恋を知らない聖女様は死にました

星式香璃143

第1話★プロローグ

 ――大聖女だいせいじょとは。



 何人もの聖騎士、魔術師が挑もうと、傷一つつけることもかなわなかった【世界を破滅へと導く最強最悪の魔王まおう】――の存在を、武器を持たず、また一滴の血を流すこともなく《完全浄化》し、世界に平和をもたらした【神の代理人だいりにん】。



 歴史にその名を刻んだ大聖女は、魔王を浄化し、世界に平和をもたらしたのち、老衰ろうすいで亡くなる直前まで民の幸せを心から願い、慕われ、惜しまれながら《大往生だいおうじょう》したという――。





「つまらんと思いませんか?」

「おやまぁ、どこがです?」




 どうみても、ハッピーエンドでしょうに。

 どこが気に食わないのですか?



 そういわんばかりに、《元大聖女様もとだいせいじょさま》は亡くなった当時の姿――齢120を越えた老婆の姿で微笑んだ。

 光の当たり方で虹色にも見える銀髪を太い三つ編みにし、金の刺繍が施された白いローブで隠す。

 歳をとり、枯れ枝のような指先でつまんだティーカップをソーサーに戻しながら、目の前にいる《偉大なる存在》を悪戯いたずらに光る虹色の瞳でうかがいみた。


 その瞳は、まるでガラス細工のように繊細で、うるうると揺らめく乳白色の中で遊色効果を示すプレシャスオパールの瞳。

 120を超え、天に召されても神に匹敵する神聖力溢れる瞳は、すべてを包み込む穏やかさをまといつつも、毅然とした態度で、テーブル越しに茶を嗜む相手を見据える。




「これが人類の歩んできた軌跡きせきであり奇跡キセキ。いくら神といえど、人類の選んできた歴史に口出しをする筋合いはございませんよ」

「うーん、この大聖女。手強い」



 ここは《天界》にある神のガーデン


 空は七色に輝き、足元には白く霞んだ雲達が床となり、すりガラスのような雲の隙間から下を覗けば、悠久の大地が広がっている。天界は常に明るく、光を帯びていて、夜が来ることない。


 そして、その【天界の王】であり、最も高貴で完全なる存在。

 つまり、目の前にいる弾けんばかりの筋骨隆々の体躯に、白銀に輝く布と宝飾品をまとい。男性的で肉厚な唇に、真っ赤なルージュを施し。顔の半分、鼻から上の全てが《王冠》で隠れている【異形の見た目】をした存在が、「つまんなぁい」と物憂げにため息をついた。

 


「だぁっえぇ~~アナタ!! 王子と結婚しなければ《生涯独身》を貫いたじゃない!」

「もちろんでございます。わたくしの恋人は《すべての国民》ですからねぇ」



 大聖女が可愛らしく微笑むと、その背後から穏やかな斜陽のような光が放たれる。神以上の光彩で背後を照らしだす大聖女に、「今、そういう興行収入天元突破しそうな人気キャラ的な発言はいらないのよ」と、神が吐き捨てた。



「間違えました。わたくしの恋人は《全ての生きとし生けるもの》……訂正してお詫び申し上げますぞ」

「お詫びしたいんなら光量をお下げ。大体ねぇ、王子があれっっだけ求愛してきたのになんで結婚してやらなかったのォ?」

「わたくしは神に仕える身……それはもちろん王子もご納得の上でございました」



 生前、大聖女が魔王を浄化したのち、その国の王子が聖女に熱烈な求婚をしてきたのは事実。


 しかし、大聖女はその求めに一切応じず、生涯パートナーはおろか、《恋人》すら持つことはなかった。


 結局王子は、政治的な繋がりもあって隣国の姫と結ばれ、王家の栄光は末永く続いたそうな。



「なんなの? 可哀そうじゃん、王子」

「あぁ……偉大なる神よ……何度も申し上げましたが、それは隣国の姫を誠実に愛された王子に対して失礼ですぞ」

「男嫌いなの?」

「そうではありませぬ。ですが、わたくしの《身体》は神に、魂は《民》に捧げました。民を守るため、常に一定量の神聖力を出し続けるためには、清らかなる身を保持し、祈りを捧げることで……」


「だぁかぁらぁ~~~!! その聖書的きょうかしょてきな思考回路がもうすでにおもしろくないんだってば~~~ッ!!」



 老婆の三倍は大きな体躯で突然立ち上がった神は、幼子が駄々をこねるようにテーブルを叩きだした。大地震を思わせるその振動は、テーブルの上にある豪奢なティーセットや色とりどりのデザートたちを生き物のように飛び跳ねさせだす。

 そのため大聖女は、いつも「茶器たちが傷ついてはならない」と、まるでピアノを弾くように細い指を動かし、指先から魔法のように白銀色の《神聖力》を出しては、茶器たちをテーブルという震源地から浮かせ、避難させるのが《日常》だ。




 そう。大聖女となった彼女は、天に召されたのち、神との《茶飲み友達》になったのだ。



 神はあまりにも尊すぎる存在。

 誰もがこうしてテーブルをともにできるわけではないのだが、この大聖女は、神の創りし世界を魔王から救い、生涯純潔を貫いた。

 それだけでなく、その命尽きるまで神に授けられし《神聖力しんせいりょく》を、悪用することなく、他人の幸福や癒しのためだけに使い続けたのだ。


 毎日の祈りを欠かさず、己の身を削って他人の幸福のために動き続けた――その功績から、死後、神の目に留まり、神の茶飲み友達へと任命されたのだが。




「神よ、少しは落ち着いてくだされ」

「アンタが落ち着きすぎなのよォ!!」

「それは申し訳ございませんねぇ、わたくしもずいぶんとしをとってますゆえ……」

「アタシの1000分の1すら生きてないピチピチ魂のクセにババアぶっちゃってまぁ~~ッ!!」




 これだから人類ホモ・サピエンスは面白いのよ!!!!



 怒っているのか愉しんでいるのか。

 天に拳を突き上げながら「そこが好き!!」と絶叫する神は何事にも《刺激を求める性質》らしい。ゆえに、こうして話の途中でヒートアップしがちだ。


 神は全ての命を《平等に愛する》。

 しかし、その中でも高い知能を持つ人類ホモ・サピエンスは別格という。


 理由は、人類は高い知能や想像力を持ちながらも、毎分毎秒、自らの行動で同族の首を絞めるような愚かな行動を繰り返し、戒めのように神に祈りつつも、同時に神に喧嘩を売るような行動も平然と犯す。

 また、いつの世でも愛憎や名誉、欲のために同種族間の殺戮を繰り返す――なんともアンバランスで見ていて飽きの来ない生物。



 神は、そんな人類の巻き起こす悲劇という喜劇が大好きだ。

 そしてその中でも、特に《色恋沙汰》が大好物らしい。



 なので、大往生した大聖女が天界に来たと知り、真っ先に《茶飲み友達》にと認定した、と。



 聖女と言えど《元人間》。


 人間といえば、快楽目的で繁殖行動を行う摩訶不思議な動物。

 聖女という肩書きをもちながら、その実、様々な迷える子羊オス共と関わり、身体を繋げなくとも、なんやかんや聖職にあるまじき不埒な行為をしていたに違いない。

 もしくは、秘められた恋に胸をときめかせていたのかも――そういうハレンチ極まりない土産話を期待していたのに―――。


 

 あろうことか、この大聖女。

 神の期待を裏切ることに、その経歴を偽ることなく、彼女の人生には一点の曇りもなく、本当に全っっっく《恋愛経験》がなかったのだ!!





「というわけで! アナタには下界で悪女あくじょになっていただきます!!」




 振り上げたこぶしを下ろしながら、神が高らかに宣言する。

 同時に、神聖力で茶器を浮かせたままの大聖女に《悪女》という二文字がドドンと効果音付きで背負わされた。

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