chapter:31――暁の星号窃盗事件(解決編)


――あの騒ぎから一時間後、彼はほっと胸を撫で下ろしていた。

まさかあそこまで騒ぎが大きくなろうとは、思わぬ事であった。

しかし、あの老人、ボレストニック教授があそこまで怒りを露わにするとは……やはり只者ではなかったか。

とはいえ、空間魔術でセキュリティをしていようとも、この列車に仕掛けたある細工は見破れなかった様だな。

所詮は老いた鷹という所か、魔法だけでしか物事を見ない分、物理的な仕掛けに対しては疎いようだ。


……さて、最後の仕事へ取り掛かる事にしよう。

あのプレミアムスイートに泊っている冒険者風の三人、見た目はあんななりだが、恐らくは相当な大金を持ち歩いているに違いない。

翌日になって、金品がなくなって驚く冒険者風の三人が驚く顔が見ものだ。

彼らはそう思いながら、プレミアムスイートのある8号車へ歩を進み始めたのだった。


…………


 時刻は深夜、8号車の車内の通路の殆どの照明が消灯され、夜間用の僅かな照明が点いているのみで薄暗い。

9号車の展望車には運転手以外に誰もいないという事は確認済みだ。早速仕事にかかるとしよう。

彼らの一人が、通路の装飾を横へずらすと、音もたてず壁の一部が浮き上がり、横へずれる。

その向こう側はプレミアムスイートの個室の中である。

それを確認した彼らのもう一人が、個室の中へ手を翳すと、小声で魔術の詠唱を開始する。


「全てを眠りへ落とせ、眠霧スリープ・フォッグ


 呪文の発動と共に個室の中を白く染める濃霧が吹きすさぶ。

その霧をひとたび吸い込めば、たとえ屈強な獣人すらをもたちまち眠りに落とす事だろう。

彼らは聞き耳を立て、中の様子を窺う。聞こえるのは穏やかな寝息だけ。


「へっ、楽な仕事だな……個室だからと言って不用心に鞄を開けっぱなしにしてるとは、所詮はおのぼりの冒険者と言った所か」


 通路側に仲間を置いて見張りにして、中に侵入した彼は鞄の中の金品だけを盗もうと手を伸ばした矢先――。


「――!?」


 突然鞄の中から伸びてきた獣毛の生えた獣人の物と思われる手が彼の手をがっしと掴み、掌の肉球が彼の腕を握り締める。

咄嗟に彼は手を引き抜こうとしたが、まるでビクともしない。

まるで万力に挟まれた様な痛みを伴う状況の中、鞄の中からずるりと出てきたのは豹獣人の女。


「ひょっとしたら警戒して来ないかと思っていたが、流石にプレミアムスイートの客の金品は狙わないって事は無いと思ってたぜ」


 そう言って笑みを浮かべるのはレイク、そして腕を掴まれ驚愕の表情を浮かべるのは車掌のセリック・アインシュバイン。

レイクは無限鞄インフィニティバッグの中に身を潜めて、セリックが鞄へ手を伸ばすタイミングをずっと窺っていたのだ。

そして予測通り、セリックは金品を盗み取ろうと部屋に侵入して鞄の中へ手を伸ばし、レイクはその手を掴んだと言う訳だ。


「おーい、レイク、外の見張りも黙らせておいたぞ」


 どさりと音を立てて部屋に倒れこんだのは、麻酔弾を受けて昏倒したコンシェルジュの女性。

その後に部屋に入ってきたのは、人間の冒険者と、そして奇妙な武器を持ったエルフの女性の姿。


「貴様、この部屋で寝ていた筈じゃ……!?」

「ああ、このベッドにあるのは、寝息の音を立てる人形だよ」


 狼狽するセリックに対し、俺はベッドの毛布をめくり、中にある人形を露わにする。

嵌められた! セリックが仕掛けられた罠に気付いた時にはもう遅い。


「兵士の皆さん、現行犯で犯人を捕まえましたよー」


 俺の一言と共に、既に剣を抜いたシュバル帝国の黒服の兵士たちがドアを開けて突入し、セリックを包囲する。

その後に兵士の隊長と、ボレストニック教授が入室してくる。


「こいつが今までの窃盗事件の犯人か……まさか車掌が金品窃盗を行っていたとは」

「おまけにワシの子供とも言うべきこの列車に、この様な狡い細工まで施しおるとは、これは数百年単位の監獄生活は確実じゃな」


 隊長が呆れと共に呟いた言葉に、ボレストニック教授は怒りを滲ませて言う。

そんな彼らの姿を見ながらも、セリックは不敵な笑みを浮かべると、掴まれてない方の手で隠し持っていた小さな水晶球を取り出し。


「1番、爆破!」


――ズゥン――


 セリックのその一言と共に、何処からか爆発音が響き、

それによって列車が緊急停車し、セリック以外のその場の全員が体勢を崩しそうになり足を踏ん張らせる。

同時に、隊長の腰の胸元につけている、通信用の水晶球から慌てた様子の兵士の声が聞こえる。


『5号車の車掌室にて爆発が発生!』

『只今消火作業中!』

「……貴様、何をした!」

「へっ、この列車に施した仕掛けのもう一つを作動させたまでだよ。おっと、列車の運転を再開する様に運転士に伝えろ! 後この列車の状況を外に漏らすんじゃねえぞ!」


 隊長からの問いにセリックは不敵な笑みを浮かべたまま、勝ち誇った様に答える。

そしてセリックの要求通りに、兵士の要請を受けた運転手の手により暁の星号がゆっくりと運転を再開する。

列車が動き始めたのを確認したセリックは、勝ち誇った様子のまま、手にした水晶玉をチラつかせつつ言う。


「この列車の各所に、さっき爆破したのと同じ遠隔爆破装置が取り付けてある。もし俺が水晶球こいつに命令をすればこの列車はドカンだ」

「そんな事をすれば貴様とて無事では済まないぞ……!」

「はっ、テメェらに捕まって監獄で死ぬまで過ごすよりマシだよ……ったく、一年かけて建てた計画の最後の最後で台無しにしやがって」

「……何が望みだ……」

「まずは俺に向けた武器を下げろ、そして何もせず次の運転停車駅で俺を下ろせ、俺の要求はこれだけだ。下手に動けば水晶球こいつで列車を爆破するぞ」


 隊長の問いにセリックは勝ちを確信した様に答える。

その言葉を聞いて、隊長は無言で手の合図を送り、周りにいる兵士達に武器を納めさせて下がらせる。

俺もまた、手にしていたガバメントをホルスターに収め、セネルさんも手にしていたスナイパーライフルを床に置く。


「おい、獣人の女、いつまで俺の腕を掴んでんだ! ……っと、丁度いい、運転停車の駅までの人質にしてやる」

「ちっ、こんな卑怯な真似をしたら、監獄行きどころか極刑を受ける事になるぞ」

「何とでも言え、獣人女! とにかく一切抵抗はするなよ? じゃなければ水晶球こいつで遠隔爆破装置を起爆してやるからな!」


 セリックはレイクの手を離させた所で、レイクの忠告に対して水晶球をチラつかせて警告する。

そしてセリックはレイクの首に腕を回して、人質に取ると個室から出ようとする。

くそ、これでは一切手出しができない、俺はいくら発想を巡らせても、この状況から突破する打開策が思い浮かばない。

ボレストニック教授も、シュバル帝国の兵士の隊長も、そしてセネルさんも、この列車全体を人質にされた状況では手出しできない。

……と、誰もが諦めかけたその時だった。


「汝の言う遠隔爆破装置とやらはこれの事か? 妙な悪意の痕跡を感じたので、長時間停車している間に全部無力化させてもらった」


 後ろからの何処か威厳のある女性の言葉と共に、幾多もの数の円盤状の物体が床に転がり落ちる。

セリックはその床に転がり落ちた物を見て驚愕の表情を浮かべ、同時に俺は遠隔爆破装置と思われる物を取り除いた声の主の方を見た。


「まったく、十年の眠りの間に完成した魔道列車とやらを満喫していたら、こんな無粋な真似をする輩が居るとはな……」


 そいつは金色の瞳の鋭い眼差しの、漆黒の黒髪を短く切り揃えた身長2m程の女性であった。しかし頭の左右に伸びた複数対の鋭い角。

更に漆黒の鱗に包まれた屈強な両腕と、背に生えた小さな翼、そして漆黒の鱗に覆われた屈強な竜の下半身の長い尻尾がゆらりと揺れる。

彼女は人間ではなく半竜人と言うべきだったが、その右角の虹色に輝く付け角を俺は見忘れる筈がなかった。


「お前、まさか……!?」

「くそ、全機爆破! 爆破!……まさか、本当に無力化されたと言うのか!?」


 俺がその竜人の女性の正体に思い当たり、驚きの声を上げる一方、

セリックが必死に水晶球に指令を送るも、床に転がる遠隔爆破装置は一切起動せず、彼を大いに驚嘆させる。

そしてセネルさんもまた、突然現れた竜人の女性に対し、目を見開いて驚いていた。


「くそ、こうなったら、別の機能を――」

「そうはさせるか!」


―――タァンッ!!――


 セリックが水晶玉に別の指示を与えようとする間も無く、

素早くガバメントをホルスターから抜いた俺が発砲し、セリックの水晶球を持った掌を精確に撃ち抜き、水晶球をその手から離れさせる。

掌を撃たれたセリックがその痛みに悲鳴を上げるようとするも――


「いつまでオレを人質にしてるんだクソ野郎!」


――ベチィンッ!!――


「――ケペッ」


 ――直後、このチャンスを伺っていたレイクが振り向き様に、セリックの顔面へ肉球ビンタの強烈な一発!

その一撃によってセリックは鼻の骨と前歯がへし折れ、踏み潰された蛙の様な声を上げる共に意識を刈り取られ、白目を向いて仰向けに倒れる。


「今だ、犯人確保ぉっ!」

「縛り上げて猿轡を掛けろ!」

「あそこに倒れている女も確保だ!」


 セリックが無力化されたのを見て取ったシュバル帝国兵士の隊長の号令と共に部下達が動き、

手際よくセリックとその協力者であるコンシェルジュの女を縛り上げた上で猿轡を噛ませ、完全に抵抗できなくさせてしまった。

俺はその様子を腕組みしながら眺める黒髪の竜人の女に対し、確信をもって小声で話しかける。


「ヴァリアウス……お前、何でこんな姿になってこの列車に乗っていたんだ?」

「む、ヒサシか? さっきも言ったが、我は十年の眠りの間に出来ていたこの魔道列車に興味を持って乗っただけだ、乗り合わせたのも只の偶然だ」

「と言うかお前、女だったのかよ……!?」

「ああ、確かに我は貴様らで言う雌性体だが、それがどうだというのだ? 別にヒサシが気にする事ではなかろう?」

「いや、そりゃそうなんだけどさ……」


 不機嫌そうにそっぽを向いた竜人体のヴァリアウスに対し、

俺は『何で無駄に乳がデカい姿になってるんだ』と言う突っ込みを心の中に仕舞うのだった。


…………


 魔道列車のとある駅に、暁の星号が停車する。

その隣のホームには、対向で走ってきたヴァレンティ駅行きの夜行列車が時刻調整の為に停車している。

暁の星号が止まったのを見た男は、夜行列車の車内デッキからホームへと出て、暁の星号を見やる。

やがて暁の星号の車掌室のドアが開き、車掌が降りてきたのを見て声をかける。


「よぅ、首尾はどうだった?」

「ああ、首尾の方は、ごらんのとおり上々だよ」

「なっ、こいつはどういう――」


 車掌?の言葉と共に、鞄の中からどさりと放り出されたのは、縛り上げられ猿轡を噛まされたセリックとその協力者の女性の一組。

それを見て男が驚く間もなく、その両側を音もなく黒服のシュバル帝国の兵士が挟み込み拘束する。

拘束された男に向けて、車掌の服を着た俺はニヤリと笑みを浮かべて告げる。


「お前らの荒稼ぎも、今日でお終いって事だよ。じゃあ兵士さん、後は宜しく」

「はっ、暁の星号での金品窃盗の犯人の確保にご協力感謝します!」


 兵士たちは敬礼一つすると、捕まえた犯人たち三人を、既に手配してある護送車へ引き連れて去っていく。

俺はそれを見届けた後、車掌室のドアから暁の星号の車内へ乗り込む。

そして、停車していたヴァレンティ行き夜行列車と、シュバル帝国中央行き暁の星号は何事も無かった様に定刻通りに発車していった。


…………


「まさか、記憶測定水晶で犯人のセリックの記憶を見てみたら、暁の星号担当の整備員までグルだったと判明するとはな」

「当列車は一か月に二度しか運航しないので、その間に大規模な点検と銘打って各部屋に隠し扉を仕込んだ、という所でしょうね」

「その隠し扉は、部屋の中から見たら非常脱出用扉と銘打っていて、実際は列車の外から開けられる様になっていたとは……」

「手口としては、予めツアーに出る乗客とその部屋を特定して置き、仲間のコンシェルジュ達がベッドメイキングする様子で兵士たちの目を引き付けて、その実際は密かに列車の外に出たセリックが外から部屋に侵入して金品を盗んで回っていた。例え姿を見られても、車掌と言う立場を使って「念の為の車両点検」と言えばごまかせるからの、実に悪辣じゃ」

「おまけにセリックが担当する5号車の車掌室にも隠し扉が仕込まれていて、其処から隣のシングルスイートに侵入する事も出来る様にしてたとはな……」

「更に、追い込まれたセリックが使っていたあの水晶球を調べてみたら、爆破装置の他に、列車の魔導動力装置の内部に魔力を暴走させる装置が組み込まれていた事が判明した、もしそれが使われていたら大惨事は間違いなかっただろうな」

「今回の運航が終わったら、この暁の星号全体の総点検は必須ですね……」


 定刻通り運航をする暁の星号の深夜のラウンジカーにて、

シュバル帝国の黒服兵士の隊長とボレストニック教授、そして暁の星号のもう一人の車掌アーノルド・ランバックがセリックら一味の手口の事で話し合っていた。


「ほかにも運航スケジュールを決定する人間や、今はこの列車に乗務していないコンシェルジュ等々、犯行に関わった連中が芋づる式に出てくる」

「やれやれ、この列車は大金を持つ者が沢山乗り込んでくるからの、奴らにとっては格好の稼ぎ場だったろうて」

「まさか当列車にこんな犯罪組織が寄生虫の様に吸い付いていたとは……我々の見る目と力不足を恥じるばかりです」

「いや、これは俺達の見識が甘すぎた。この列車に乗務する連中の身元はしっかりしているし、セリックも車掌として真面目に業務をこなしていたからな……」


 隊長の言葉にアーノルドは首を横に振ると、神妙な表情で言う。


「確かにセリックは真面目に業務をこなしていました。しかし彼は裏で金品窃盗を行う様な人物では無かったんです……恐らく、彼の心の隙間に付け込んだ何者かが居たのでしょうね」

「これからそいつらを炙り出すのは俺達の仕事だ、後は俺達に任せて業務に専念してほしい」

「わかりました、それでは私は業務に戻ります」

「ワシもそろそろ寝ないといかん、老体に徹夜は酷じゃからの」


 車掌は隊長に頭を下げると、9号車にあるもう一つの車掌室へと戻っていく。

ボレストニック教授もまた、あくびを一つすると自分の泊まっている部屋がある車両へ去っていく。

それを見届けた隊長は、ある方へと向き直り、声をかける。


「さて、俺はお前さんと仲間達に対して、感謝しなきゃいけない事があるな」

「ん? ああ、話なら盗まれた金品の返却が全部終わった後にしてくれないか? えっと、この財布と腕輪は貴方の物ですね」

「そうです! この腕輪は祖父からの大事な形見なので、盗まれた時は頭の中が真っ白になって……とにかく有難うございました!」


 隊長に話しかけられた俺は、それに答える余裕はなかった。

何せ俺は今、セリックら一味が盗んだ金品を被害者である乗客達に返している真っ最中なのだから。

見ればツアーに参加した乗客の全てが被害にあったのだろう、彼らが行列を作って金品の返却を今か今かと待っている。

そして俺の目の前には、盗まれた金品の受け取りに来た被害者である老夫婦と子供の姿があった。

その老夫婦は俺が渡した財布と腕輪を見ると涙ぐみながら感謝の言葉を述べると、俺に深々と頭を下げた後に去っていった。

もしこのままセリックら一味の犯行が明るみに出ず、泣き寝入りという事になったら、彼らの旅は台無しとなっていただろう。


「じゃあ、俺が勝手に話させてもらうが、最初にお前らを見た時、この列車にそぐわない異物だと思っていた、だがそれはとんでもない見込み違いだった」

「ああ、まぁ確かに俺達の格好が格好だから、他のセレブ達の間から浮いて見えただろうな。この財布は貴方達の物ですね」

「そうです! これはシュバル帝国で最新のファッションを一杯買うつもりで用意していた金でしたので、有難うございます!」


 俺は隊長の言葉に頷きつつ、次の如何にも豪商と言った格好をした恰幅の良い中年の女性に、豪勢な作りの財布を渡しつつ言う。

女性は財布を大事そうに懐へしまうと、俺に深々と頭を下げてお礼を言って去っていった。


「しかし裏を返してみれば、真面目に働いている様に見せかけてた連中が犯罪を犯していて、逆にお前たちはそいつらの確保に協力した。

それも俺達が数か月かけても捕まえられなかったばかりか、手口すら分からなかった奴らをだ」

「容疑者として疑われっぱなしってのも悔しいですからねぇ、なら犯人を捕まえる位しないと。このネックレスと財布は貴方のですね」

「これです!このネックレスは亡き妻から生前に送られた形見で……本当に、返ってきて良かったです! 有難うございます!」


 隊長の話を聞き流しつつ、次に、いかにも成金と言った格好をした中年の男性に金のネックレスと財布を渡しながら俺は答える。

どんな金持ちでも、亡くした人は生き返らせる事は出来ない。あの中年の男性も、妻から貰ったあのネックレスが心の支えだったのだろう。


「世の中『見た目で判断しては行けない』とここまで痛感した事は無かった。ともあれ、大惨事の阻止と犯人の検挙のご協力に兵士一同の代表として感謝する!」

「いえいえ、俺達は降りかかった火の粉を振り払って火元を鎮火しただけですよ。このバッグは貴方の物ですね」

「はいそうです! シュバル帝国に住む姪の結婚式に参加する時に使う物でしたので……本当に良かったです。有難うございます」


 最後に俺は隊長に頭を下げられつつ、裕福そうな服装の中年の女性へ高級ブランド物であろうバッグを手渡して言う。

親類縁者の一番大事な時に、自分の大事な物を盗まれるというのは流石に辛いだろう。女性はバッグを大事に抱えて去っていった。


「はぁ、やれやれ、セリックって野郎、あんなに物を盗んでるとは思わなかった」

「大丈夫かヒサシ、難ならオレが変わってやってもいいけど……」

「いや、良いよ、レイク。この仕事は俺が言い出した事だから」

 

 金品を返却している最中、自分の肩をもみつつぼやいた俺に対してレイクがねぎらうように声をかける

あのセリックって盗人、ヴァレンティの黄金通りの市場で売っていた何でも収納できる小箱を悪用して、盗んだ金品を隠し持っていたのだ。

全く、物は使う人次第とは良く言った物だ。どんな便利な物でも悪党が悪用すれば、罪の証拠を隠す道具に早変わりするのだから。

そしてこの列車内に潜んだ盗人の存在を知らない乗客達には、奴らは真面目に業務をこなしている様にしか見えなかったのだ。


「えっと、この財布は貴方の物ですね?」

「はいそうです、冒険者の方、貴方方が乗っていなければ私たちの旅は台無しになっていた所です、本当にありがとうございます」


 そして並んでいた金品返還の行列の最後、豪華な服装に身を包んだ老夫婦に俺が財布を手渡す。

やれやれ、これでセリックら一味が盗んだ金品の返却は完了だ。

この夜だけで数多くの金品の返却処理をした俺は、どっと疲れた気分になったのでラウンジカーのソファに座る事にした。

ちなみに、どうやって金品と持ち主の特定を行ったかは、セネルさんの魔力探知眼サーチ・アイによって特定をしていた。

その為、セネルさんもぐったりとした様子でラウンジカーのソファに横たわって休んでいる。


「やっと終わったか、ご苦労であった、冒険者ヤマナカ・ヒサシとその仲間たち」

「あー、あんたらも、連中が仕込んでいた仕掛けの排除ご苦労さん」


 テーブルを挟んだ向こうのソファには、シュバル帝国の兵士達も座って身体を休めている。

彼らもまた、セリックら一味が仕掛けていた隠し扉の一時的な封鎖と、暁の星号の動力装置に仕込まれた装置の除去任務に従事していたのだ。

それゆえ、人手が足りないと言う事で、俺達は隊長監視の下で金品の返還の仕事を行っていた訳である。


「これは些末ながら、暁の星号におけるセリックら一味による金品窃盗事件の解決と、その事後処理のお礼だ」


 そう言って、隊長は懐から小さな皮袋を取り出して俺の前のテーブルに置く。

俺はそれを開けてみると、中には1アメル公用金貨がぎっしりと詰まっていた。


「こいつは俺のポケットマネーだ、大事に使ってくれるとありがたい」

「いえ、隊長さんも後でセリックら一味検挙の件で表彰されて相応のボーナスをもらうのでしょう? これくらい安いと思ってません?」

「ハハッ、バレたか、流石はあのお方に招待された冒険者と言った所だな。まあそう言う訳だ、笑って受け取ってくれ」


 俺が隊長に軽口で返すと、彼は苦笑して答える。まぁあんな犯罪組織を検挙したのだ、何かしらの褒賞がもらえるのは容易に想像がつく。

……って、あのお方って誰だ? 隊長はうっかり口を滑らした感じで気づいていない様だが、俺は即座にそのことを聞く。


「あのお方って誰です? 隊長さん」

「うっ、それは流石に話せない事だ、済まないが聞かなかった事にしてくれ」

「では我がこ奴に代わって話すとしようか、ヒサシよ」


 何処か焦った様子で口を濁らせる隊長の代わりに、竜人体のヴァリアウスが俺の隣に座ってくる。

本来の伝説龍エンシェントドラゴンの姿の時は10mを超える巨体であるが、竜人体の姿のヴァリアウスも身長が2mを超える上に屈強な身体をしていて、

隣に座られただけでも威圧感を感じずにはいられない。そしてヴァリアウスは、声を潜めて俺の耳元で囁く様に言う。


「あのお方はな、我の盟友であり、それで居てシュバル帝国でも高い地位に座する者だ。ヒサシよ、会ってびっくりするのではないぞ?」

 

 その声色には、何処か楽し気な感情が混じっている様に感じたのは気のせいだろうか?

……いや、多分気のせいじゃないな。このデカ乳竜人娘、絶対楽しんでるな。なんかムカついたのでちょっと一言言い返してみる。


「所でヴァリアウス、数千年も生きて凄い魔術とか使えるんだからさ、その姿は何とかできないのか?」

「ぬっ!? 我はだな、その……人間に擬態する術が苦手である故、ようやく出来てこの姿であって……これに関しては勘弁してほしい」

「……あー、何か聞いてしまって悪かった……ヴァリアウス……」


 ヴァリアウスは言葉を若干濁らせながらそう言うと、腕組みしつつも何処か恥じらうように顔を背ける。

その際の表情がちょっと可愛いと思ってしまった俺は、少々意地悪だったと思い謝罪の言葉を口にした。

それを見ていたレイクも「どんな奴にも苦手ってあるんだな」と呆れた様子でぼやいていた。


「もう夜が明けるな」

「この列車に取り憑いていた悪夢も消えた、これから乗客達は安心してあの太陽を眺められるな」

「海の向こうから登る朝日、その光に負けず輝く星、あれこそが暁の星、か……」


 全てが終わり、静けさと平和を取り戻したラウンジカーの車内。

ヴァリアウスが窓の外を見ながら呟き、隊長もどこか穏やかな様子で呟く。

俺も二人に釣られて窓を見ると、大きく広がる海の水平線から朝日が昇ってきている所だった。

この豪華列車の名の所以となった暁の太陽に負けじと輝く星を眺め、俺はこの列車に渦巻いた騒動が終わった事を改めて実感したのだった。

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