prologue

第1話

――ああ、暗闇が、苦しい。




「……――千紗」




あなたの声にやっと暗闇の世界から手を引かれて、あたしは声を辿っていく。


あたしの名前を呼ぶ、この声は。




「千緒」




喉が、枯れてしまってる。貴方の名前も枯れてしまうようで、哀しくなる。


あたし、こんなことも出来ないのね。



貴方の手が優しく頬を撫でる。


泣き叫んだ名残が、頬を真っ赤にさせて残っていて、その優しい手さへ痛く感じる。




「……――一年、いや、それよりももっと短くなるかもしれない」




貴方が突然そんなことを言うから眉をひそめて、首をかしげてしまう。


貴方はこう言葉を続けた。――あ い つ が 、 遠 く へ 行 く よ 。そう、囁いた貴方に、心臓が止まりかけてはっと息を止めた。



貴方の真っ黒な瞳が、私を見詰める。




「俺が、千紗を護る」




――だから、言う通りにして、千紗。


貴方の笑顔が何を意味しているのか手に取るように分かって、何度も首を横に振る。そんなの、駄目に決まっていると。



だけど、貴方はそんなあたしを強く抱き締めた。


何も、言うなと。強く。



枯れたと思った涙がはらはらと目の奥から溢れ出て、貴方の熱に溶けて消えていく。


ああ、駄目だと分かってるのに。



貴方を犠牲にすると、分かってるのに。




「っ千緒、ごめんなさい、ありがとう、!」




あたしは、酷い人間。


だけど、と。あたしは貴方の背中に手を回して、力の限り抱き締め返した。


あたし、幸せになりたいの、少しでも。




貴方の胸の中で、目を閉じた。


瞼の裏で、あの日に会ったあの人の言葉が耳の奥で鳴った。



――この世界に、神様なんていないんだ。

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