり、と美愛が呟く。

 うつむいた顔は暗く、美愛が今どんな顔をしているのかわからなかった。


 さっきご飯を食べているときはあんなに元気そうで、美愛が言う『やなこと』を思い出しているようには見えなかったのに。

 けれど思い返せば、晩ご飯のときの美愛はいつもよりテンションが高めだった。キャンプだからかな、と思っていたけど、実は空元気だったのかもしれない。


「あの、ね……佳奈ちゃん。あたしがなんで転校してきたのか、話したことなかったよね」

「……ん、そうだね」


 高校受験も近い、中学三年生の秋に転校してきた美愛。

 ずいぶんと変なタイミングで転校してきたことから、何か事情があるんだろうな、とは思っていたけど、これまでその理由を聞いたことはなかったし、くようなこともしなかった。

 中学のときのクラスの誰かは知っていたのかもしれないけど、そのときクラスで孤立していた私には噂すら耳に入ってくることはなかった。


「転校してきて、佳奈ちゃんと出会って仲良くなって……――でも、その理由だけは今まで話せなかった」


 転校してきた頃の美愛を思い出す。

 今のような明るさは鳴りを潜めていて、転校生だからとクラスの注目の的になっていたときにも誰とも仲良くしようとせず、そのうちに飽きられてひとりきりになっていた。

 そうしてクラスであぶれた者同士――美愛と仲良くなったのはそれがきっかけだった。


 でも、ずっと不思議に思っていた。

 私の前で見せるような、人懐っこくて明るく元気な美愛なら、友達がたくさんできたに違いないのに。

 もしかすると、その理由のせいで美愛はわざと――


「――今日はね、それを話そうと思ってたの」

「……美愛、大丈夫? 無理に話そうとしなくてもいいんだよ……?」


 私から見てもわかるほどに、美愛の身体は震えていた。

『やなこと』を思い出してしまっているのかもしれない。

 転校してきた理由――知りたくないと言えば嘘になるけど、美愛に無理をさせてまで知りたいようなことでもない。


 けれど、美愛は首を横に振った。背中の、ひとまとめにしてある髪が揺れる。


「ううん、佳奈ちゃんには知ってほしい。じゃないと、あたしはこれ以上、前に踏み出せないから……」


 声も表情も暗く沈んでいるけれど、美愛は私の顔を見てそうはっきり言った。

 これまで話さなかったことを話そうとするには、相当な決意が必要なはず。

『やなこと』を思い出すたこ焼きを作ったことも、もしかしたら美愛にとって決意の表れだったのかもしれない。


 ――普段言いづらいようなことも、キャンプでなら言える気がしたの。


 美愛の言葉を思い出される。

 その言葉はきっと、今から話そうとしていることを指していた。


「……手、繋いでてもいい?」

「ん、いいよ」


 私が差し出した左手を、美愛の右手がぎゅ、と握る。私よりも小さなその手から、震えが伝わってくる。

「ありがと」とささやいた美愛は、転校してきた理由を語り出した――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る