【穴】について

化野生姜

「マンション壁面」

 …洗濯物を干してる時に気付いてね。


 向かいのマンションなのだけれど。

 ベランダに立ってる時にね。


 ――穴が、あったの。

 

 四角くて。

 大きさは一メートル以上?


 …壁面にぽっかり。

 

 あり得ないわよ。

 先日、見た時には無かったのに。


 八階のベランダ横の辺りかしら?

 もう、違和感しかなくて。


 何?あの穴って。

 思わず、ジッと見ちゃって。


 ――そしたらね、いたの。


 暗い空間なんだけど。

 奥に人がいてね。


 こっちに気付いたらしくて。

 身を乗り出しながら手を振ってきて。


 …それが、ひどくうれしそうで。


 こっちも思わず手を上げて。

 返事をしなきゃって。


 ――その時、横から笑い声が。


 見たら、隣の家のご主人が。

 両手を振りながら笑っていて。


 手に持っていたタバコも。

 根元までいってるのに気付いてなくて。


 火傷寸前やけどすんぜんなのに。

 ひどく笑って。


 マンションに手を振り続けて。

 でも、どこか引きってもいて。


 …最後に後ろに下がって。

 ピシャリと窓を閉めて。


 ――でも、穴も。

 数日も経たないうちに消えたの。


 …けれど、今になって考えれば。

 あれは危なかったのかも。


 あの時、コンタクトをし忘れていて。

 相手の顔が良く見えていなくて。


 必死に目をらしていたのだけれど。


 ――そう考えると。


 お隣のご主人は。

 マトモに見てしまったのかもしれない。


 …リモートでも聞こえるでしょう?  


 あの日から。

 もう三日も経つのに。


 隣のご主人の笑い声。

 未だ、止まないんですから――

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