第22話 倒す方法

 「屍術師の力量って、自身の所持する眷属をどれだけ強くできるかを意味してるんだけど、使える屍術が多いって意味でもあるんだ。眷属剥奪、眷属譲渡、眷属解放、無垢姉さんがされた眷属の記憶改竄もそうだね」



 そして、屍術師は力量によって眷属を如何様にも設定できる。力量が高ければ高い程、それに比例して大きく深く細かい設定が可能になっていく。


 眷属ならどんなことでも、だ。



「威乃座重道は威乃座家の当主。屍術師の力量は高い。なら、死んだ自分の主になることも可能だと考えるべきだ。強引で無茶極まりないけど、仕掛けた屍術を時限発動とかできれば、眷属と主が同居する存在になれる」



「そ、そんなことができてる……人なの?」



 僕はコクリと頷く。


 因幡さんが納得しづらいのは無理もない。自分でもとんでもないことを言ってる自覚はある。でも、この仮説なら一応ではあるがピースが嵌まるのだ。



「もちろん簡単にできる屍術じゃない。だからそのバランスは薄氷だ。あの人は死と生の認識が危うい状態になっているはずで、それが少しでも崩れたら死ぬか廃人になる。自身の生死をバグらせてるようなモノだからね。何にせよ、僕に眷属解放を使われたらロクなことにならない」



 そう、重道は眷属解放を使われたくないから僕を近づけないのだ。


 眷属解放は眷属を主の支配から解放して生者に戻す蘇生の屍術だ。死と生の境界線があやふや故に成り立つ力は、正常な状態にされることが弱点となるはず。



「当たらずとも遠からずってとこだろ? 違うっていうなら僕を直接殺りにくればいい」



 重道を挑発し、考えがあっているか確認する。おそらく、自身が裏に籠もっていたのも弱点のせいだろう。眷属解放を使える者が多くいるとは思えないが、仮にいたら交通事故みたいな偶然で力を失うかもしれない。そんなの絶対に納得できないだろう。


 重道は身代わりを作って隠遁するような人物だ。念のためにと、常に石橋を叩いていてもおかしくない。



「みごとな推理……いや妄想だが、それが真実だとしてどうする?」



 重道は見下すように手を竦める。


「璃英が私に触れられないことに変わりはない。即死でなくとも、あと数回も衝撃波をくらえば致命傷だ。かといって、そこの眷属が私に勝てないのもわかっているはず。お前たちができるのは嫌がらせがせいぜいだ」



「そんなのわかってる。でも、だからって引けるワケないだろ」



 僕は覚悟を示すように前へ出た。


 戦わない選択肢はない。倒れている無垢姉さんを連れて逃げるのは不可能だし、何より重道の秘密を知ってしまった。眷属にしようとしているのは口封じの意味も含まれているはずで、重道が僕らを生かす理由が全くないのだ。


 威乃座重道との決着はここでつけなくてはらない。



「後悔はないのか?」



「後悔?」



 何を言ってる、と僕は不審気に重道を見る。



「己にある特別な力に気づいても、目を反らし続ければ覚醒した力などすぐ眠りにつく。威乃座家から出て行き、屍術師と関わらない環境を手に入れたなら尚更な。お前は屍術師から一般人になれるチャンスを掴んでいたんだ」



 なのに、と重道の視線がゆっくりと因幡さんに向けられる。



「そこの女に関わり続けたことでお前はそのチャンスを絶った。嫌悪している屍術師として生きなければならなくなってしまった」



「……何が言いたい?」



 ふつり、と僕の思考にマグマが溢れかける。



「因幡咲華を助けなければよかったと後悔しているんだろう?」



 そして、すぐにそれは溶鉱炉のように思考を滾らせていった。



「バカな選択をしたな。因幡咲華を見捨てておけばお前の日常は何も変わらなかった。騨漣の眷属にされたことなど無視しておけばよかったものを」



「……そんなことできるワケがないだろ」



 怒りで声を震わせながら僕は重道を睨み付けた。



「いくら自分の望む平穏が続くとしても! 屍術の力と向き合わなければならないとしても!」



 僕は嘘偽りのない気持ちを述べる。



「因幡さんを見捨ててたまるか! 因幡さんから自由を奪わせてなるものかッ! 因幡さんを助けない選択をするくらいなら、まだ僕がお前の眷属になる方がマシだッ!」



「威乃座君……」



 背後から因幡さんの呟きが聞こえた。暖かさと嬉しさと申し訳なさの詰まった、そんな声だった。



「僕は屍術士(ネクロマンサー)威乃座璃英だ! ナメてんじゃねーぞクソ親父!」



 因幡さんがくれた名でハッキリ断言する。


 己の持つ力の意味を理解した僕にとって、その言葉に迷いはなかった。



「ネクロマンサーなどと、ワケのわからないことを言って熱くなるのは勝手だが」



 重道の指先が僕に向けられる。



「お前達はどちらも私に勝てない」



「威乃座君!」



 ドンッ! と、大気を揺らすような衝撃波が放たれ、同時に僕の前へ因幡さんがやってくる。



「こんなモノッ!」



 片手であっさりと衝撃波を弾き飛ばし、そのまま重道の元へ向かう。



「そう、それしかお前達に手はない」



 重道は詰んだ将棋盤でも見るように因幡さんを迎え撃つ。



「無駄に足掻くな! 醜いだけなら、まだウジの方が興味沸くッ!」



 因幡さんと重道が再度ぶつかり合い、先程と同じ光景が繰り返される。悔しいが重道の言う通りだ。因幡さんが重道に勝てないのは覆しようのない事実だった。



「ごめん因幡さん。もう少しだけ頑張って」



 因幡さんに謝りながら、僕は右手で左手首を掴む。


 水平にした左手で、人差し指と中指の二本を真っ直ぐ重道へと向けた。



「眷属剥奪みたいに……眷属解放だって同じことができるはずだ」



 倒れている無垢姉さんをチラリと見て深く深呼吸する。


 僕が眷属解放を使う時は全て相手に触っていた。理由は簡単で、触らなければ使うことができないからだ。


 でも、触らなければダメなんてことはない。無垢姉さんは因幡さんに触れないで眷属剥奪を使っていたし、眷属譲渡を使った騨漣兄さんも同じだった。


 つまり屍術を使う時、必ずしも相手に触れる必要はない。無垢姉さんや騨漣兄さんのように高い力量があれば離れていても屍術を使えるのだ。


 重道に近づくことは難しい。遠距離からの眷属解放でなければ致命の一撃を見舞うことは不可能だった。



「僕じゃないと……重道は倒せない……」



 僕が屍術を撃つ構えをしてるのは成功率を上げるためで、本来こんなことは必要ない。成功する可能性を上げるため、こんな気休めを思いついただけだ。


 眷属解放を己の必殺技と認識し、構え、その技名を叫ぶ。


 力量の低い僕には屍術を放てるという暗示(イメージ)が必要だった。



「ここだッ!」



 重道に真っ直ぐ指先を向け、発射態勢を整える。


 撃てない、なんて感覚はなかった。



「解放閃(かいほうせん)!」



 瞬間、指先に紫の屍術色が集束し、爆発したように発射された。違和感はない。不思議な納得感と共に放たれた光を見ていた。


 光線となった眷属解放、解放閃が重道に向かって迸る。



「やはりヘタを打ったな璃英!」



 重道はニタリとあざ笑うと、因幡さんの首元を掴み解放閃の盾にする。


 僕が眷属解放を撃つことを重道は予想していた。



「あぐッ!」


「因幡さんッ!」



 眷属解放と違い、光線として放った解放閃には攻撃力(ダメージ)がある。それをモロに背中にくらってしまった因幡さんはうめき声をあげた。



「お前はこの場で私を倒せる唯一の力を持っているんだぞ! 警戒していないワケがないだろうッ!」



 重道は因幡さんを放り投げて僕の方へ突進してきた。作戦通りだと、勝利を確信した動きだった。



「ぐっ!?」



 突如、全力疾走したような疲労感が襲ってきた。そのせいで二発目が撃てない。


 再び解放閃を撃つには呼吸が落ち着くのを待たねばならないが、そんなのを待っていたら間違い無く始末される。


 なんてことだ。こうなることを重道は待っていたのだ。


 ここに来て未熟さが致命的に露呈してしまった。


 眷属解放を使えても継続力(スタミナ)はどうしようもない。因幡さん、無垢姉さん、今ので合計三回、こんな短い間に眷属解放とその応用(アレンジ)である解放閃を使ったのだ。疲弊するのは当たり前で、経験と知識の浅さを狙われてしまった。



「威乃座君ッ!」



 即座に因幡さんが僕を守るべく全力で地面を蹴る。だが、重道が僕を始末する方が速い。因幡さんが僕の元に来た時、そこにいるのは重道の眷属となった威乃座璃英だろう。



「く、そっ……!」



「安心しろ! 無垢と同じだ! お前に眷属となった自覚はない!」



 回避も反撃も逃走も不可能。


 重道が僕の左胸を手刀で貫くこうと――突如、その手刀が固定されたように止まる。



「璃英ちゃんに何をしてるの……」



 僕のそばで倒れていた無垢姉さんが立ち上がり重道の腕を掴んでいた。



「無垢ッ!?」



 重道は振りほどこうとするも、ガッシリと力強く掴まれていて放せない。



「私になんてことを……」



 ミシリと重道の骨が軋む音がはっきりと聞こえた。



「ぐっ!?」



「私を好き勝手に操って璃英ちゃんにッ! よくも璃英ちゃんに酷いことをさせたなぁぁぁぁッ!」



 無垢姉さんは鞭でもしならせるように重道を持ち上げると、思い切り地面に叩き付けた。



「がっ!?」



「よくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉぉッ!」



 叩き付けられた衝撃で地面が陥没し、重道がバウンドした。無垢姉さんは黒髪を振り乱して荒い息を吐きながら、左右に何度も重道を叩き付ける。


 無垢姉さんの怒りが収まる様子はない。眷属にしたツケを払わせるように、重道への憎しみを燃え上がらせていた。



「璃英ちゃん!」



 無垢姉さんが重道を僕のそばに叩き付けた。僕の呼吸は戻っている。解放閃は可能だ。いや、この距離なら直接触れた方が速い。


 僕は重道に手を伸ばす。



「この程度でッ!」



 重道が左右の手の平から衝撃波を放ち、僕と無垢姉さんにブチ当てた。肺を抉られたような痛みが走ったと同時、僕と無垢姉さんの身体が吹き飛んでいく。



「威乃座君ッ!」



 そのまま地面を無様に転がると思ったが、すぐに因幡さんがキャッチしてくれた。



「あ、ありがとう因幡さん……」



 よろめきながら立ち上がり、僕はすぐに無垢姉さんが吹き飛ばされた方向を確認する。



「無垢姉さん!」



「だ、大丈、夫ッ! 心配しないで璃英ちゃん!」



 距離が遠いので駆け寄ることはできないが、どうにか立ち上がる無垢姉さんの姿が見えてホッとする。だが、酷く疲弊しているようでその場から動こうとしない。眷属解放のショックがまだ回復してないのに派手に動いたからだ。いくら怒りで満ちていても、あんなことして無事で済むワケなかった。



「私の心配はいいから早くッ!」



「うん!」



 僕は解放閃を放つべく、重道に向けて左手を構える。



「お前には無理だ璃英」



 始末される一手を向けられているのに、重道は余裕に満ちた表情であざ笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る