第2話 クールな妹は皮肉屋です
翌朝、いつも通りに登校した俺は、教室に入るなり友人の純也が「あー、眠い」と机に突っ伏しているのを見つけた。彼は寝ぐせだらけの髪をぼさぼさとかきながら、面倒くさそうに俺に挨拶をする。
「おはよー、直人。……あれ、なんか顔色悪くないか?」
言われてみれば、昨日は妙に落ち着かない夜だった。義妹が来た初日、しかも掲示板で俺を“落とす”なんて怪しいものを見てしまったせいで、頭がごちゃごちゃしている。
「ちょっと寝不足でさ」 「へえ、もしかして義妹がどうとか?」 「……なんで知ってるんだよ」
純也はクラスの情報通でも何でもないが、どうやら廊下で俺と母さんが話しているところをちらっと見たらしい。「再婚で家族が増える」なんて珍しい話題だろうから、適当に察したんだろう。特に隠すこともないので、簡単に「母が再婚して妹が来たんだ」と説明すると、純也は急に目を輝かせて身を乗り出してくる。
「妹っていいなあ。可愛い? 仲良くやれてる?」 「まだよくわからん。まあ……悪い子じゃないと思うんだけど」
――と、そのとき、ホームルームの開始に合わせてクラスメイトがざわざわし始めた。ふと廊下に目をやると、見覚えのある黒髪がすれ違っていくのが見える。柚葉だ。だが、彼女はこちらをまったく見向きもせず、足早に通り過ぎた。
「あれ、今の子、直人の妹って噂の……? やけにクールっていうか、こっち見てくれないんだけど」 「いや、俺にもあれだから」 「そっけな」
純也は苦笑しながら頭をかいている。確かに家ではあんなに甘えた様子を見せたくせに、学校では挨拶すらしてくれない。いきなり上手くいくはずもないか、と自分に言い聞かせるが、正直なところ少し戸惑いを覚える。
――休み時間。同じクラスの女子たちが雑談しているのが耳に入ってきた。
「ねえ、橘さん(柚葉の旧姓)って子、クールっていうか……怖いよね。ほとんど笑わないし」 「この前、男の子が『一緒に帰ろう』って声かけたら、すごい皮肉言われたって聞いたよ。“私より足が速いなら勝手に追い越して”とか何とか」 「こわー」
そんな話を聞きながら、俺は昨日の柚葉の姿を思い出している。玄関先では確かにクールだったけど、家に入ってからは完全に甘えん坊だったじゃないか。それが学校では皮肉屋で近寄りがたいオーラを放っているなんて、ギャップが激しすぎる。
放課後、純也と別れて昇降口を出たとき、ちょうど柚葉が俺の前を通り過ぎた。声をかけようか迷ったが、彼女は一瞥すらくれずに足早に行ってしまう。周囲の人間が見ている前で話しかけるのは嫌なのか……? いや、そもそも義兄妹って言っても、そこまで気にするものだろうか。
「はあ……」
困惑しながら家に帰ると、先に帰宅していた柚葉がリビングのソファに座ってテレビをつけていた。学校で見せた冷ややかな雰囲気とは打って変わって、俺を見つけるや否や、ぱっと目を輝かせる。
「お兄ちゃん、おかえり……! お疲れさま」 「お、おう」
笑顔で出迎えられただけで内心ドキリとする。そこに母さんの姿はなく、どうやら残業で帰りが遅くなるという連絡があったらしい。柚葉はそっとソファの隣をぽんぽんと叩いて俺を誘う。
「今日、学校で頑張って疲れた。……お兄ちゃんも疲れたでしょう?」 「ま、まあ、普通に授業があっただけだけど」 「ここ、座って……」
言われるがまま隣に座ると、柚葉は自然と体を寄せてくる。ほんの数時間前、あんなにもクールで素っ気ない態度だった子と同一人物とは思えない。俺が混乱しつつも黙っていると、柚葉は小さくため息をつきながら肩に頭を乗せる。
「……家に帰ってくると、やっぱり安心する」
その言葉に、俺は何とも言えない気持ちになる。確かに家の中では俺にだけ甘えるのかもしれないが、どうしてこんなにも態度が違うんだ? このギャップは、いずれ俺が慣れてしまうものなのか。それとも、この先もっと翻弄されるのか……。
夕食を適当に済ませ、それぞれが部屋に戻ったあと、俺は何とはなしにリビングに降りてきた。喉が渇いて水を飲もうとしたら、ソファに柚葉の姿がある。タブレットを開いて、なにやら真剣に画面と向き合っているようだ。
「……次はこうやって距離を詰める……か」
小さな声で呟いた柚葉の口元には、うっすらとした笑みが浮かんでいた。遠目に見ても、掲示板らしい書式が表示されているのがわかる。まさか、あの「兄をオトす作戦スレ」だろうか。
(やっぱり、あれ本気でやってるのか……?)
胸の奥がざわつく。クールで皮肉屋の妹が、家では甘々。その裏では怪しげな作戦会議。いったい何がどうなっているんだろう。何もかもが妙にちぐはぐで、俺は息を飲んだまま、柚葉に気づかれないように静かに部屋へ戻った。
新しい生活が始まってわずか二日目。これから先、俺はもっととんでもないギャップに振り回されるのかもしれない……そんな予感だけが、強く胸を押し広げていた。
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