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  • 琴線に触れたので読ませていただきました。
    キムオタです。

    私の学んだ理論では、鏡像は「左右」が反転しているのではなく「前後」が反転しているものであるという考えがあります。
    自然界では「左右」の概念は平等であり、あえて区別する必要はないとの意味かと思います。
    確かに、右スピン・左スピンもさることながら、光学異性体の存在。はたまた、右手座標系・左手座標系の存在。自然はかくも「左右」には平等です。
    まぁ、体の前後に目がついている生物ならば「前後」も意味が無いのかもしれません。

    作者からの返信

    鏡像の説明として「前後」が反転している…… は、客観性のある賢い解釈です。あらためて考えてみると、身体的な前後、左右、上下の軸は、感情、経験、環境、言語的影響も受けていますね。意図からずれてしまうかもしれませんが、オリジナルから前後が反転した人がいた場合、前後が反転していると気付くのは、ちょっと難しいでしょう。(人は前を向いたり、後ろを向いたりできる)興味深い意見、ありがとうございます。

  • おー!なぜ、アイス・アルジさんが私の『量子と精神』をフォローしてくださったのか、この作品のラストを読んで氷解したような気がいたします。