chapter:23――ソルキン村の宴、そして新しい仲間


「皆、カンパーイ!」

「やっと貿易が再開できるぞー! これもそれもヒサシさんとレイクさんのお陰だ!」

「もう、毎日のようにボソボソとした不味い飯を食う必要もなくなる、やったぜ!」

「内職で食いつなぐ必要もなくなって本当にほっとしました、冒険者の方々には感謝のしきりです」


 ……ヴァリアウスが水源から去って暫く経って、日が傾き始めた頃。

ソルキン村の広場では村のエルフ達が集まり、ホーンラビットの肉を焼いた焚き火を囲んで盛大な宴を繰り広げていた。

その中心にいるのは俺とレイクとファリアさんの三人。村長のファリアさんが乾杯の音頭を取り、

俺がジョッキをぶつけられながら皆にもみくちゃにされているという具合だ。


「なぁ、村長、オレたちが頑張ったんだからちょっとは報酬は弾んでくれるよな。むろん、貿易が再開した後でな?」

「はい、レイクさんたちが来てなかったら村を捨てていた所でしたので、多少は報酬に色を付けようと思います」

「そうか! 村長も太っ腹だぜ!」


 レイクが酒をあおりつつ、ファリアさんに報酬の話を持ち掛けるあたり、やはり彼女は盗賊というところか……。

そう呆れている所へ周囲のエルフ達も寄って来ては盛大に騒ぎ始めるので、俺は愛想笑いを浮かべてジョッキに口をつける。

正直言って居心地が悪い。俺がした事なんて所詮はヴァリアウスの角を折ったこと位だっていうのに……まぁ、貰える物は貰っておくけど。

そんな事を考えつつ、俺は広場の端に目を向けてみるとセネルさんが一人でいるのを見つける。


「…………」

「どうしたんだ? セネルさん、そんな所で一人でいて……」

「……! いえ、あの……ヒサシさん、一つお聞きしたいのですけど、良いでしょうか?」

「……別にいいけど、何を聞きたいんだ?」


 俺に声を掛けられたセネルさんは一瞬驚いた後、おずおずと俺に質問を投げかけて来た。

セネルさんにしては珍しい、いつも礼儀正しいのにどうしたのだろう? 俺はそう思いつつ彼女が質問を口に出すのを待つと、

暫く沈黙の後、彼女は意を決してこう口にした。


「あの、ヒサシさんたちは、この村の水源の問題が解決したから、明日には村を去るのですよね……?」

「まぁ、なぁ……これからヴァレンティの街の冒険者ギルドに依頼解決の報告をする必要もあるし、それがどうしたんだ?」

「ヒサシさん、私はその……いえ、何でもありません、私は少し用事を思い出しましたので、ヒサシさんは宴を楽しんでください」

「あっ、ちょっとセネルさん!? ……何だったんだろう……?」


 何か言いかけたセネルさんは、そのまま踵を返して広場の外へと走り去ってしまった。

俺はそんな後姿を眺めながら首を傾げる。一体彼女は何が言いたかったのだろう?

そう思っていた所で肩を叩かれ、振り向いてみるとほろ酔い加減のレイクの顔。

彼女の尻尾は上機嫌に上に向いて揺れており、よほど宴が楽しいのだろう。


「おい、ヒサシぃ、何そんな所で突っ立ってるんだよ、お前も飲んで食って楽しめ!」


 レイクは俺の手を取って強引に宴の場所へ引き戻し、酒の入ったジョッキを手渡し、

俺の隣に座り込むと、 彼女は自分の尻尾を俺の腕に絡みつかせ、そのまま肩に頭を乗せてくる。

その仕草はまるで甘えん坊の猫みたいだ……なんて言ったら怒られるかな? そんな事を思いつつも俺はレイクに酒を注いでやる。


「なぁ、ヒサシぃ、この世界の旅は楽しいかぁ? さっきのヴァリアウスとの戦いは大変だったけどさぁ」


 その途端、レイクは急にしおらしい声でそんな事を聞いてきた。

いきなりそんな質問されてもなぁ……でもまぁ、楽しいかと言われたら、そうだな。

冒険者ギルドであった人達も親切だし、見た事もない景色を見たり、味わった事の無い料理も味わえるし、

何より、異世界に転生して一番最初に会えた人がレイクだったのが一番……いや、この事は彼女に伝えないでおこう。

俺は誤魔化すように酒を一口飲んで、ゆっくりとした口調でこう返す。


「……まぁ、それなりに楽しいかな?」

「そっかぁ、そいつを聞けてオレは嬉しいぜ」


そんな俺の言葉にレイクはへらっと笑って嬉しそうに尻尾をゆらす。

そして俺の腕にしがみ付く力を強めて甘えるような仕草を見せる。その顔には満足げな笑顔が浮かんでおり、つられて俺も苦笑を漏らす。

こういうのが、俺が望んだまったりのんびりとしている時なのかもしれない。宴の様子を眺めながら。

気を許した仲間と、美味しい料理と酒で騒ぐ。こういう時間も悪くないかな……と俺はレイクの頭を撫でつつ思うのだった。


…………


 ヴァリアウスとの戦いの後の宴の後の翌朝、

窓から差し込む穏やかな日の光に、ゆっくりと俺の意識が覚醒していく。

昨日の宴でたんまり酒を飲んだ所為か、微妙にだるくて頭が痛い二日酔い特有の症状を感じる。

……箱を使って二日酔いに効く薬でも作ろうか、と思いつつ起きようと手を動かした時だった。

俺の手のひらにむにゅりと柔らかい物の感触を感じて、俺は思わず視線をそちらにやる。


「……!?」


 ……俺の隣には、若干服装を乱れさせた状態のレイクが幸せそうな寝顔を浮かべて眠っていたのだ。

窓から差し込む朝日を浴びて彼女の豹柄の獣毛が艶やかに輝き、豹という獣に知性を備えた顔はどこまでも美しい。

服越しではあるが、彼女のプロポーションは神がかっており、胸もそこそこ大きいので目のやり場に困る。

そして、その豊満なバストが俺の手に収まっているという事実に気付き、慌てて手を離す。


「んぇ……あれ、ヒサシ起きた……? んんぅ、頭いでぇ……」


 俺の動きで目が覚めたのか、レイクは目を擦りながら上半身を起こした。

その際に服がずり落ちて彼女の豊かな乳房と双丘が露になり、俺は慌てて視線を逸らす。

そんな俺を他所にレイクは尻尾をゆらゆら揺らしつつベッドから降りると、傍にあった自分の上着を拾って羽織りつつ言う。


「昨日は散々騒いでだけどさぁ、ヒサシ、お前意外に酒に弱いんだな? 何時の間にかグースカ寝てしまってオレが運ぶ羽目になったぞ」

「あ、そうだったのか……すまん、レイク……痛たた……」

「まぁ、かくいうオレも、ヒサシの寝顔を見てるとなんだか眠たくなってそのまま寝ちゃったけどさ、ハハ」


 頭を押さえて俯く俺を見たレイクは、呆れたようにため息を一つ吐き。

そして俺の傍に来ると肩を貸す形で起こしてくれて、そのまま部屋の外へと歩き出す。

二日酔いに苦しんでいる俺に対して、レイクはまるで何事も無かったかの様に平然とした感じだ。

なんだか悔しいな……俺はレイクに肩を借りつつ、そんなことを考えるが今は頭が痛いのでとりあえず考えは保留する事にした。

ひとまず、この二日酔い特有の頭の痛さを消す為に、ネックレス状にしていた箱を元の形に戻し。

蓋を開けて、ヴァリアウスの戦いの後の時に採取したホメリア草の根っこを何個か放り入れて蓋を閉め、二日酔いに効く薬のイメージを送る。

イメージを送られた箱は、何時もの様に文様を白く明滅させて、二日酔いを消す薬の生成を始める。


「しかしさ、セネルの奴」

「どうしたレイク、セネルさんが如何したんだ?」

「いや、あいつ、何か思いつめた表情をしててさ、心配したオレが声を掛けたらなんかはぐらかしてやんの、何なんだろうな?」

「ああ、そういや、宴の間も、レイクが見た時と同じ様な感じで、俺が声を掛けたらはぐらかされたな……」


 レイクはセネルさんの不可解な行動に首を傾げて、俺も昨日の様子を思い返す。

そういえば、あの時のセネルさん、何か俺に問いかけてたけど……でも結局はぐらかして走り去ってしまったが……一体なんだったんだろう?

そんな事を考えつつ箱を眺めていたら薬が完成したらしく、箱の文様の光が青へと変わる

俺は若干ふらつく身体で蓋を開け、出来上がっている二日酔いに効く緑色の丸薬を手に取り、

それを口に放り入れて、瓶に汲んである水と一緒に飲み込む。

すると、そこからじわじわと体の不調が抜けていくような心地よい感覚が俺の身体全体を包み込んだ。

その感覚に思わずため息を漏らしつつ、俺はレイクに礼を言う。


「昨晩は悪かったな、レイク。まさか酔いつぶれて寝込んでしまっていたなんて」

「良いってことよ、ヒサシ。こういう時はお互いさまってやつさ!」


 礼を言われたレイクは、いつもの調子で肉球の掌で俺の背中をバシバシと叩く。ちょっと痛い。

……しかし、この薬のお陰で、ようやくまともに頭が働くようになってきた。

しかし、セネルさんの様子も気になるし、村から去る前に彼女に話を聞いてみよう……。

そんな事を思いつつ、俺は箱をネックレス状にして装着し、荷物を纏めて背負うと、

レイクと共にファリアさんの家の玄関を出た直後、俺は仰天した。


「レイクさん、ヒサシさん! 我々の住むソルキン村の為にありがとうございました!」

「貴方方の活躍はこの村の伝説にして、未来永劫伝えていこうと思います!」

「「冒険者様万歳! ヒサシ様万歳!」」


 家の前には大勢の村人達が集まり、俺達を囲んで口々に感謝の言葉を口にしていた。

何時の間にか作ったのだろうか『助けていただきありがとうございました』と書かれた横断幕を掲げている者までいる。

俺とレイクは目の前のその状況に一瞬驚き呆れもしたが、ふとある事に気づいてレイクと顔を見合わせる。

そう、感謝の声を上げる村人の中の何処を見ても、セネルさんの姿がなかったからだ。


「ヒサシ殿、レイクさん……もう、村を去るのですかな」

「ファリアさん……はい、もう俺達はここでやる事は全て終わったので、ヴァレンティの街に戻るつもりです。家を貸していただき有難うございました」

「いえいえ、こうやって村も助かった事ですし、むしろ貸した事を光栄に思うばかりですよ」

「ところでさぁ、セネルの奴はどこへ行ったんだ?」

「セネルですか……そういう言えば姿が見えませんね……」


 レイクは村人達から抜け出て俺達の元へとやって来たファリアさんへ、セネルさんの事を尋ねる。

その質問に対しファリアさんは少し困ったように笑い、言葉を濁すだけだった。

セネルさんの事は気がかりだけど、そろそろヴァレンティに戻らないとマギーが心配するだろう。


「では、ファリアさん、俺達はこれで、また会える日を――」

「待ってください、レイクさん、ヒサシさん!!」


 ファリアさんに頭を下げて、村の入口へ行こうとした俺とレイクの背を叩いたのは、セネルさんの声だった。

彼女は何かを急いで用意していたのか、息を切らせて俺達の所へ走って来たようで、その額には汗が浮かび上がり、息も乱れている。

そんなセネルさんは息を整えて俺とレイクを見据える。


見ると、セネルさんの格好は普段の村娘の格好ではなく

動きやすい冒険者用の格好へと着替えており、背にはスナイパーライフルを背負い、軽装の皮の鎧の下には冒険用の服も着こんでいた。

そして彼女は俺達二人の前で深く頭を下げると、そのままの姿勢で口を開く。

だが、その口から出る言葉は感謝の言葉ではなかった。


「ヒサシさん、レイクさん、唐突なお願いで申し訳ありませんが、私を貴方達の仲間、つまりパーティに加えてください!」


 セネルさんが顔を上げた時の表情は真剣そのもので、俺はそんなセネルさんの表情から目を話すことが出来ないまま彼女の顔を見る。

え、俺たちの仲間に? パーティに加えて?一体どういう事だろう? 俺は突然の事に驚いてレイクと顔を見合わせる。

すると、そんな俺達に対してセネルさんはこんな事を言いだしたのだった。


「貴方方と過ごした数日間、私が産まれて生きてきた500年の間でとても刺激的で濃密で……そして心から楽しかったのです!

だから、私は貴方方の仲間として一緒に旅をしたいんです。私は攻撃魔術回復魔術が使えます、家事洗濯雑用も出来ます、だからどうかお願いします!!」


 セネルさんはそう言って再び深く頭を下げる。

俺は突然の申し出に対して驚きはしたが、彼女の真摯な姿勢を見てすぐに考えを改めた。

確かに彼女は俺達と過ごした日々でとても刺激的な体験をしただろう、それに楽しいとも言っていた。

ならば、その思いをもっと大きくするためにも、彼女と一緒に冒険をしてみるのも良いかもしれない……。

昨晩、妙な態度を見せていたのは、俺達と共に旅に出るかどうか考えあぐねていたからなのだろう。

そして彼女は考えた末に決心したのだ、俺達と共に旅に出る事を。


「セネルはこの村で生まれて500年の間、殆ど刺激のない安穏とした日々を送るだけでした、

彼女がこういう決心をしたという以上、私は笑顔で彼女を送り出します。ヒサシ殿、レイクさん、セネルを如何か宜しくお願いします」

「ファリアさん……」


 ファリアさんは、セネルさんの背にそっと手を添えて俺達に頭を下げた。

ここまでされて、セネルさんの申し出を断る理由なんて俺達には無い。

それに、これから続いていく冒険はきっと楽しく刺激的で濃密な物となるのは間違いはない。

俺はレイクと顔を見合わせて頷き合うと、俺は一歩前に踏み出してセネルさんへと手を差し出す。


「宜しく、セネルさん。これからは行き当たりばったりな旅だと思うけど、其処だけは容赦してくれよ?」

「使えないからとかいう理由で追放とかしたりしねーから、安心してくれよな? セネル」


 セネルさんは涙ぐみつつ差し出された俺の手を握り返し、嬉しそうに微笑む。

こうして俺とレイクは新たな仲間としてセネルさん――セネル・アーティアを迎え入れるのだった。

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