外伝:2――見張っている偵察兵
***ヒサシとレイクがヴァレンティからすこし離れた平原にて、対物ライフルを作ろうとしているその十分前
「ったく、アイゼン隊長も人が悪いや。たかがホワイト級の中年男性冒険者の偵察をしろって、何考えてるんだよぉ……」
私はギルドナイトにおいて、危険人物、あるいは要注意団体の動向を監視する為に動く、いわば監視兵。
通常ならば、重犯罪を起こしそうな冒険者の監視や、危険な儀式を行う団体の動向を見張るなど、
何か事件を起こすであろう存在の動向を監視し、ギルドマスターと隊長に報告するのが、監視兵である私の仕事だ。
しかし、今回の仕事は、40代の中年の冒険者、それも駆け出しのホワイト級の監視である……こんなのを見張る必要あるのか?
「ま、偵察しろと命令された以上、その職務を全うしないといけないのが監視兵の悲しいサガなんだけどね」
私はそうぼやきながら、双眼鏡を手に、件の中年の駆け出しホワイト級――確か、ヤマナカ・ヒサシだっけ――の監視を開始する。
ちなみに今の私の格好は、周囲に何もない平原に隠れる為、周辺の草を使って作った隠匿用のスーツを纏っている。
これならヤマナカ・ヒサシに此方の存在に気付かれる事なく、動向をしっかりと監視出来る上に、いざとなれば敵との交戦も出来る。
「あんな一目見て大した事のなさそうなおっさんに、何かあるのかねぇ……まぁ、ガルガードを倒したって話は聞いてるけど」
話によれば、あのヤマナカ・ヒサシは見た事も無い武器を使って、元イエロー級のガルガードを無力化し、捕縛したというのだ。
しかし生憎、その時の私は別の任務でその現場にはおらず、現状を見る事が出来なかったばかりか、
更にその際、記憶測定水晶をつかってガルガードの記憶から抽出した記録はその場で破棄したそうで、話が本当なのか確認する術がない。
つまりは私は、あのヤマナカ・ヒサシが、隊長から聞いた話通りの実力を持っているのか、半信半疑なのだ。
「しかし獣人の女連れで何をするつもりなのかな……んっ? 何だ?? 一瞬で大き目の箱を出したぞ?」
ヤマナカ・ヒサシはイエロー級の冒険者、職業は義賊のレイク・レパルスと何やら話をしていると思ったら、
一見何もない所から、人間が一人か二人は入りそうな大きな黒い箱を瞬時に取り出して見せたのだ。
「何だ、何かのアーティファクト?? 明らかにホワイト級の冒険者が持ってる様な物じゃないよ??」
私は双眼鏡を箱に向けて、その構造を調べようとするが、外見からでは何の変哲もないただの黒い箱にしか見えない。
そうこうしている内に、ヤマナカ・ヒサシは黒い箱を開くと、何を思ったかその中に石ころや土を入れ始めた。
「何をやるつもりなんだろう……?」
私が疑念の声を漏らすのを他所に、石ころや土を入れていたヤマナカ・ヒサシは箱の蓋を閉じ、その表面に触れる。
その瞬間、驚いた事に、遠くからでは分からなかったが、黒い箱にびっしり刻まれた文様が白く明滅し始めたのだ。
そして、ヤマナカ・ヒサシはその場に座り、その傍に座ったレイク・レパルスと何かの話をし始めた。
読唇術で読み取ってみると、その内容は取るに足らない日常の会話だった
「あの黒い箱、一体どうなってるの? そしてどうなるんだろう……?」
しばらく様子を眺めていると、箱表面で明滅していた文様の白い光が青い光に変わる。
それに気づいたヤマナカ・ヒサシは会話を中断して箱に触れて蓋を開けると、
石ころと土しか入ってない筈の箱の中から、何かの金属製の部品を取り出し始めた。
恐らく、それは相当重たいのだろう、レイク・レパルスも部品を箱の中から取り出すのに協力している。
「え?……箱の中で石ころと土が何かの部品に変わったのか?? 錬金術でもこんな事は出来ないよ!?」
通常、この世界での錬金術は、ある材料とある材料をかけ合わせ、魔術を使う事でその組成を変化させる。
しかし、その錬金術はレシピ通りに行わなければならず、レシピの構築が出来なければ、その組成変化は失敗に終わる。
更に言えば、精密な部品などを作るなどという事は、通常の錬金術では不可能な話である。
にもかかわらず、ヤマナカ・ヒサシは謎の黒い箱を使って、只の石ころと土を、何かの部品へと変化させたのだ。
どう考えても、ヤマナカ・ヒサシのやっているそれは、私の知っている錬金術とは一線を画す別の何かだ。
私は驚きを隠せぬまま、ヤマナカ・ヒサシの一挙手一投足を見逃さぬ様、双眼鏡を覗いてその動きの観察を続ける
「作った部品で何かを組み始めた……何だろ、あの、奇妙な杖みたいなものは……?」
双眼鏡の向こうでのヤマナカ・ヒサシは箱を使って作った部品をくみ上げ、自分の身長よりも長い杖の様な物を完成させた
それは遠くから見ても分かる位に重そうな物で、とても普通の杖として使えそうなものではない。
そうしていると、組み上げた重そうな長大な杖を地面に置いたまま、ヤマナカ・ヒサシは再び箱の中に石ころと土を入れ始める。
レイク・レパルスはと言うと、その様子を興味深げに尻尾を揺らしながら眺めている様だった
「今度は何を作るつもりなのかな……?」
ある程度、石ころと土を入れ終わったヤマナカ・ヒサシは、箱の蓋を閉めると再度箱の表面に触れる。
そしてそれに応える様に箱の表面の文様が白く明滅を始め、完成を待つ間はまたレイク・レパルスと取り留めのない会話をし始めた。
先程より、やや短い時間の後、白く明滅していた箱の文様の光が青へと変わり、中の物の完成を知らせる。
それを見たヤマナカ・ヒサシは箱の蓋を開け、取り出して見せたのは今度は奇妙な鎧の様な物。
「何だあれ……鎧にしては防御面積が低いように見えるけど、魔力による防壁を張るタイプの鎧かな?」
私が予測している間に、ヤマナカ・ヒサシはその鎧を身体に装着し、その鎧の籠手の部分に何かの操作をした。
そして見るからに重たそうな長大な杖の様な物へ手を掛けると、ヤマナカ・ヒサシはそれを軽々と持ち上げて見せたのだ。
更に、その手にした杖の様な物を長い木製の物干しざおでも扱う様に、いとも容易く振りまわして見せる。
「そうか、あの鎧の様な物は装着者の筋力の補助の為の器具なのね……! ますますあの黒い箱がとんでもない物におもう!」
そうこうしている内に、ヤマナカ・ヒサシはあの黒い箱を使って、土と石ころを材料に金属製の人形を作って見せる。
見た所、あの人形の金属光沢から見て、素材は鋼鉄といった所か……そんな物を使って何をするつもりなのかな?
私が首を傾げている間に、ヤマナカ・ヒサシは金属製の人形を地面に設置すると、
長大な杖の様な物を持ち、レイクを伴って人形からかなりの距離を取る、目測からして半デール位(この世界での500m)
「あんなに離れて何をするつもりなの? あの杖から何かの魔法でも放つつもりかな? それにしてはあの杖は大仰すぎるわ……」
私がそう思っていると、ヤマナカ・ヒサシが通常の魔道士が構えるそれとは全く違う持ち方で杖を構え――
――ズドァァン!!――
直後、かなり離れたここまで響く凄まじい炸裂音と共に杖の先端が火を噴き、地面に置かれた人形が土煙に包まれる。
えっ、何!? 驚いている私の目線の先で、土煙が晴れると、其処には上半身が消し飛んだ人形だった物があった。
「え、えぇ……? 鋼鉄製の人形の上半身が消し飛んだ……!? 何なのあの杖……何の魔法を使ったのよ??」
私は目の前に起きている事が信じられず、思わず持っている双眼鏡を取り落としそうになった。
通常、私の知る光波魔法は、魔道士が杖から魔力の弾を飛ばして攻撃する魔法だ。
しかし距離によってマナが減衰して行って、1デールも距離が離れていると、直撃してもせいぜい皮膚の表面に焼けた跡が残る程度。
だが、あのヤマナカ・ヒサシの持っている杖から放たれた物は、直撃した鋼鉄製の人形の上半身を瞬時に消し飛ばしたのだ。
驚くべきは構えてわずかの間でそれが行われた事、つまりは無詠唱であの威力の魔法が唱えられるという事、いや、ひょっとすると……
「あれは魔法ではなく、私が知っている物とは違う何かなの……? どっちにせよ、凄まじい脅威……!」
全く未知の技術で作られた、遠距離の物さえも粉砕する凄まじい威力を持つ杖の様な何か。
もし、あんなのが暗殺者の手で使われれば、遠い場所から皇帝の上半身を消し飛ばされるという事態になりかねない。
そうなれば、この国は天と地をひっくり返したような騒ぎになりかねないだろう。
「もう少し観察していたい所だけど、これは一刻も早く隊長に報告しなければ……!」
去り際にもう一度双眼鏡で見ると、ヤマナカ・ヒサシがもう一体人形を作っている様であるが、
私は直ぐに観察するのを中断して、急いで本隊へ戻る事にした。
――ズドァァン!!――
その背後で響く、凄まじい破裂音、恐らくは先ほど作っていた人形への試射を行ったのだろう。
試射を二度も行うとはかなり慎重なのね、それほどあの杖の様な物の攻撃力と精度の確認を行いたいのだろうか?
願わくば気付かれて撃たれるという事が無い様に! そう必死に願いながら私は慎重かつ急いで本隊への帰還を行うのだった。
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