第1話:死の大地、バルハ砂漠

 灼熱の太陽が容赦なく照りつける。風は乾ききっており、砂と埃が舞い上がるばかりで、生命の気配はほとんどない。


「……想像以上にヤバいな」


 アルトは馬車の窓から広がる光景を見て、思わず苦笑した。王都を出発して十日、ようやく辿り着いた領地——バルハ砂漠は、まさに不毛の地だった。


「水どころか、まともな草木すら生えてねぇ……。これでどうやって領地経営しろってんだ」


 王都を追放される際、最低限の物資と数名の従者こそつけられたものの、ここまで過酷な土地とは思わなかった。


「まぁ、泣き言を言っても仕方ないか」


 アルトは馬車を降り、領都の中心部へ向かった。


 ◆◇◆


 バルハの中心には、小さな集落があった。とはいえ、それは「村」と呼ぶのもおこがましいほどの荒れ果てた場所だった。建物はボロボロで、わずかに住んでいる人々もやせ細り、疲れた顔をしている。


 アルトが現れると、住民たちは警戒するような目を向けた。


「……新しい領主さま、ですか?」


 そう声をかけてきたのは、白髪交じりの老人だった。彼はゆっくりと頭を下げながら、どこか申し訳なさそうに言葉を続ける。


「ようこそ、バルハの地へ……。ですが、ここは何もない土地。王都の方々からは『死の大地』と呼ばれ、見捨てられた場所です」


「そうみたいだな。まぁ、俺はここで生きていくつもりだから、よろしく頼むよ」


 アルトは軽く笑いながら答えたが、住民たちは暗い表情のままだった。


「領主さま……この土地では、何をするにも水が必要です。しかし、唯一の井戸は枯れかけており、雨もほとんど降りません。作物も育たず、家畜すら満足に飼えない……。何もかもが足りません」


「ふむ……」


 アルトは少し考え込み、そっと手をかざした。


「《水操作》」


 すると、彼の手のひらの上に小さな水滴が生まれ、ふわふわと宙に浮かぶ。それを見た住民たちは、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに失望したように目を伏せた。


(……まぁ、そうなるよな)


 水を「綺麗にする」だけのスキル。それが王都で無能扱いされた理由だった。しかし、アルトは王都で笑われていた頃とは違い、このスキルの可能性にすでに気付き始めていた。


「水が足りないなら……作ればいいだけだろ?」


 アルトは静かに目を閉じ、自らのスキルに意識を集中させた。


(……わかる。地下深くに水脈がある)


《水操作》の能力が進化していた。水の流れを「感じる」ことができる。そして、そこから水を湧かせることすら——。


 アルトは地面に手をつき、そっと力を込めた。


「湧け……!」


 すると、乾ききった大地から「ボコッ」と空気の弾ける音がし——次の瞬間、砂の隙間から水がじわじわと染み出し始めた。


「え……?」


 最初に気づいたのは、白髪の老人だった。


「み、見てください! 水が……水が湧いています!」


 住民たちは一斉にアルトの周りに集まり、目を見開いて地面を凝視した。やがて染み出た水が小さな水たまりを作り、さらには細い流れとなって砂を押しのける。


「う、嘘じゃろ……? こんなこと、今まで一度も……!」


「領主さま、これは……!?」


「……どうやら、俺のスキル、思ってたより使えるみたいだな」


 アルトは口元を緩めながら、住民たちの驚きの顔を見渡した。


(これなら、やれる……!)


 水さえあれば、土地を潤し、作物を育てることができる。そして——魚を養殖することすら可能だ。


 王都では「無能」と笑われたスキル。だが、それを使えば、この荒れ果てた土地を豊かな楽園に変えることができるかもしれない。


「よし、まずは水源の確保だな。俺はここを『生きられる領地』にする!」


 こうして、アルトの新たな挑戦が始まった——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る