第9話 屍術師ではなくネクロマンサーになる

 落ちてゆく夕日を背中に、僕は次にどう行動すべきか悩んでいた。



「うーん」



 手がかりは本邸が唯一だったが、覚悟さえ決めればまだできることはある。


 そう、屍術師に直接聞きにいけばいいのだ。当然、コネなんかないので正面から行くことになる。表向きはただの事務所なので探すのは簡単だが、僕ではまず間違いなく門前払いにされるだろう。話を聞いてもらうには何らかの策が必要だ。



「菓子折り……なんかで教えてくれるなら世話ないな」



 そんなモノで教えてもらえるなら屍術師の秘匿文化はない。しかも聞きたいのは眷属を人間に戻すというとんでもない屍術だ。一子相伝だって珍しくない屍術師界の人間からそんな話を聞けるワケがない。


 跡継ぎである騨漣兄さんや、その跡継ぎと対等以上である無垢姉さんのような、威乃座の実権者かそれに連なる者でなければとても――いや、待て。



「……爺様の死体」



 そのことにハッとする。忘れていた。僕は爺様の死体を処理している。全ての屍術師が欲しがる威乃座楽園皇の“遺骨”が何処にあるか知っているのだ。


 本来、爺様の死体は燃やして骨にした後、粉にして海に振りまくくらいすべきだろう。でも、爺様はいつでも眷属にできるよう遺骨で留めている。いつか起こるかもしれない“脅威”のために遺骨にした後、隠すよう遺言に書かれていたのだ。


 爺様は自身が悪意ある屍術師に利用された時の影響力を理解している一方、その逆も理解している。爺様は死体処理だけでなく、自身を使うかの眷属戦力(ストツパー)も僕に一任していた。


 ――でも、爺様って戦闘狂なんだよな。最もらしい理由をつけて戦いたいだけな気もする。


 何にせよ爺様をチラつかせれば、屍術師は交渉のテーブルにつくだろう。僕の望む情報を提供してくれるはずだ。


 だが、この方法はリスクが高い。爺様の死体は価値が高すぎるため、取引が一方的になる可能性がある。


 弱者の力は強者に容易く奪われる。何の後ろ盾もない僕では対等な取引が行われず、あっさりと爺様を奪われて終わり、というのは考えすぎではないはずだ。


 あと、それ以前の問題として、このカードを使うということは、僕に処理と権限を任せてくれた爺様を裏切ることになってしまう。


 僕を威乃座から距離を置かせてくれた恩人に、そんな不義理なことはしたくない。



「何もしないほうが……いいよな」



 無い頭を絞って考えたが結論は変わらず。


 自己嫌悪しつつ、僕は家までの道を歩く。



「うわーん! うわーん!」



 通り過ぎようとした公園から、ランドセルを背負った女の子の泣き声が聞こえた。


 何事かと目を向けると、小学校低学年くらいの女の子のそばに子猫の死体があった。


 小さな身体にある痛ましい傷から察するに、カラスか野良犬かに襲われたのだろう。ボロボロになった死体を見て、女の子は涙を流していた。



「どうしたの?」



 僕は泣き叫ぶ女の子を無視できるほど冷たい人間ではない。わかりきった質問をすると、女の子は涙で腫れた目を拭った。



「ひっくひっく……朝は……朝は元気だったの……でも学校終わって来たら……」



「そうなんだ……」



 女の子のそばに煮干しの入った袋が落ちている。どうやら、この子は公園で子猫の世話していたらしい。よくある話だ。飼いたいと思っても親が反対するから、学校帰りにこっそりエサを与えて面倒を見る。全国各地で行われていることだ。



「私のせいだ……私が飼ってあげられなかったから……うわーん! うわーん!」



 この子は子猫の死に必要以上の責任を感じていた。ボロボロになった子猫を抱こうとしないことからもわかる。もし自分勝手に泣いているだけなら、自身の気持ちを優先して子猫がどんな状態だろうと構わず抱いているはずだ。



「そんなことない。この子は君と出会えてよかったと思っても、死んだのが君のせいだなんて絶対に思ってないよ」



「でもでも……うわーん!」



「君がいなければ子猫は孤独だった。その孤独を解消してあげただけでも、君がお世話をしていた意味はあったよ。子猫は嬉しかったに決まってる」



「うわーん! うわーん!」



 ダメだ。泣き止んでくれない。僕が思っている以上にダメージを受けている。


 おそらく、この子はこれからずっと子猫の死を引きずるだろう。これから二度と動物に関わらず生きて行く寂しさが感じられた。


 ――そんなの絶対によくない。


 こんな子が動物嫌いになるなんてダメだ。



「……あれ?」



 女の子の涙が止まる。


 僕が子猫を撫でたら、子猫が何事もなかったかのように立ち上がったからだ。



「え? え?」



 目の前で起こった奇跡(屍術)に目をパチクリさせる。


 子猫はそんな女の子を前に「ふにゃ~あ」と間の抜けた鳴き声を上げた。女の子が自分のために泣いていたなんて何処吹く風で、前足で顔を洗い始める。



「よかったね。子猫は無事だよ」



「う、うん……?」



 女の子は信じられないといった顔だが、事実として子猫は立ち上がったし、傷なんてないかのように動いている。


 子猫は女の子に近寄り「にゃ~お」と鳴きながら、その顔を何度も擦り付けた。



「死んでるなんて思ってごめんね。よかった……」



 女の子が子猫を撫でると、子猫は公園の外に向かって走った。その後、途中で止まってこちらを振り返る。女の子が追ってくるのを待っているようだ。



「ま、待ってエディ!」



 子猫の名前だろう。女の子はエディを追いかけて公園の外へと出て行った。


 公園に一人、僕だけが残される。



「…………」



 さっき僕は自ら進んで子猫を眷属にした。無我夢中で何も考えてなかった因幡さんの時とは違う。子猫を眷属にしなければと、半ば義務感のように死体を蘇らせた。


 ――屍術師を嫌っている僕があんなことを。


 やったことが信じられず、さっきまで子猫のいた場所をジッと見つめてしまう。



「さっきの凄いね。あれが屍術ってヤツなの?」 



「うわあっ!?」



 いつの間にか制服を着た因幡さんが真横にいて、思わず悲鳴を上げてしまう。



「あ、ごめんごめん。ビックリさせちゃった」



 可愛らしく舌を出して因幡さんは僕に謝った。



「い、因幡さん? なんでこんなところに?」



 慌てふためきながら言いつつも予想はできている。部活が終わって、これからバイトに行くところだろう。公園入り口に愛車(ペリオン)があることからもわかる。バイタリティ溢れてる因幡さんならそのくらい平気でやるはずだ。



「バイト行く途中でたまたま威乃座君見かけてさ。ずっと見てたんだ」



 因幡さんはさっきまで自分がいた場所を指差す。直線距離で百メートル以上先にある電柱だ。


 遮蔽物が少ないとはいえ、普通はあんな遠くからでは僕が何をやっているかなんてわからない。眷属化の影響に違いなかった。



「あの子泣き止んでよかったね」



「……うん」



 子猫には生前と同じように行動しろと命令しているから、女の子と一緒にいてくれる。でも、野良猫はきまぐれだ。いずれ姿を眩ますだろう。


 結局エディがいなくなることに変わりはない。でも、それが自分のせいではなく、子猫の意志と思えればあの子はそれを尊重できるはずだ。


 これからも動物好きな子でいてほしい。その気持ちは動物だけでなく、他の誰かを救う力にもなるはずだ。



「今の女の子、悲しいお別れにならなくてよかった。威乃座君のおかげで笑顔にできたね」



「お、大袈裟だよ……」



「威乃座君に助けられた私が言うんだもん。間違いないよ」



 因幡さんは口元に手を当てて「フフフ」と笑った。



「……なんで屍術を使ったんだろう」


「……どうしてそう思うの?」



 酷い矛盾に頭が痛くなる。



「僕は屍術師を嫌ってる。死体を自分の駒にするなんてありえないって……なのに何の躊躇いもなくその力を使った」



 女の子に対して思ったことに偽りはないが、それと同じくらい僕が屍術師を嫌っているのも本当だ。


 相反する二つの気持ちが混ざって、どうしてあんなことができたのかわからなくなっていく。



「うーん、これはアレだね。暗いね。心がどんよりしてるね」



 因幡さんはズンズン歩いてくると、僕を両手で抱え上げた。所謂お姫さま抱っこだ。



「ちょ、ちょっと因幡さん!?」



「とうっ!」



 僕をお姫さま抱っこした因幡さんは天高く跳躍し、見る見る地上が離れていく。落下すると屋上に降り立って再びジャンプ。それを遊園地の絶叫系アトラクションのように何度も繰り返す。



「わわわわわわッ!?」



「無垢さんだけはズルいもんね。ご主人様の威乃座君にも同じサービスしなきゃ!」



「無垢姉さんと僕は違うよッ!」



 夕陽の中、建物の屋上から屋上へと、因幡さんは忍者のように跳躍する。



「高いっ! 高いいいッ!」



「次は回転飛びだ! とりゃー!」



 因幡さんに抱えられて風を切るのは気持ちいいが、同時に恐怖もある。


 思わず因幡さんの首元に両手を回す。ダメとわかっていつつも強く抱き寄せてしまった。あと、因幡さんの凹凸に顔を埋めかけたが、それは最後の意地でどうにか踏ん張る。



「おお、抱きついてくるなんて大胆だね威乃座君」



「ご、ごめん! でもこうしないと無理ッ!」



「いいよ、気にしないで。私が無理矢理誘ったんだからさ」



 計算されたように完璧に因幡さんは空を舞い続ける。着地は軽やかに、膝を使って柔らかく地面を受け止める。跳躍のたびに因幡さんは遠く、高く飛び続けた。


 しばらく続いて、因幡さんの首元にかけている両手から無駄な力が抜けていく。


 どうやら慣れてきたらしい。冷たいプールでも一度全身で浸かれば平気になるように、だんだんと高所の恐怖は消えていった。



「な、眺めいいかも……」



「うんうん、だよねー」



 完全に恐怖が消えたとはいかないが、眼下に広がる風景を楽しめるくらいにはなっている。


 そんな僕の落ち着きを感じ取ったのか、因幡さんは「学校見えるね」「あの高いビルの隣の隣が私行きつけのパン屋」と説明しながら跳躍を続ける。



「なんで屍術を使うのかってさ。あんまり悩まなくていいと思うんだ」



「え?」



 空という二人だけの世界で、落ち行く夕陽が僕と因幡さんを照らし上げる。風が身体を撫でる音と共に、因幡さんは僕に笑顔を向けた。



「だって威乃座君優しいもん」



 それを聞いた時、僕の中に一陣の風が吹いた。



「私を助けてくれた人が、ちっちゃい女の子の泣き顔を見て、何もしないなんて思えないからね」



 酷く適当で何でもない言葉なのに、スッと僕の胸に落ちていく。


 ――どうして死体を眷属にすることを嫌悪していたのか。屍術を使うようどんなに強制されても逆らい続けたのは何故なのか。嫌悪している屍術をなんで子猫に使ったのか。


 心にこびりついていたわだかまりが吹き飛び洗われていった。



「優しさは他人を思える感情で、その行動は誰かの力になりたいって暖かさに溢れてる。それに理由なんかいらないよ。理由が無いから優しさなんだもん」



 因幡さんは僕に満面の笑顔を向ける。



「優しい自分に不安がる必要なんかない。胸を張ってよ。嫌っている力を人のためなら使える。それは威乃座君の強さなんだから」



 公園に着地し、僕はゆっくりと因幡さんから降りる。



「因幡さん……ありがとう」



「ふふふ、ご主人様の顔に明るさが戻って何より――あ、いいこと思いついた!」



「ん? どうしたの因幡さん?」



 何故か因幡さんは俯き黙り込むが、しばらくすると顔を上げてポンと手を打った。



「屍術師って名称と呼び方を変えてみようよ。そうすれば自分の力をポジティブに考えられる一歩になるかもだし。そもそもヤクザって名称が物騒なんだよ。肩書きは誇りたくなるモノじゃなきゃね」



「物騒な世界にいるのが屍術師だから、名称を物騒に思うのは仕方ないと思うけど」



「なので私はさっき考えました! 威乃座君が自分を受け入れやすくなる第一歩の名称を!」



 因幡さんはスマホをポチポチとタップすると、その画面をズイッ僕の眼前に持ってきた。



「今日から威乃座君は屍術士(ネクロマンサー)です!」



 そこには屍術師の三文字目を変更し、知らないルビの振られた漢字が書かれていた。



「ネクロマンサー?」



「私が考えました。フィーリングです」



 ルビは因幡咲華オリジナルらしい。


「どうかな? この名称なら屍術の力をちょっとだけ優しく受け入れられると思うんだけど。あ、理由は特にないです」



「……うん、いいと思う」


 屍術士。ネクロマンサー。


 因幡さんが作ってくれた名称だからだろうか。なんだかしっくりくる。僕は納得するように頷いていた。


「よし、ではこれから威乃座君は屍術士だ! なので私は屍術士の眷属! よろしくねご主人様! ってやば!」


 スマホの時間を見た因幡さんは顔を青くする。



「もうこんな時間! あ、私この辺りで配達してるんだ。威乃座君がハンバーガーとか牛丼とか食べたくて私が届けにきたら高評価よろしく! じゃ、また学校で!」



「う、うん! また明日!」



 僕に手を振りながら、弾かれたように公園から出て行き、因幡さんは日常へと戻っていった。



「……絶対因幡さんを人間に戻さないとな」



 己のやるべきことを再確認し、フンスと鼻を鳴らして気合を入れる。


 悩んでいるだけでは進展しない。まずは行動するのだ。


 明日、学校が終わった後、何処でもいいから屍術師の事務所に行くと僕は決めた。

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