chapter:29――魔道列車『暁の星号』(後)


「はぁ、なんというか、展望車も食堂車もラウンジカーも、俺達が住む世界とはまるで別世界な感じがしたわ」

「ヒサシも気づいていただろうけど、他の乗客達、明らかに冒険者の出で立ちのオレ達を異質な物を見るような目で見てたな……」

「確かに、他の乗客の皆さんは優雅な衣服やピシっとした衣服を着ていましたからね……」


 暁の星号の一部を見て回った俺達は、想像以上の豪華さに圧倒され。

更に乗客のセレブ達からの異物を見るような目に耐えかね、自分達が泊まるプレミアムスートの一室に戻っていた。

そして今は俺、レイク、セネルさんの三人は思い思いにソファに座ったりベッドに寝そべったりしつつ、今回の豪華列車の車内を巡った感想を語り合う。

他の乗客がいるラウンジカーや展望車と違って、今は俺達専用のプレミアムスイートの部屋の方が人目がない分、幾分かは落ち着く。

しかし、暁の星号の車内を巡ってみて思い知ったが、色々な意味で俺達に衝撃を与える事ばかりだった。

それは俺が元居た世界のクルーズトレインと同等、いやそれ以上の豪華な設備と、先進的な機器の数々であった。


 ……まるでこの暁の星号と言う列車自体も異世界転移してきた様な錯覚に陥る程だ。

最初にこの暁の星号に乗る前は、蒸気機関車の様な車両が牽引する、いかにもレトロな列車を想像していたが、その想像は見事に裏切られた。

そもそもこの暁の星号は、蒸気機関車どころか機関車すらついていない。

俺が元住んでいた世界で言う、動力分散方式と言う方式で走る列車でなのだ。

更に言えば、ディーゼルエンジンの音すら聞こえない所からすると、

恐らくはこの列車を動かしているのは魔力なのだろうけど、詳しい所は良く分からない。


ふと、部屋の一角にアメニティが置かれているコーナーに、『魅惑の旅路、暁の星号へようこそ』と書かれた少々厚めなパンフレットを見つけたので、それを手に取って読んでみる。

パンフレットによるとこの暁の星号は、ラウンジカーと前後の展望車に魔力による動力装置が備わっており、それを使って走っているとの事だ。

つまりはディーゼルエンジンを魔力による動力に置き換えた気動車ならぬ魔動車と言った所なのだろう。

他を読んでみると『暁の星号』の魅力を語った絵付きの解説や、制作にあたった関係者の話などが乗っているが、

展望車から食堂車とラウンジカーを巡った時点でもう腹いっぱいな俺にとっては、あまり興味がわかない。

他にも、途中の停車駅で長時間停車している間、周辺の観光もできるらしいが、

あのセレブな客に混じって観光するとかいう気分にもなれなかった。


「……どうしたものかな、快適とは言え三日間もこの列車に乗り続けるのって、正直疲れてくる気がする」

「あー、それは言えてる、あの上流階級な奴らにじろじろ見られながらラウンジカーとか展望車とか行く気もならねぇ……」

「私は、夕飯のお食事が気になる所ですねぇ……でも、あの食堂車で食べるのは何か気が引ける感じがします」


 三人は各々に思う事を口にして、お互いに思いのたけを言い合う。

そして、三人そろって溜息をついたと同時に、此方のいる部屋のドアがノックされる。

……誰だ? コンシェルジュか車掌さんなのか? 俺は若干警戒しつつ、ドアの外に向けて「どちら様ですかー?」と声をかける。

そしてドアの向こうから帰ってきたのは、どこかで聞いたような声


「ワシだよワシー! この声に覚えておらんかねー?」

「知らないし覚えていない、と言うか名前くらい言ったら如何だ?」

「待ってくださいヒサシさん、この魔力の反応、もしかしたら……とにかくドアを開けましょう」

 

 ドアの向こうの誰かに対し、俺がつっけんどんにあしらおうとしたら、

魔力探知眼サーチアイでドアの向こうにいる何者かの素性を見抜いたセネルさんが慌てて俺を制止して、ドアの鍵を外して開ける様に促す。


「おーう、やっぱり兄ちゃん達だったか、まさかこの暁の星号のプレミアムスイートに乗ってるとはのう、びっくりしたわい」


 止む無くドアの鍵を解除してドアを開けると、そこに居たのは年相応の高級そうな出で立ちであるが何処かで見た老人。


「その顔からしてワシの事を覚えておらんだろ、ワシはあの黄金通りの市場で空間歪曲の魔玉を買ってもらった店の主じゃよ」

「ああ! でも、あんたはこの暁の星号に乗れるほどのセレブだったのか!?」

「そうじゃ、自己紹介してなかったな、儂の名はボレストニク・リーガン、シュバル帝国の魔術士協会で空間魔術を研究しておる者じゃよ」

「ボレストニック……って、ひょっとして空間魔術において右に出る者はないと言われた魔術教授か!?」

「知ってるのか、レイク」

「ああ、冒険者ギルドで名前だけ聞いた事はあるけどさ、まさかあの時の爺さんがボレストニック教授だったなんて!」


 レイクは驚きの余り尻尾を上げて叫ぶ。そして俺の方へ向いて捲し立てる様に言う。


「空間魔術ってのはだな、その利便性の高さから様々な用途に使われているんだけど、制御が難しいから覚えられるのが少ししかいなくて、更に使いこなせる者もまた少ないんだ!

だけどこのボレストニック教授はな、空間魔術の権威たる魔術士で、この教授の編み出した空間魔術の術式や理論は、他の魔術士達に多大な影響を与えているんだよ!

と言うのも、彼が編み出した術式や理論的根拠を元にした魔道具や魔道書が世に出回った事で、空間魔術や魔道の発展と普及に一役買っているからなんだ!」

「レイク、ちょっと落ち着け、凄い人だってことはわかったから、顔を近づけないで、ちょっと怖いから」

「あ、わりぃ、ヒサシ……あの教授の理論で作られた魔道具にはオレも毎度世話になってるもんだから、つい熱くなっちまった」


 レイクは俺に指摘されて、耳を伏せながら後ずさりし、尻尾を下げる。

幾ら旅を続けて慣れたといっても、眼前で牙の生えた豹の顔で捲し立てられるのは、正直怖い。

そしてボレストニック教授はその様子を見て、ガハハと笑いながら言う。


「普段のこの格好だと色んな魔術士にサインを求められたり、魔術の講義を願われてしまって煩わしいからの、あの様な格好で店をやっていたのだが、

まさかシュバル帝国への帰りのこの列車のラウンジカーで寛いでいたら、兄ちゃんたちが現れて正直仰天したぞ、ガハハ」


 その笑い方と表情は、姿格好こそ違うがあの黄金通りの市場で出会った時と同じ雰囲気だ。

黄金市場で屋台をやっていた時は髭ぼうぼうに薄汚れた衣服の、浮浪者と間違われそうな風体であったが、

今のボレストニック教授は、高級そうな黒の背広にワイシャツ、そしてパリッとしたズボンを着こなし、

綺麗に整えた白の口髭と顎鬚を持つ、右目の金縁のモノクルが特徴的な老紳士の風貌で、最初に会った時の印象は微塵も感じられない。


「やはり、あの時のおじいさんでしたのですね、この節はどうも……」

「ええっと、セネルさんじゃったかの、こうしてまた出会えたのも縁じゃ、食堂車で酒でも一杯……っと、うちの家内にバレたらヤバいか、ガハハ」


 セネルさんがボレストニック教授に挨拶すると、彼は冗談っぽく誘ってから笑う。

しかし家内と聞くと、このボレストニック教授は既婚者なのか……まぁ、歳が歳だし、そういった関係の存在が居てもおかしくないか。

そう思っていた所でボレストニック教授が矢庭に俺の方に向き直ると、真面目な顔で俺に問う。


「ところで兄ちゃん、儂の店で買った空間歪曲の魔玉、あれは如何したのかね? 突然、魔力反応が消えたので首を傾げておったのだが」

「ええっと、それは……これの材料にしちゃいました」


 ボレストニック教授の問いに対して、恐らく誤魔化しても無駄だろうと判断し俺は教授の前に無限鞄インフィニティバッグを置く。


「なんじゃその鞄は……?」

「えっと、この鞄の中は異空間になっていまして、ごらんのとおり大きな荷物とか色々な物が無尽蔵に入る様になってるんです」


 教授は最初はモノクルの位置を調整しつつ不思議そうに無限鞄インフィニティバッグを観察していたが、

俺が説明しながら無限鞄インフィニティバッグを開いて中からテントやらトライクやら色々な物を取り出して見せると、目に見えて驚き。


「な、何だと、ワシの技術の集大成である空間歪曲の魔玉をその様に作り替えるとは! お主、一体どうやってこの形に作り替えたのだ!?」

「そ、それは流石の教授でも教えられません、いわば企業秘密ですので……」 


 ボレストニック教授は顔をズイっと近づけて、捲し立てる様にして俺に問い質してくるが、俺は苦笑いを浮かべて答えるしか出来ない。

しかも俺の事を兄ちゃん呼ばわりからお主と呼び方が変わってる……。

対するボレストニック教授は腕組みをしながら考え始め。


「フーム、長年空間魔術を研究していたワシから見ても、この様に作り替えてしまうお主の技術がどうなっておるのか一切わからん……

と、お主の名前を聞き忘れておった、済まないがこのご老体に名を教えてくれんか」

「えっと、ヤマナカ・ヒサシです」

「ふむ、ヤマナカ・ヒサシか……その名前、墓場に入る時まで忘れぬぞ、ガハハ」


 なんか、話して思う事だけど、この教授は物凄い権威なのは確かだけど、豪快その物だ

だけど、俺やレイクにセネルさんも、この人には今後色々と世話になる予感がするのは気のせいだろうか?

そんな予感を感じていた所、部屋の外からカランカランとベルの音が鳴り響く。


「おっと、もう夕飯の時間であったか、ワシは食堂車で夕飯の予約を取ってあるのでこれにて失礼するが、また機会あれば会う事もあろう」


 そこまで言った所で教授が俺達の格好を見てある事に気づき、部屋にあるベッド横の青いボタンを指さし


「お主たちの格好では食堂車では居づらいであろう。あのボタンを押せば専属のコンシェルジュを呼び出せる、そ奴に頼めば夕飯を持って来てくれる筈だ。では改めてまた会おう!」


 そういってボレストニック教授は部屋から退出していった。

まるで嵐の様な人だったな……。しかし、教授の言っていた通り、今の俺達三人はセレブな客ばかりの食堂車では浮く格好だ。

なので俺は部屋にある青いボタンを押して専属のコンシェルジュとやらを呼ぶ事にした。


「失礼いたします、ご用命はご用命は何でございましょうか」


 するとすぐにドアがノックされ、ドア越しに女性の声で返事があった。

そしてドアを開けて入ってきたのは……メイドだった。

それもただのメイドじゃない、アニメやゲームでよく見るメイド服ではなく、

本格的なヴィクトリアンスタイルのメイド服を着こんだ女性であった。

流石はプレミアムスイート専属のコンシェルジュと言うべきか、部屋に入る時の所作や佇まいが優雅である。

それにしても、ヴィクトリアンスタイルのメイドさんか……ちょっと良いな。

俺は一瞬、豪華列車の旅に早々に疲れ始めた心が癒された気がした。


「えっと、夕飯を頼みたいのですが……何かありますかね?」

「では、此方のメニューから好きな物を選んでくださいませ、お客様の食べたい物がお決まりになりましたら再度、私をお呼び出し下さいませ」


 専属コンシェルジュはそう言い残して一礼し、部屋から退出していった。

俺達は手渡されたメニューを眺めると、そこには確かに色んな料理の絵や名前が並んでいる。

えっと、マーベリアエビのゴラン海賊風、レヴァンティ地鶏のシェリム香草焼、アーベリア海産ベリメのマリネ・シェフの気まぐれ味付け……

なんか、超高級レストランのメニューの様な、名前を聞いただけではどんな料理か全く分からないものやら、

名前を聞いただけでお腹が減ってきてしまうような美味しそうな名前のメニューばかりだ。

俺は目移りしながらも何を頼むのか迷っていると、隣でセネルさんが手をポンと叩く。

……ん?何か思いついたのかな? そう思ってセネルさんの方を向くと、彼女は目をキラキラと輝かせながら話し出す。


「どうせなら全部の料理を頼んでしまいましょう! ここなら他の人の目に付かないですから、気兼ねなく食べれますよ!」

「いや、あのセネルさん? 流石にこのメニューに載ってるの全部を頼むのは無茶じゃないか?」

「そうだぜ、セネルさん! 流石のオレでもこんなに沢山のメニューなんて食い尽くせないって!」

「善は急げという事で、コンシェルジュさんを呼びましょう!」


 駄目だ、この食いしん坊エルフ! 俺とレイクの説得を全然聞いてない!

そして専属コンシェルジュが来るなり、セネルさんは俺とレイクが止めようとする間も無く。


「あの、コンシェルジュさん! このメニューに載ってる、予約限定以外の物を全部お願いいたします!」

「え……!? はい、諒解致しました、このメニューの全部の品で間違いないのですね?」

「はい! せっかく乗った豪華列車の旅ですので、その料理を全て堪能したいのです!」

「わ、わかりました、ではシェフに伝えてきますので、しばらく部屋にてお待ちになってください……!」


 専属コンシェルジュはキラキラ目のセネルさんのぶっ飛んだ注文を聞いた途端、

流石に驚いた表情をしたが、すぐに気を取り直して一礼し部屋を後にする。

そして部屋に残された俺とレイクは、セネルさんの行動に唖然とする他なかった。

多分、あのコンシェルジュさん、いきなりメニューの全てを注文する客が居るとは思ってなかっただろうな。

何せ、驚きの余り、退室するまで頭のメイド帽がズレているのに全然気付く様子がなかったし……。


「あー、この暁の星号で出される料理、どんな美味しさなのか想像するだけで楽しみですねぇ……!」

「あの、セネルさん、言っておくけど、食べきれなきれなくなっても俺は責任取れないぞ?」

「大丈夫です、私は全部食べ切る自信があります、そして美味しさを堪能しきる自信もあります!」


 もう一度言おう、駄目だこの食いしん坊エルフ。

俺は唖然としながらセネルさんの自信と期待に満ちた顔を眺めるしか出来なかった。

そして俺とレイクにとって不安の、セネルさんにとっての期待の時間が過ぎた頃、


「失礼いたします、お客様。お料理をお持ちしました」


ドアがノックされると同時にセネルさんが動き、ドアを開けて専属コンシェルジュを迎え入れる。

そして後に続く沢山の料理を乗せたワゴンを押すコンシェルジュさんが数人。

彼女たちは、部屋の大きめなテーブル一杯に所狭しと料理を次々と並べて行く。

テーブル上を埋め尽くす、様々な色と形の美味しそうな料理の数々は、もう完全にお高いコース料理のそれだ。

数々の料理から放たれるかぐわしい香りが部屋の中に充満していき、俺もレイクも思わず生唾を飲み込む。


「んー、このステーキ、量が少ないのは残念ですけど、軽く噛んだだけで解ける柔らかさと脂身の甘みが最高ですねぇ……!」


 はと見た時には、セネルさんはもう既にステーキをナイフで切り、フォークに刺して口に運んでいた。

そして一口食べた瞬間、目をキラキラさせながら幸せそうな顔をする。その一連の動作はまさに早技の一言だ。

俺は思わず呆気に取られてセネルさんの事を見てしまうが、彼女はそんな俺の様子を気にもせず一心不乱に料理を食べている。


「おい、ヒサシ、このまま呆けて見ていたらセネルさんに料理を全部食われるぞ!」

「え、あ、そうだな、俺達の分は確保しておかなくちゃ!」


 いや、流石にそんな事は無いだろう、と思っている間に次々と並べられた料理がセネルさんの口に運ばれ、綺麗に食い尽くされていく。

あれを見たらレイクが危機感を抱くのもご尤もだ、俺も適当な何皿かを確保して置かないと……。


「ああぁん、ヒサシさん、レイクさん、そのプリネ鶏のソテーとアイアンホーンオックスのステーキは後で食おうと思ってたのにぃ!」

「後で頼めばいいだろ、セネルさん。放っておいたらオレ達の食う分まで無くなってしまいそうだ!」

「そうそう、俺もレイクも夕食を食べたいんだよ。そこは我慢してくれよ」

「むぅ、わかりました、後で頼むことにして、このお魚の切り身と野菜を和えた料理も味付けが最高ですねぇ……!」


 そうして、俺とレイクはセネルさんに料理を食べ尽くされないよう警戒しつつ、自分の分の食事を確保。

セネルさんは一瞬だけむくれた顔をするもすぐに気を取り直し、料理を美味しそうに食べ始める。

レイクも俺とセネルさんの様子を見て警戒しつつ、食事を再開する。


「すげー食いっぷりだよな、セネルさん……もう運ばれた料理の半分が消えてるぜ?」

「彼女の胃はひょっとして無限鞄インフィニティバッグの様に異空間になってるんじゃないか」


 レイクは鳥のマリネを味わいつつ、俺はアイアンホーンオックスのステーキを食べながら、セネルさんの食べっぷりを見て呆れるしかない。

手早く自分の分を確保して良かったと言うべきか、もし動くのが遅かったら、セネルさんに全部食われていたかもしれない……。

そう思いながら俺はステーキを味わいつつレイクに話しかける。

このアイアンホーンオックスのステーキは柔らかさと脂身の甘さが最高だ、噛むたびに肉汁が溢れ出してくる。

しかし、その美味しさに感動すると同時に、この料理を作った料理人の腕前にも感服してしまうな。

……けど、異世界に転生して最初の頃に食べた、A5ランクの飛騨牛のステーキに匹敵する料理が出るとは、流石は豪華列車と言うべきか。

そう思いつつ、ふとレイクの方へ眼を向けたら、プリネ鶏のマリネがとても美味しかったのか、目を涙目にしつつ味を堪能していた。


「コンシェルジュさーん、もう無くなりましたので次の分をお願いいたしまーす!」


 ……え? 俺がレイクからプリネ鶏のソテーの感想を聞こうとする間も無く、セネルさんがとんでもない事を言い出す。

待て! あの数の料理を全て食べつくしたのか!? 嘘だろ!? いや、待って、まだ俺はアイアンホーンオックスのステーキを食べきれてすらないんだぞ!!

そんな俺の慌てふためく気持ちとは裏腹に、専属コンシェルジュはさっと入ってきてテーブル上の食器やトレーを片づけて次の料理を配膳していく。

再びテーブル一杯に配膳されたさまざまな料理を前に、セネルさんは目をキラキラさせつつ涎を垂らし。


「あー、どれもこれもまた違って美味しそうですねぇ、では、いただきまーす!」


 先程の勢いから全く衰える事の無い、いやそれ所か更にペースを上げて食べ始めるセネルさん。

俺とレイクは、自分たちが確保した分の料理の味すら感じる事も出来ず、その光景を唖然と眺める事しかできなかった……。

それから十数分後、三回ほどの料理の入れ替わりを経て、セネルさんはメニューに載った料理を全て平らげてしまった。


「いやー、これだけの美味しい料理をたっぷり食べられるなんて、暁の星号は最高ですねぇ……でも、まだ腹八分目ですね」


 ……はい? あれだけの量の料理を食べても腹八分目? いや、この食いしん坊エルフ、本気マジで言ってんのか!?

と言うか、あれだけ食っておいて体形が一切変わってないって、普通は胃か腸が膨れてお腹が膨らむ所なのに、どうなってるんだ?


「セネルさんの本気の食いっぷりをまざまざと見たけど、ありゃあ普通のエルフじゃねぇ、別の何かだ」

「俺も本気でそう思う、元の世界で大食いの人間は何人か見た事あったけど、セネルさんには完全に負けるぞ……」


 セネルさんの余りの食いっぷりと異常さを前に、俺はレイクと小声でそんな事を話し合うが、

セネルさんは俺達の事などお構いなしに専属コンシェルジュへ話しかける。


「あのー、お口直しにこのデザートも全ての種類をお願いいたしまーす」

「えっ、お客様、まだお食べになるのでしょうか……!?」

「はい、それが何かおかしいでしょうか……? とにかく全種類をお願い致しますね」

「りょ、諒解致しました、暫くお待ちくださいませ……!」


 流石にデザートも全種類頼むとは思っていなかったらしく、専属コンシェルジュは若干引きつった顔で退室していった。

そして10分もしない内に、再びドアがノックされ、先程と同じ様にコンシェルジュ数人ががワゴンを押して入ってくると

テーブルの上一杯にあらゆる種類のデザートを配膳していく。

そして全てのデザートの配膳が終わった所で、セネルさんは専属コンシェルジュを呼び止める。


「ご苦労様です、注文はこれで終わりですので美味しい料理、本当に有難うございました♪」

「そ、そうですか……此方こそ、有難うございました……」


 専属コンシェルジュは引きつった笑顔のまま一礼し、部屋を退出していく。

そしてセネルさんは満面の笑みを浮かべつつデザート類を食べ始めるのだった。

……俺はレイクと共に呆然とその様子を眺めるしか出来なかった。


……もう何て言ったらいいのか、言葉すら浮かばない。


 確かに豪華列車の旅だし、美味しい料理も食べられると思っていたけども、まさかこんな事になるなんて想像できる訳も無いだろう?

ふと隣を見ればレイクも唖然とした顔になっていたが、まだ何とかデザートを食べようという気持ちはあるらしく、

セネルさんが食べるのに夢中になってる隙に、プティングの一皿を掠めとり、セネルさんの目に付かぬ様にこっそりと食べ始める。

一方、俺はと言うとセネルさんの食いっぷりを見ただけで腹いっぱいな気分となり、アイアンホーンオックスのステーキとワインに似た酒だけしか味わえなかった。

この時、俺はセネルさんに対し『超絶無限爆食エルフ』の称号を心の中でこっそりと名付けたのだった……。

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