chapter:4 A5ランクの飛騨牛ステーキ

「はぁ、鉈で細かく切り分けて持ってきたとはいえ、トロルの巨体を全部持ってくるの大変だったぁ」

「流石に内蔵とかは持っていく気しなかったから置いて行ったけど、それでもきつかったなぁ」


 食料探しから豹の獣人の女盗賊との遭遇、そしてトロルとの遭遇戦の後、

俺と豹の獣人の女盗賊は、鉈を使いトロルの死骸を何部位かに分けて引きずって森から引き返し、やっとこさ箱のある場所まで戻ってきた。

何だかんだで気が付いたら豹獣人の女盗賊が一緒に来ている気がするが、まぁ一人で食うより二人の方が良いので気にしない。


「所でさ、このトロルの肉を如何するんだ? まさか食おうとか考えてるんじゃねーだろうな、トロルの肉なんか筋張ってて食えた物じゃないぞ?」


確かに、見た感じでもわかる位に筋肉隆々で脂肪も少なく筋張ってそうなトロル肉は、普通じゃ食えた物じゃないだろう。

だが、俺には発想次第でどんな材料でも色々な物に作り替えられる超高機能高精度3Dプリンターの箱があるのだ!

俺は早速、箱に触れて蓋を開けると、切り分けられたトロルの右腕をその中に放り込む。


「その箱は何なんだ? それにトロルの肉を入れて何をするつもりなんだ?」

「あー、見てりゃ分かるって」


俺に対して疑問の声をかける豹獣人の女盗賊に適当に答えつつ、

箱の蓋を閉めた俺は箱に触れながら脳裏にある物を思い浮かべる、

――それはかつて、高価な美術品を運んだお礼にとクライアントの一流会社社長から奢って貰ったA5ランクの飛騨牛のステーキ。

口に入れれば軽く噛むだけで肉が口の中で解けてしまうくらいに柔らかく、それでいて肉の脂身は甘くて濃厚。

恐らくは、この箱を使えばそのA5ランク飛騨牛のステーキも完全再現する事も余裕でできる事であろう。

ついでに山盛りのご飯と味噌汁も頭に思い浮かべる。すると箱に刻まれた文様が白い光で明滅をし始めた。

以前、石ころでうな重を作ろうとした時とは違う反応に、俺の期待が膨らむ。やがて文様の光が青に変わり、完成した事を知らせてきた。

俺はワクワク気分で蓋を開けると、漂ってくるのは香しく焼けた肉と鼻腔を擽るソースとご飯と味噌汁の香り。


「おお、こりゃすげぇ……! 見てるだけで涎が出そう……」


 中に入っていたのは皿に盛られたA5ランクの飛騨牛のステーキに湯気を立てているご飯に味噌汁と、脳裏に浮かべた物と寸分たがわぬ物だった。

俺は逸る気持ちを抑えつつ、箱の中から出来上がった料理を取り出し、その香しい匂いを周囲に広げていく。

料理だけ思い浮かべたつもりだったのだが、皿や器まで再現されているのは、その材料にトロルの骨を使ったといった所だろうか?


「え、どうなってるんだ? 何をどうなったらトロルの腕がそんな美味しそうな料理になるんだ?? その箱、一体どうなってるんだ??」


 その匂いを嗅ぎつけた豹獣人の女盗賊は、俺が取り出した料理を見て目を白黒させながら聞いてくる。

俺は何処か自慢げに、トロルの左腕をどっこいせと箱に入れつつ説明をしてやる。


「この箱はな、どんな材料でも、発想次第でどんな物にも作り変えられる魔法の箱なんだぜ!」

「魔法の箱だって? それどんな高度な錬金術の代物だよ? オレは頭悪いけどさ、流石にそんなの無茶なのは分かってるぜ??」


 俺の説明に豹獣人の女盗賊は驚き、更に興味をそそられたのか箱の表面をまじまじと見始める。

そんな彼女の反応を横目にしつつ、俺は彼女の分の料理も作ってやる事にする。トロル肉をここまで運んでくれた駄賃替わりって奴だ。

トロルの左腕を入れられた箱は文様を白く輝かせて、俺の発想通りに彼女の分のA5ランクの飛騨牛ステーキとご飯と味噌汁を制作する。

箱に刻まれた文様の放つ光が青色に代わり、蓋を開けて完成した料理を取り出して、目を白黒している彼女の前においてやる。


「ほら、こいつはトロルの肉を運ぶのを手伝ってくれた駄賃だよ」

「これ、本当に元はトロル肉だよな?……全然違う動物の肉になってるんじゃないか……??」


差し出されたA5ランク飛騨牛のステーキとご飯と味噌汁のセットに、豹獣人の女盗賊は訝しげに尻尾をくねらせつつ、

指先の爪で飛騨牛のステーキを摘まみ上げ、匂いを嗅いで、その鋭い牙の生えた口でかぶり付き、咀嚼する。

そして、一瞬の沈黙の後、彼女は目を見開き尻尾をピンと立てて、何故か目に涙を浮かべ、口の中に広がる美味を堪能する。

余程美味しかったのか飲み込むのも惜しいのか、何度も噛みしめる様に咀嚼する豹獣人の女盗賊。

やがて彼女はごくりと喉を鳴らして飲み込むと、俺に向かって涙声で言う。


「これ……本当にトロルの肉が材料なのか……!? 完全に別物のすっげぇ美味しい肉になってるじゃないか!!」

「だから言っただろ? あの箱はどんな材料でも発想次第でどんな物にも作り変えられるって」

「うんうん、最初は嘘だろと思ったけど、このすっげぇ美味い肉を食って確信したよ、あの箱はまさに魔法の箱だ!」


俺の説明に彼女は何度もうなずくのを眺めつつ、俺は自分の分の元トロル肉のA5ランク飛騨牛のステーキを口に頬張る。

口の中に広がるのは、もう二度と食えないだろうなと思っていた、凄く柔らかく味のある赤身と甘みのある脂身が入り混じった正に美味。

その肉の美味が消えない内にご飯を口へかき込み、味噌汁を啜ると、これまた素晴らしく美味しい。幾らでも食べられそうだ。

これが元トロル肉だと言われても、誰も信じる事は無いだろう、それだけに俺に与えられた権能(チート)であるこの箱は凄いのだ。

――ああ、この辺りで水があれば、日本酒辺り作れたのにな? と後悔するのはこの時である


「あっ、そうだ! 大事な事を忘れてた!!」

「んお、どうしたんだよ行き成り……?」


 俺が元トロル肉のA5ランク飛騨牛のステーキの美味さを堪能していると、

既に料理を食いつくした豹獣人の女盗賊が急に大声を上げ、俺はその驚きに食事の手を止めて彼女の方を見る。

すると彼女は、俺の目を真っ直ぐ見つめてこう切り出したのだ。


「オレの名前、レイク・レパルスっていうんだ! あんたの名前も教えてほしい!」

「え?俺の名前か……山中 久志っていうんだけど」


 俺はそう言いながら、地面の土にこの世界の文字での自分の名前の文字を書いてみせる。

それに対して女盗賊、もといレイクは目を輝かせながら、


「ヤマナカ ヒサシ……そうか、ヒサシか! 良し、あんたの名前憶えたぞ! ヒサシ!」


ただ名前を教え合っただけだというのに、彼女の妙な反応に俺は無意識に怪訝な表情を浮かべてしまう。

なんというか、子供が何か良い事を憶えた時の様なそんな反応に少し心がむず痒いのだ。

……ちなみに、俺がこの世界の文字を読み書きできたのは、箱からインストールされた記憶による物である。

そして、レイクは地面に書いた俺の名前をじっと眺め、やがて自分の名前をその土の上に書いて行く


「これ、オレの名前な! ヒサシも覚えろよ!」

「あ、ああ、分かった……」


 言って、レイクは俺の手をがっしと掴んでブンブンと振る。肉球の感触は心地いいが、爪が肌に食い込んで痛い

こうして、この世界にやってきて数時間。初めて出会い最初の知り合いとなった人?は、豹獣人の盗賊レイクという女の子だった。

そんな彼女は俺の名前を聞いただけで大喜びし、そして地面に自分の名前を書いて教える始末である。

彼女の嬉しそうな姿に俺は戸惑いつつ、そう返事を返す事しか出来なかったのだが……。

しかし後に、彼女のこの反応の意味を知って、激しく後悔する事になるのは、今の俺はまだ知らない。

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