第3話クレーム再び!今度は謎の“異世界ハーブ”

 午後のオフィスに、妙なざわめきが走った。


 ドラゴンのウロコ事件がようやく落ち着いたと思った矢先、またしても異常なクレームが舞い込んできた。


 


「先輩、また来ました! 今度は“謎のハーブ”です!」


 


 後輩の青木悠馬が、やや興奮気味に報告してくる。書類と格闘していた佐倉圭吾は、コーヒーを片手に顔を上げた。


 


「またか……今度は何だ? またウロコ系か?」


「いえ、今回はレトルトシチューに、見たことのない青緑色のハーブが混入していたそうです」


 


 青木はスマホを取り出し、クレーム主から送られてきた画像を見せてくる。


 そこには、鮮やかな青緑の葉がスプーンに載せられた写真が映っていた。葉脈は螺旋を描き、明らかに見慣れた植物ではない。


 


「……これは、またあのバルグロスの仕業か」


「はい。“また送っておいたよ!”って、例の一方通行メッセージが届いてました」


 


 前回と同じく、今回もまた向こうの判断で勝手に送りつけてきたらしい。


 


「で、そのクレーム主はどうなった?」


「それが……ハーブ入りシチューを食べたあと、椅子ごとふわっと浮いたそうでして」


 


「浮いた……?」


 


 思わずコーヒーを吹きかけそうになった。


 


「空中浮遊だよな、それ。どう考えても異世界案件だぞ」


 


 そのとき、静かにオフィスのドアが開いた。


 


「おはようございます。何かまた起きたみたいですね」


 


 現れたのは、食品安全対策を担当する鈴木真奈美。落ち着いた佇まいと、鋭い判断力を兼ね備えた、品質管理部の理性担当だ。


 


「真奈美。レトルトシチューに謎のハーブが混入して、その結果、空を飛んだというクレームが出てる」


「……漫画の話ですか?」


「そう思いたいが、どうやら現実らしい。例のあいつが、また“試作品”と称して送りつけてきた」


 


 真奈美はノートパソコンを開き、届いた画像を分析し始めた。わずかに眉をひそめ、すぐに言う。


 


「これは通常の植物ではありません。青緑色の葉に、螺旋状の葉脈……まるで“魔法植物”ですね」


「バルグロスは“軽量浮遊草”とか言ってた。試作品らしいが、うちの世界の基準にまったく合ってない」


「そもそも、食品に浮遊効果を持たせるなんて発想が危険すぎます」


 


 青木が口を挟む。


 


「でも、これ流行ったら、うちの会議室が空中都市になるかもしれませんね!」


「青木、お前は黙ってろ」


 


 冗談が飛び交いながらも、全員の表情は真剣だった。


 


 その日の午後、社内では緊急検証チームが編成され、問題のハーブの調査が開始された。


 


 検査室では、ガラス容器に収められたハーブを前に、真奈美が慎重に観察していた。


 


「少量を再現調理したサンプルに混ぜたところ、一定時間、対象に微弱な浮遊現象が確認されました」


「つまり……また魔法植物ってことか」


「はい。ただし、作用のメカニズムは不明です。異世界特有の何らかの力が関与している可能性が高いです」


 


 そのとき、真奈美のスマートフォンが鳴った。


 


 表示された名前は――「バルグロス」。


 


「……つながったようです。出ます」


 


 スピーカーから、いつも通りの明るすぎる声が響く。


 


『こちら、異世界食品研究部のバルグロスです! 今回のハーブ、いかがでしたか?』


「いかがも何も、空飛んじゃったんですけど」


『あ、それはよかった! 副作用は出ませんでしたか? 次は“筋肉がムキムキになる豆”を送る予定ですので、お楽しみに!』


「送るな!!」


 


 通信は一方的に終了した。


 


「……またやられましたね」


「これ、企業スパムとかじゃ済まされないぞ……」


 


 真奈美が静かに立ち上がり、オフィス内の空気がピンと張りつめる。


 


「このハーブの安全性は、徹底的に検証します。必要なら、即時流通停止・自主回収・関係機関への通報を行います」


「異世界との交渉は?」


「引き続き、向こうの“善意”を制御する術を模索します。私が担当しますので、任せてください」


 


 その毅然とした言葉に、圭吾はわずかな安心を覚える。


 


(真奈美がいてよかった……)


 


 その日の夜、三人は再び異世界通信システムの調整に入っていた。


 


「もう何が来ても驚かないな。次はエルフの涙とか来るんじゃないか?」


「それはそれで高級食材っぽいけどな……」


 


 わずかな笑いのあと、真奈美が静かに言った。


 


「私たちの使命は、消費者の安全を守ること。異世界との基準のズレを埋める。それが、今の私たちの仕事です」


 


 こうして、異世界食品クレーム第三弾――“謎の浮遊ハーブ事件”は、新たな段階へと突入していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る